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四章 平和を願って【ミシュリーヌ】
第30話 公爵令嬢【オーギュスト】
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ガエルはヘクターと話してから日を開けずに公爵領に向かった。食料や薬などを商会に伝手のある『友人』に頼んで大量に入手したようだが、衝動的な行動だったため、公爵の屋敷で消費する分くらいにしかならなかったようだ。一人でやってきたため、使用しているマジックバックの大きさの問題もあったのだろうが……
「僕がこの屋敷に着いたときには、エレオノーレたちは逃げ出した後だった。食料庫は空になっていたし、屋敷で雇っていた者も騎士を中心に連れて行ってしまったらしくてね。領内にある別邸にでも隠れているのかと思っていたけど、オーギュストの話からするとソルベ王国に逃げた可能性もありそうだよね」
置いていかれた使用人の話によると、領民が窮状を訴えるために連日詰めかけており、暴動に発展するのを恐れたエレオノーレたちは、夜中に逃げ出してしまったらしい。下級の使用人や旅に耐えられない者、彼らを心配して同行を拒否した者などが残されていたようだ。ガエルが来なければ、飢えていた者もいたかもしれない。
「もっとも、有能な者たちはエレオノーレに苦言を呈したせいで、かなり前に追い出されていたみたいだ。公爵の死を隠蔽していたら、エレオノーレを本気で想う者ほど黙っていられないよね。僕だって、ここに来てから知って流石に驚いたよ」
使用人たちから見ると、エレオノーレは恋人の男爵子息の言いなりになっていたようだ。その男爵子息も誰かの指示に従っていたようで、『二人で幸せになるためには必要なことだ』とか『あの方が言うのだから間違いない』だとか使用人たちのいる前でも言っていたようだ。指示をしていたのはヘクターだろうか?
「まさか、公爵は誰かに殺されたのでしょうか?」
「う~ん、どうかな? ご高齢だったし、ミシュリーヌ妃が嫁いできた頃には王都に出てくるのも難しくなっていたでしょ。そんな人をわざわざ殺す? まぁ、調べてみてよ」
公爵はエレオノーレの祖父と言ってもおかしくない年齢だった。屋敷に残っている者の話では持病をいくつも抱えていたようなので、病気の悪化が原因とみてよさそうだ。そうでなかったとしても、ここにはいないエレオノーレの尋問に頼るしかない。
「エレオノーレは男運がないよね。僕は浄化が終わったら、婚約を解消するって約束してたんだよ。しかも、一番の障壁だった公爵は亡くなっている。僕の素行を考えれば、エレオノーレに有利な形で解消できたのにさ。恋人の男爵子息は、エレオノーレより公爵の座が欲しかったんだろうね。そこまで野心のある奴だとは思っていなかったよ」
オーギュストはガエルの嘆きに驚く。男爵子息の存在を前から知っていたような口ぶりだ。詳しく聞きたくて口を開きかけるが、ガエルに笑顔で制されて聞けなかった。オーギュストが黙ると、すぐに話を戻してしまう。
「とにかく、この屋敷では正確な情報が得られなかったから、僕も困っちゃってさ。仕方がないから、新しい『友人』を作ったりして情報収集したのさ」
それがマリエルからの報告にあったガエルの目撃情報だろう。
「魔獣が増えているだけでも厄介なのに、浄化薬が値上げされたって聞いてさ。僕は適正価格も知らないしオーギュストの判断なのか分からないでしょ。公爵家の騎士も少ないし、仕方がないから僕が神殿に忍び込むことにしたんだ」
「神殿に残されていた魔法は兄上のものだったんですね」
「オーギュストの部下も調べたのかな? どれのことを言っているのか分からないけど、今もいくつかの魔法を発動しているよ」
ガエルは姿を魔法で消して神殿に忍び込んだ。しかし、ガエルは浄化の旅に参加したわけでもないため、普段の神殿の様子や水晶について何も知らない。
「異様な雰囲気なのは分かったけど、何がおかしいのかまでは分からなくてさ。悩みながら毎日通っていたんだけど、途中から一人だけ怪しい動きをしていることに気づいたんだ。それがオレリーさ」
ガエルが得意気に隣のオレリーの肩を抱く。オレリーは嫌そうな顔をして、ガエルの手を退けていた。
「人聞きの悪いことを言わないで下さい」
「怒らないでよ」
ガエルは傷ついた様子もなくヘラヘラと笑っている。オレリーはガエルを軽く睨んでから、神殿の様子について語ってくれた。
公爵領の神殿を束ねるトリスタン・オーキドは、対外的には人格者で通っているが、上の者には媚び諂い、下の者を虐げるよくいるタイプの人間のようだ。公爵領で起こっている神殿まわりの問題は、全て神官長主導で行われているらしい。
「神官長に苦言を呈した者は他の領地に飛ばされました。必ず不正を訴えると言ってくれた人もいましたが、神官長は人格者で通っているので難しかったようです」
オレリーはなるべく目立たないように過ごしながら、トリスタンの不正の証拠を探したり、浄化薬をこっそり街の人に渡したりしていたようだ。
「神官長のトリスタンを捕まえるだけなら僕にもできたと思う。でも、証言が必要になるだろうし、殺して終わりってわけにはいかないでしょ? この屋敷には地下牢があるけど、取り巻きも入れると人数が多いし、監視を続けられるような人員はいない。この街から逃げられないようにして置くくらいしか出来なかったんだ」
ガエルは、トリスタンに第三都市を出ようとすると発動する魔法をかけていた。人道的ではないが、足に怪我を負わせるようなものらしい。幸い発動はしていないようなので、王都に護送する前に解除しておく必要がある。他にも証拠が入っていると思われる金庫に、開封を妨害する魔法をかけたり、浄化薬を簡単に手に入る低級回復薬にすり替えたりしたようだ。
「匿名で魔導師団に依頼したりもしたんだけど、ミシュリーヌ妃の行動から推測すると、必要なかったんだろうね」
神殿にかけられた魔法は魔導師団が到着するまでの仮の処置のつもりだったようだ。それが魔導師団の捜査を遅らせていたことには、今も気づいていない。魔法は独学だったため、知識にムラがあるのかもしれない。
魔導師団に匿名の依頼が届いていたかどうかは、公爵領からの陳情書が多すぎて分からない。だが、少なくとも神殿の魔法に言及したものはなかったと思う。
「魔導師団員には気づいていたんですよね? なぜ、この説明を彼らにして下さらなかったんですか?」
「そんなの言わなくても分かるでしょ。僕が公爵領のために働いたなんてバレたら、兄上は僕を公爵にしようとしかねない。エレオノーレとの婚約を解消したら、公爵家の傍流の中から公爵を選んでもらうつもりだったんだ。エレオノーレの恋人も、もう少し血が濃ければ、公爵になれる可能性があったのにね」
ガエルは公爵領を継ぐための教育を受けている。オーギュストがここでの話を報告すれば、ノルベルトはガエルを公爵に据えそうだ。ガエルもそれが分かっているからか、苦い顔をしていた。
四章 終
「僕がこの屋敷に着いたときには、エレオノーレたちは逃げ出した後だった。食料庫は空になっていたし、屋敷で雇っていた者も騎士を中心に連れて行ってしまったらしくてね。領内にある別邸にでも隠れているのかと思っていたけど、オーギュストの話からするとソルベ王国に逃げた可能性もありそうだよね」
置いていかれた使用人の話によると、領民が窮状を訴えるために連日詰めかけており、暴動に発展するのを恐れたエレオノーレたちは、夜中に逃げ出してしまったらしい。下級の使用人や旅に耐えられない者、彼らを心配して同行を拒否した者などが残されていたようだ。ガエルが来なければ、飢えていた者もいたかもしれない。
「もっとも、有能な者たちはエレオノーレに苦言を呈したせいで、かなり前に追い出されていたみたいだ。公爵の死を隠蔽していたら、エレオノーレを本気で想う者ほど黙っていられないよね。僕だって、ここに来てから知って流石に驚いたよ」
使用人たちから見ると、エレオノーレは恋人の男爵子息の言いなりになっていたようだ。その男爵子息も誰かの指示に従っていたようで、『二人で幸せになるためには必要なことだ』とか『あの方が言うのだから間違いない』だとか使用人たちのいる前でも言っていたようだ。指示をしていたのはヘクターだろうか?
「まさか、公爵は誰かに殺されたのでしょうか?」
「う~ん、どうかな? ご高齢だったし、ミシュリーヌ妃が嫁いできた頃には王都に出てくるのも難しくなっていたでしょ。そんな人をわざわざ殺す? まぁ、調べてみてよ」
公爵はエレオノーレの祖父と言ってもおかしくない年齢だった。屋敷に残っている者の話では持病をいくつも抱えていたようなので、病気の悪化が原因とみてよさそうだ。そうでなかったとしても、ここにはいないエレオノーレの尋問に頼るしかない。
「エレオノーレは男運がないよね。僕は浄化が終わったら、婚約を解消するって約束してたんだよ。しかも、一番の障壁だった公爵は亡くなっている。僕の素行を考えれば、エレオノーレに有利な形で解消できたのにさ。恋人の男爵子息は、エレオノーレより公爵の座が欲しかったんだろうね。そこまで野心のある奴だとは思っていなかったよ」
オーギュストはガエルの嘆きに驚く。男爵子息の存在を前から知っていたような口ぶりだ。詳しく聞きたくて口を開きかけるが、ガエルに笑顔で制されて聞けなかった。オーギュストが黙ると、すぐに話を戻してしまう。
「とにかく、この屋敷では正確な情報が得られなかったから、僕も困っちゃってさ。仕方がないから、新しい『友人』を作ったりして情報収集したのさ」
それがマリエルからの報告にあったガエルの目撃情報だろう。
「魔獣が増えているだけでも厄介なのに、浄化薬が値上げされたって聞いてさ。僕は適正価格も知らないしオーギュストの判断なのか分からないでしょ。公爵家の騎士も少ないし、仕方がないから僕が神殿に忍び込むことにしたんだ」
「神殿に残されていた魔法は兄上のものだったんですね」
「オーギュストの部下も調べたのかな? どれのことを言っているのか分からないけど、今もいくつかの魔法を発動しているよ」
ガエルは姿を魔法で消して神殿に忍び込んだ。しかし、ガエルは浄化の旅に参加したわけでもないため、普段の神殿の様子や水晶について何も知らない。
「異様な雰囲気なのは分かったけど、何がおかしいのかまでは分からなくてさ。悩みながら毎日通っていたんだけど、途中から一人だけ怪しい動きをしていることに気づいたんだ。それがオレリーさ」
ガエルが得意気に隣のオレリーの肩を抱く。オレリーは嫌そうな顔をして、ガエルの手を退けていた。
「人聞きの悪いことを言わないで下さい」
「怒らないでよ」
ガエルは傷ついた様子もなくヘラヘラと笑っている。オレリーはガエルを軽く睨んでから、神殿の様子について語ってくれた。
公爵領の神殿を束ねるトリスタン・オーキドは、対外的には人格者で通っているが、上の者には媚び諂い、下の者を虐げるよくいるタイプの人間のようだ。公爵領で起こっている神殿まわりの問題は、全て神官長主導で行われているらしい。
「神官長に苦言を呈した者は他の領地に飛ばされました。必ず不正を訴えると言ってくれた人もいましたが、神官長は人格者で通っているので難しかったようです」
オレリーはなるべく目立たないように過ごしながら、トリスタンの不正の証拠を探したり、浄化薬をこっそり街の人に渡したりしていたようだ。
「神官長のトリスタンを捕まえるだけなら僕にもできたと思う。でも、証言が必要になるだろうし、殺して終わりってわけにはいかないでしょ? この屋敷には地下牢があるけど、取り巻きも入れると人数が多いし、監視を続けられるような人員はいない。この街から逃げられないようにして置くくらいしか出来なかったんだ」
ガエルは、トリスタンに第三都市を出ようとすると発動する魔法をかけていた。人道的ではないが、足に怪我を負わせるようなものらしい。幸い発動はしていないようなので、王都に護送する前に解除しておく必要がある。他にも証拠が入っていると思われる金庫に、開封を妨害する魔法をかけたり、浄化薬を簡単に手に入る低級回復薬にすり替えたりしたようだ。
「匿名で魔導師団に依頼したりもしたんだけど、ミシュリーヌ妃の行動から推測すると、必要なかったんだろうね」
神殿にかけられた魔法は魔導師団が到着するまでの仮の処置のつもりだったようだ。それが魔導師団の捜査を遅らせていたことには、今も気づいていない。魔法は独学だったため、知識にムラがあるのかもしれない。
魔導師団に匿名の依頼が届いていたかどうかは、公爵領からの陳情書が多すぎて分からない。だが、少なくとも神殿の魔法に言及したものはなかったと思う。
「魔導師団員には気づいていたんですよね? なぜ、この説明を彼らにして下さらなかったんですか?」
「そんなの言わなくても分かるでしょ。僕が公爵領のために働いたなんてバレたら、兄上は僕を公爵にしようとしかねない。エレオノーレとの婚約を解消したら、公爵家の傍流の中から公爵を選んでもらうつもりだったんだ。エレオノーレの恋人も、もう少し血が濃ければ、公爵になれる可能性があったのにね」
ガエルは公爵領を継ぐための教育を受けている。オーギュストがここでの話を報告すれば、ノルベルトはガエルを公爵に据えそうだ。ガエルもそれが分かっているからか、苦い顔をしていた。
四章 終
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