149 / 160
おまけ1▶アダンの故郷【ミシュリーヌ】全九話
アダンの故郷(四)
しおりを挟む
ミシュリーヌたちが羊魔獣の小屋を出ると、隣の建物から女性たちが出てきてわらわらと集まってきた。
「アダンくんが青い顔で出てきたけど、何かあったのかい?」
「もしかして、羊魔獣が……」
皆、怪我をした羊魔獣の事が心配で隣の建物から様子を伺っていたようだ。
「『ミーシャ様』が治療して下さったから大丈夫よ。みんなからもお礼を言ってちょうだい」
ルイーズが笑顔で言うと、女性たちから歓声があがる。
「聖女様、ありがとうございます」
「聖女様、感謝いたします」
「いいえ、私は見習い神官のミー……」
「聖女様、何で今日は黒髪じゃないの?」
村の女の子がキョトンとした顔で聞いてくる。小さな子にまで見抜かれて、ミシュリーヌは一瞬固まった。
「聖女様に何を聞いているの。申し訳ありません」
その子の母親なのだろう。若い女性に焦った顔で謝られて、逆に申し訳ない気持ちになる。
「わたくしは堅苦しいことが苦手なので、楽にして下さいませ。髪は旦那様が作って下さった魔法薬を使って変えてみました。如何でしょう?」
ミシュリーヌはしゃがみこんで女の子に髪を見せる。
「すごい! 髪の色を変えられるの?」
「ええ。わたくしの旦那様はすごいのです」
女の子ははしゃいだ様子でミシュリーヌの髪を見つめている。喜んでもらえて嬉しいが、変装の意味はないので、明日からは髪色を変える魔法薬を使う必要はなさそうだ。
女の子はひとしきりミシュリーヌの髪を眺めると、母親のもとに戻っていく。
女の子は母親にミシュリーヌの髪の美しさを報告していた。ミシュリーヌが恥ずかしくなって視線を彷徨わせると、女性が手に持つふわふわとしたものが目に入ってくる。ふわふわの紐をぐるぐると巻いて球状にしているようだ。
「手に持っているのは、羊魔獣の毛糸ですか?」
マリエルが女の子の報告が終わるのを待って女性に質問する。ミシュリーヌの視線に気がついて、代わりに聞いてくれたのだろう。
「はい、この工房で作っているんですよ」
女性が笑顔でミシュリーヌとマリエルに毛糸を見せてくれる。羊魔獣の毛とは色が違うが、何かで染めたのかもしれない。フリルネロ公爵領への旅で庶民の暮らしを知ったつもりでいたが、まだまだミシュリーヌの知らないものがこの世界にはたくさんある。
この工房では羊魔獣の毛の洗浄から毛糸にするまでの工程を村人が手分けをして行っているらしい。
「聖女様もお時間があれば、見ていって下さい」
「よろしいのですか?」
ミシュリーヌはルイーズの提案に目を輝かせる。ルイーズも嬉しそうに頷いて、工房へと案内してくれた。
「狭いところですが、どうぞお入り下さい」
工房の中に入ると、初めて見る道具がいろいろと並んでいた。ふわふわした羊魔獣の毛をここにある道具を使って毛糸に紡ぐようだ。しかし、道具は端に寄せられており、使用しているのは編み棒だけだった。
「今は動かしていないのですね」
「二ヶ月に一度くらいしか刈れないんです」
今は仕事がないので、子供たちに編み物を教えていたらしい。
「それでも普通の羊と比べるとたくさん刈れるんですよ」
野生の羊魔獣はモコモコの毛に毒の入った唾液を絡ませて遠くまで飛ばすため、かなり強く危険な魔獣なのだとマリエルが補足してくれた。家畜化した羊魔獣は、その習性のおかげで毛の再生が早く、たくさんの羊毛が得られるらしい。
「そういえば、小屋にいた二頭は刈ったばかりのようでしたけど……」
「……」
ミシュリーヌの言葉に女性たちが顔を曇らせる。
「妃殿下、狼魔獣との戦闘があったのです。刈った毛には羊魔獣の毒や血もついているでしょうから、商品化は難しいかと思います」
「そうよね。ごめんなさい」
マリエルの説明を受けて、ミシュリーヌは謝罪する。村の女性たちはミシュリーヌの謝罪に慌てていた。軽率な発言をしたとさらに落ち込むが、気づかれないように聖女らしい表情を保つ。
「洗浄して村の人間が着る分を作ろうかとも考えました。でも、魔獣を引き寄せる可能性があるので……」
魔獣の血は他の魔獣を引き寄せる。魔獣と戦ってきたミシュリーヌもそのことは知っている。魔導師団では、倒した魔獣を全てマジックバッグにしまって持ち帰るようにと指示が出されている。他の者でも臭いが漏れないように持ち運ぶか、難しい場合は土に埋めるなどしている。でも……
「わたくしのこの鞄は牛魔獣の革だったと思うのだけれど、どうして大丈夫なのかしら?」
「野生の魔獣を狩った場合は、血の匂いが染み付く前に適切な処理をしています。おそらく、今回は治療を優先して難しかったのではないでしょうか?」
マリエルの説明にルイーズが切なげに頷く。魔導師団員はマジックバッグで時間を止めてしまうので、後でゆっくり処置ができる。しかし、他の人はその場ですぐに行う必要がある。
「そういうものなのね……捨ててしまったのかしら?」
「アダンには早く燃やすようにと言われたのですが……」
ルイーズの視線を追うと、部屋の隅に麻袋が置かれていた。あの中に入っているのだろう。
「アダンくんが青い顔で出てきたけど、何かあったのかい?」
「もしかして、羊魔獣が……」
皆、怪我をした羊魔獣の事が心配で隣の建物から様子を伺っていたようだ。
「『ミーシャ様』が治療して下さったから大丈夫よ。みんなからもお礼を言ってちょうだい」
ルイーズが笑顔で言うと、女性たちから歓声があがる。
「聖女様、ありがとうございます」
「聖女様、感謝いたします」
「いいえ、私は見習い神官のミー……」
「聖女様、何で今日は黒髪じゃないの?」
村の女の子がキョトンとした顔で聞いてくる。小さな子にまで見抜かれて、ミシュリーヌは一瞬固まった。
「聖女様に何を聞いているの。申し訳ありません」
その子の母親なのだろう。若い女性に焦った顔で謝られて、逆に申し訳ない気持ちになる。
「わたくしは堅苦しいことが苦手なので、楽にして下さいませ。髪は旦那様が作って下さった魔法薬を使って変えてみました。如何でしょう?」
ミシュリーヌはしゃがみこんで女の子に髪を見せる。
「すごい! 髪の色を変えられるの?」
「ええ。わたくしの旦那様はすごいのです」
女の子ははしゃいだ様子でミシュリーヌの髪を見つめている。喜んでもらえて嬉しいが、変装の意味はないので、明日からは髪色を変える魔法薬を使う必要はなさそうだ。
女の子はひとしきりミシュリーヌの髪を眺めると、母親のもとに戻っていく。
女の子は母親にミシュリーヌの髪の美しさを報告していた。ミシュリーヌが恥ずかしくなって視線を彷徨わせると、女性が手に持つふわふわとしたものが目に入ってくる。ふわふわの紐をぐるぐると巻いて球状にしているようだ。
「手に持っているのは、羊魔獣の毛糸ですか?」
マリエルが女の子の報告が終わるのを待って女性に質問する。ミシュリーヌの視線に気がついて、代わりに聞いてくれたのだろう。
「はい、この工房で作っているんですよ」
女性が笑顔でミシュリーヌとマリエルに毛糸を見せてくれる。羊魔獣の毛とは色が違うが、何かで染めたのかもしれない。フリルネロ公爵領への旅で庶民の暮らしを知ったつもりでいたが、まだまだミシュリーヌの知らないものがこの世界にはたくさんある。
この工房では羊魔獣の毛の洗浄から毛糸にするまでの工程を村人が手分けをして行っているらしい。
「聖女様もお時間があれば、見ていって下さい」
「よろしいのですか?」
ミシュリーヌはルイーズの提案に目を輝かせる。ルイーズも嬉しそうに頷いて、工房へと案内してくれた。
「狭いところですが、どうぞお入り下さい」
工房の中に入ると、初めて見る道具がいろいろと並んでいた。ふわふわした羊魔獣の毛をここにある道具を使って毛糸に紡ぐようだ。しかし、道具は端に寄せられており、使用しているのは編み棒だけだった。
「今は動かしていないのですね」
「二ヶ月に一度くらいしか刈れないんです」
今は仕事がないので、子供たちに編み物を教えていたらしい。
「それでも普通の羊と比べるとたくさん刈れるんですよ」
野生の羊魔獣はモコモコの毛に毒の入った唾液を絡ませて遠くまで飛ばすため、かなり強く危険な魔獣なのだとマリエルが補足してくれた。家畜化した羊魔獣は、その習性のおかげで毛の再生が早く、たくさんの羊毛が得られるらしい。
「そういえば、小屋にいた二頭は刈ったばかりのようでしたけど……」
「……」
ミシュリーヌの言葉に女性たちが顔を曇らせる。
「妃殿下、狼魔獣との戦闘があったのです。刈った毛には羊魔獣の毒や血もついているでしょうから、商品化は難しいかと思います」
「そうよね。ごめんなさい」
マリエルの説明を受けて、ミシュリーヌは謝罪する。村の女性たちはミシュリーヌの謝罪に慌てていた。軽率な発言をしたとさらに落ち込むが、気づかれないように聖女らしい表情を保つ。
「洗浄して村の人間が着る分を作ろうかとも考えました。でも、魔獣を引き寄せる可能性があるので……」
魔獣の血は他の魔獣を引き寄せる。魔獣と戦ってきたミシュリーヌもそのことは知っている。魔導師団では、倒した魔獣を全てマジックバッグにしまって持ち帰るようにと指示が出されている。他の者でも臭いが漏れないように持ち運ぶか、難しい場合は土に埋めるなどしている。でも……
「わたくしのこの鞄は牛魔獣の革だったと思うのだけれど、どうして大丈夫なのかしら?」
「野生の魔獣を狩った場合は、血の匂いが染み付く前に適切な処理をしています。おそらく、今回は治療を優先して難しかったのではないでしょうか?」
マリエルの説明にルイーズが切なげに頷く。魔導師団員はマジックバッグで時間を止めてしまうので、後でゆっくり処置ができる。しかし、他の人はその場ですぐに行う必要がある。
「そういうものなのね……捨ててしまったのかしら?」
「アダンには早く燃やすようにと言われたのですが……」
ルイーズの視線を追うと、部屋の隅に麻袋が置かれていた。あの中に入っているのだろう。
3
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました
ミズメ
恋愛
婚約者を妹に奪われ、悪女として断罪された公爵令嬢フィオレッタ・グラシェルは、王都を追われ、身分を隠して辺境の町で静かに暮らしていた。ある日、迷子の少女ティナと出会い、川辺で花を摘み笑い合うひとときを過ごす。そこに現れたのは、ティナを捜していた辺境の若き領主ヴェルフリート・エルグランドだった。
ティナに懐かれたフィオレッタは子育てのために契約結婚をすることに。ティナの子守りをしながら、辺境で自らの才覚を発揮していくフィオレッタに、ヴェルフリートや領地の人々も惹かれていく。
「俺は、君を幸せにしたい」
いずれ幸せになる、追放令嬢のお話。
・感想いただけると元気もりもりになります!!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる