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婚約破棄だ!
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「アナベル!君とは婚約破棄だ!」
「…まあ。」
驚きに目が見開く。
「なぜ、」
震える声で問う。
「君にはうんざりだ。つんけんとすましたその顔も陰険なところも。」
あまりな物言いに周囲から息を飲むような悲鳴が。
「う、」
人前での罵倒。
悲しさと恥ずかしさから顔を歪め顔を両手で覆う。
「俺はあちらのご令嬢、リゼリアと婚姻する。」
人垣の後ろを指し示し、衆人はその指差す方へと顔を向ける。
そこには可愛らしいご令嬢が立っていた。
「彼女は何者だ。」
「どなた?」
「どこの方かしら?」
皆の視線を集め優雅にカテーシーをする。
「リゼリア、こちらへ。」
呼ばれて人々は体を寄せあい、彼女の為に道を作った。
確固たる足取りで人の波を進み、アナベルの横をすり抜け王子のもとへ。
「俺の愛しい人。」
顔を伏せるリゼリアを抱き締めて甘い眼差しを向けた。
「こちらは、君の妹リゼリアだ。」
どよめきが広がる。
「かわいそうなリゼリア。アナベルにいなかったものとして扱われ苦しい生活を強いられていた。同じ姉妹でありながら!こんなことが許されていいのか!」
身ぶり手振り大きな動きでアナベルの悪行を罵り、まわりに訴えた。
「俺がドレスを送らなかったらリゼリアはここにくる服もなくボロをまとっていたんだ!」
「リゼリア、あなた、」
高揚に甲高い声で論説する横でアナベルはか細い声でリゼリアに声をかけた。
呼び掛けに顔を向けて意を決した瞳で見つめ返す。
端から見ればそれは王子の言葉を肯定したように見えた。
「王子、わかりました。私としては、その件については承諾いたします。」
「非を認めるか。」
「…あとは当主である父と、王子のお父上にあらせられる陛下にお許しを頂きとうございます。」
「ああ、悔い改めるがいい。」
「お待ちください!おふたかた!」
衆人の中からひとりの男が飛び出した。
「アナベル嬢が婚約解消を受け入れるとここで仰るのならば、」
アナベルの前に膝まずき手を差し出す。
「ならば、ここで私が次の婚約者に名乗りをあげます。アナベル嬢、どうか私の手を。」
アナベルは戸惑って周囲を見た。
「お姉さま、手を取って。お願い。」
先程まで黙っていたリゼリアが初めて言葉を発した。
鈴が鳴るような可愛らしい声に皆の目が集まる。
「リゼリア、でも私。」
「アナベル、私を信じてほしい。」
「タナン、でも、」
アナベルは涙目で差し出された手を見つめ男の顔へと視線を向ける。
「お前は!王家筋の俺と婚約していながら他に男がいたのか!?」
そのやり取りにかっとなった王子が大股でアナベルに近寄り手を振り上げた。
「お姉さまに!おやめください!」
後ろから振り上げた腕にリゼリアがしがみつき、タナンと呼ばれた男はアナベルを庇って立ち上がる。
「アナベル嬢は潔白です!」
「ほざけ!男を呼び捨てにする女のどこが潔白だというのだ!?」
「王子よ、アナベル嬢と私は従兄弟でございます。幼い頃から名を呼ぶのは家族より許されております。」
王子より背の高いタナンは目をしかと見つめ、堂々と受け答える。
リゼリアは王子の腕から離れてタナンの後ろにいるアナベルの側へと駆け寄る。
「お姉さま、お可哀想に、」
「リゼリア、どうして、」
涙を流すアナベルをリゼリアは抱き締め、アナベルも頼るように小柄なリゼリアにすがった。
「申し訳ありません。私もどうしてこんなことになったのか、」
このやり取りに王子も周囲も戸惑いが広がった。
「リゼリア、どういうことだ。なぜ、」
リゼリアは震え抱き締めていた力を強める。
「発言をお許しくださいますか?」
「許す。説明しろ。」
「はい。私はアナベル様をお姉さまとお呼びしますが、妹ではございません。幼い頃よりお姉さまとお呼びする許可を頂いただけの使用人の娘でございます。」
一人娘のアナベルが寂しくないようにと屋敷で姉妹のように育ったが、本当の妹ではなく使用人であると。
己は身分を弁えていてそれだけだと強く訴えた。
「なんだと!騙したのか!?」
大きなどよめきが広がり王子は怒りに剣を抜いた。
タナンは大きく腕を広げて二人の前に立っていた。
「いいえ!お伝えしようにも、王子が何も言うなと発言をお許しにならなかったのです!」
「なんだと!ふざけやがって!この口を塞いでやる!」
リゼリアとアナベルに振り下ろされる剣にタナンが腕で受け止め、周囲は叫んだ。
阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
「ふざけるな!この!」
腕に食い込んだ剣を抜こうとするのをタナンは腕に食い込んだ刃先を片手で押さえて取り上げる。
騒ぎに近衛兵が集まり、王子を押さえつけた。
タナンは腕から血を流し、アナベルとリゼリアは涙ながらにお互いを抱き締めてことの騒動を見つめた。
「ああ、タナン。…腕が。」
「お二人にお怪我がないのであればそれでいいのです。」
「申し訳ありません。タナン様。」
リゼリアは泣きながらも言葉をはっきりと口にした。
「何事だ!?」
遅れて近衛をつれた陛下が駆けつけ、アナベルの父親も騒ぎを駆けつけてやってきた。
王宮で開かれたパーティー。
会場は広く、年若いアナベル達は陛下のおられる会場とは別に離れた離宮に集まっていた。
「なんということだ。」
陛下はことの起こりを聞き青ざめ、王妃は泣き伏した。
リゼリアが事情を語ると、屋敷で王子に気に入られたが、何も言うなと言われお伝えすることも何もできず、アナベルと当主である公爵に助けを求めていたとわかった。
王子はリゼリアがアナベルをお姉さまと呼び掛けるのを勝手に推測し、思い込みからこの騒動を引き起こしたと。
陛下は衆人観衆の多さから揉み消すことの諦め、その場で王子の嫡廃を宣言した。
「なぜこの会場へ来たの?!来なければ!」
「恐れながら王妃。私共は王子の命令により連れてくるしかありませんでした。」
恨み言を喚く王妃。
代わりに答えたのは父である公爵。
リゼリアはドレスを受け取り、アナベルと公爵に相談していた。
命令とあらば仕方なしと公爵家で装いを整えさせてアナベルと共にこちらへと来ていた。
身分を理由に名を呼ばれる正面からではなく、わざわざ会場の使用人達が協力してこっそり中へ招き入れて。
証拠として王子の直筆と効力の強い王家の印まで押された手紙を取り出す。
「私共にはどうしようもないことでした。」
「そんな!私の可愛い息子が!ああ!何てバカなことを、」
倒れる王妃を侍女らが抱えて助け起こす。
「…あれはバカすぎたのだ。」
リゼリアに対しても罰則は何もない。
王子が勝手に舞い上がって独りよがりな恥を晒しただけなのだから。
悔しげに呟く陛下に公爵は頭を下げる。
「僭越ながら、この場で娘と甥の婚姻の許可をお願い致します。」
「…許す。」
乱心する王子相手に身を呈して令嬢二人を守ったのだ。
「ありがとうございます。」
顔には出さない心の中でほくそ笑んだ。
公爵は王宮の別室で治療を受けるタナンのもとへ向かった。
人払いをし、近くの椅子に腰かける。
「よくやった。」
よくぞ娘を守った。
公爵の思いはそれだけだった。
「婚姻の許可を得た。」
「ふ、」
タナンは喜びに口許が歪む。
「腕の怪我は?」
「軽いですよ。治ればまた剣が持てます。」
怪我のある腕を見せて、ぐ、ぱと手を閉じたり開いたりして見せる。
「治ってから式を挙げるか?」
「いえ、もう奪われるのはうんざりです。早急にお願いしたい。」
「なら明日には手続きを済ませる。」
「ありがとうございます。」
扉が叩く音が聞こえて声をかけるとタナンの父親が入ってきた。
「兄上、首尾はどうなった?」
「扉を閉めてからにしろ。」
「ああ、すまない。」
三人頭を寄せあい小声で言葉を交わす。
「タナンの腕は?」
「父上、ご覧の通りです。」
先程と同じように動かして見せる。
「軽そうだな。」
「多少、鈍るかもしれませんが軽いですよ。」
「あれだけ振りかざしてか?は、」
嘲りに顔が歪む。
「やはり軟弱。我らが公爵家にはいらん。」
「ええ、いりませんね。」
二人の会話に公爵は頷く。
「ラオス、タナンと娘の婚姻の許可を得た。明日には手続きを進める。」
「了承した。兄上、タナンを次期当主としてよいのだな?」
「ああ、うちに男はおらん。もとよりそのつもりだった。王家の横やりのせいだ。」
苦々しく呟く。
「娘は幼い頃からタナンを気に入っていた。」
じろっと公爵に睨まれてタナンは顔を赤らめる。
「ああ、それならタナンもだ。」
「ち、父上。あの、当主。…邪な想いを申し訳ありません。」
公爵に頭を下げた。
「タナン、気にするな。男親とはこういうものだ。叔父としてお前を気に入っている。申し分ない。」
「男親にとって娘はね。格別だ。」
ブスくれて答える公爵を弟のラオスは笑った。
※※※※※※※※
公爵は屋敷に戻り娘の寝室へと向かった。
「寝てるのか?」
途中、リゼリアを見つけて尋ねる。
「はい、良くお休みです。」
リゼリアは頭を下げて答えた。
装いを質素なものに変えていた。
公爵はリゼリアの頭に手を置く。
「お前も、よくやった。」
「あ、ありがとうございます。」
「アナベルの妹だろう?私の娘だ。」
「ふふ、旦那様ったら。お戯れを。」
上げた顔には微笑みがある。
「父と呼ばんのか?」
「お姉さまと共にいる時だけでございます。私は弁えておりますので。」
「それもよし。」
ポンポンと頭を優しく撫でる。
「旦那様、一介の使用人に不適切でございます。」
「悪かった。」
叱られたので手をあげて笑うと恭しく再度、頭を垂れた。
一人寂しいアナベルの為の親子ごっこだ。
「タナンとの婚姻の許可を得た。」
「まあ、喜ばしいことでございます。身を呈した甲斐があります。」
発情した王子の相手をしたのだ。
代償が大きすぎる。
婚約の身でありながらアナベルを襲おうとしたのをリゼリアが庇ったのだ。
どうにも乱暴で自分勝手な男だった。
婚前交渉をアナベルに求め、断られたらリゼリアに手を出した。
屋敷の隅でぼろぼろのリゼリアを見つけて、アナベルはしばらく食事を取れぬほど憔悴し、私もあまりのご無体に許せぬと王家に苦言を呈そうとした。
だか、身分をかさにはねのけられるのが落ちだ。
リゼリアは気丈にも堪えて今まで大人しく王子に従った。
まさか、こんなバカなことをするとは誰も思っていなかった。
「苦労を掛けた。望みはあるか?」
見つめるともじもじと指を玩ぶ。
「ないのか?」
「あ、あります。…あの、」
モゴモゴと口ごもるのをしばらく待った。
「正直に言うといい。何でもしよう。」
優しく促すと伏した目線が微かに上がった。
「…旦那様の、お情けを頂けるなら。」
「…は?」
見上げた瞳が熱っぽい。
「私は、お姉さまが大好きです。自分の命のように。…ですが、殿方として旦那様のことも、慕っております。」
一歩、こちらへと進む。
「一度だけ、」
手を伸ばしてきたので固まる。
「乙女、ではありませんが。」
腕に触れた手が震えているのを見つめる。
「父と呼びたがらないのは、そのせいか?」
口の中が乾く。
唇を思わず舐めた。
「はい。」
「娘に戻れぬぞ。」
「構いません。お慕い申しております。」
目からほろほろと涙がこぼれている。
「…父ほどの歳だ。」
「構いません。それでも、魅力がございます。」
「よいのか?」
「はい。」
胸にかかるリゼリアの温もりを優しく抱きとめる。
ただお互いに黙ってその場に立ち尽くした。
「…勝手がわからん。」
「え?」
「妻を亡くしてこのようなことは久々だ。しかも、若い娘だ。そのうえ、…可愛い。」
少しだけ、抱き締める力を強めて胸に当たるリゼリアの頭を撫でた。
「ここは通路だ。寝床へとも思うが、ここからは離れている。ここらへんの近くの部屋に連れ込むのも気が引ける。どうにも可愛くて乱暴には扱いたくない。」
「それは、あの。…私もわかりません。」
応えるようにリゼリアも公爵の背に手をまわす。
「キスをしても?」
「…はい。」
顔を上げたので屈んで額にキスを落とした。
「…これは子供扱いでございましょうか?」
「思ったより背が低かった。」
顔が近づく。
どうやら背伸びをしているらしく、その仕草が可愛らしいと思った。
頬にキスをしたらまたむくれた。
「子供扱いですね。」
ぐっと顔を両手に掴まれリゼリアから唇を奪われた。
「ん、」
唇に舌を差し込まれ、軽く吸うとふるっと体が震えている。
首にしがみつかれ身動き出来ない。
ぶらさがる細い体を抱き締めた。
しばらくお互いの唇を堪能したが、息が苦しいようで少し肩を押し返された。
「どうした?」
腕から逃がす気はなく腰を抱き締めたまま問う。
「はあ、…はあ、…息が、苦しくて、」
顔を赤らめて恥ずかしそうに目を伏せる。
「…そ、れに切なくて、ひ、ぐす、」
泣くの黙って抱き締めた。
※※※※※※※※
娘の結婚式。
盛大に行いたかったが、あの醜聞のせいで娘が親しいものしか呼びたがらず家族だけで執り行う。
「お姉さま、おめでとうございます。」
リゼリアは美しく装うアナベルの手を握った。
「リゼリア、ふふ。お母様かしら?」
「いいえ、今まで通りリゼリアとお呼びくださいませ。」
「まあ、お父様。どうしましょう?」
「どちらでも構わん。」
あれから結局、キスをしただけで手を出さなかった。
だが、どうにも可愛らしくて堪らなかった。
娘と甥の婚姻が済むと、いつも通りに振る舞うリゼリアが気になってしかたがない。
捕まえて後妻になるかと尋ねたら泣きながら頷いてくれた。
アナベルもタナンも思いの外、賛同してくれた。
リゼリアを醜聞に晒したくなくて王都のことはアナベルとタナン、弟に任せて領地に引き込むことに決めた。
「お父様、リゼリアは幼い頃からお父様のことを大好きなんですのよ?」
「お、お姉さま、言わないでぇ。」
「お前達もだろうが。」
そう言うとアナベルもタナンも顔を赤らめて隠した。
~終~
「…まあ。」
驚きに目が見開く。
「なぜ、」
震える声で問う。
「君にはうんざりだ。つんけんとすましたその顔も陰険なところも。」
あまりな物言いに周囲から息を飲むような悲鳴が。
「う、」
人前での罵倒。
悲しさと恥ずかしさから顔を歪め顔を両手で覆う。
「俺はあちらのご令嬢、リゼリアと婚姻する。」
人垣の後ろを指し示し、衆人はその指差す方へと顔を向ける。
そこには可愛らしいご令嬢が立っていた。
「彼女は何者だ。」
「どなた?」
「どこの方かしら?」
皆の視線を集め優雅にカテーシーをする。
「リゼリア、こちらへ。」
呼ばれて人々は体を寄せあい、彼女の為に道を作った。
確固たる足取りで人の波を進み、アナベルの横をすり抜け王子のもとへ。
「俺の愛しい人。」
顔を伏せるリゼリアを抱き締めて甘い眼差しを向けた。
「こちらは、君の妹リゼリアだ。」
どよめきが広がる。
「かわいそうなリゼリア。アナベルにいなかったものとして扱われ苦しい生活を強いられていた。同じ姉妹でありながら!こんなことが許されていいのか!」
身ぶり手振り大きな動きでアナベルの悪行を罵り、まわりに訴えた。
「俺がドレスを送らなかったらリゼリアはここにくる服もなくボロをまとっていたんだ!」
「リゼリア、あなた、」
高揚に甲高い声で論説する横でアナベルはか細い声でリゼリアに声をかけた。
呼び掛けに顔を向けて意を決した瞳で見つめ返す。
端から見ればそれは王子の言葉を肯定したように見えた。
「王子、わかりました。私としては、その件については承諾いたします。」
「非を認めるか。」
「…あとは当主である父と、王子のお父上にあらせられる陛下にお許しを頂きとうございます。」
「ああ、悔い改めるがいい。」
「お待ちください!おふたかた!」
衆人の中からひとりの男が飛び出した。
「アナベル嬢が婚約解消を受け入れるとここで仰るのならば、」
アナベルの前に膝まずき手を差し出す。
「ならば、ここで私が次の婚約者に名乗りをあげます。アナベル嬢、どうか私の手を。」
アナベルは戸惑って周囲を見た。
「お姉さま、手を取って。お願い。」
先程まで黙っていたリゼリアが初めて言葉を発した。
鈴が鳴るような可愛らしい声に皆の目が集まる。
「リゼリア、でも私。」
「アナベル、私を信じてほしい。」
「タナン、でも、」
アナベルは涙目で差し出された手を見つめ男の顔へと視線を向ける。
「お前は!王家筋の俺と婚約していながら他に男がいたのか!?」
そのやり取りにかっとなった王子が大股でアナベルに近寄り手を振り上げた。
「お姉さまに!おやめください!」
後ろから振り上げた腕にリゼリアがしがみつき、タナンと呼ばれた男はアナベルを庇って立ち上がる。
「アナベル嬢は潔白です!」
「ほざけ!男を呼び捨てにする女のどこが潔白だというのだ!?」
「王子よ、アナベル嬢と私は従兄弟でございます。幼い頃から名を呼ぶのは家族より許されております。」
王子より背の高いタナンは目をしかと見つめ、堂々と受け答える。
リゼリアは王子の腕から離れてタナンの後ろにいるアナベルの側へと駆け寄る。
「お姉さま、お可哀想に、」
「リゼリア、どうして、」
涙を流すアナベルをリゼリアは抱き締め、アナベルも頼るように小柄なリゼリアにすがった。
「申し訳ありません。私もどうしてこんなことになったのか、」
このやり取りに王子も周囲も戸惑いが広がった。
「リゼリア、どういうことだ。なぜ、」
リゼリアは震え抱き締めていた力を強める。
「発言をお許しくださいますか?」
「許す。説明しろ。」
「はい。私はアナベル様をお姉さまとお呼びしますが、妹ではございません。幼い頃よりお姉さまとお呼びする許可を頂いただけの使用人の娘でございます。」
一人娘のアナベルが寂しくないようにと屋敷で姉妹のように育ったが、本当の妹ではなく使用人であると。
己は身分を弁えていてそれだけだと強く訴えた。
「なんだと!騙したのか!?」
大きなどよめきが広がり王子は怒りに剣を抜いた。
タナンは大きく腕を広げて二人の前に立っていた。
「いいえ!お伝えしようにも、王子が何も言うなと発言をお許しにならなかったのです!」
「なんだと!ふざけやがって!この口を塞いでやる!」
リゼリアとアナベルに振り下ろされる剣にタナンが腕で受け止め、周囲は叫んだ。
阿鼻叫喚の騒ぎとなった。
「ふざけるな!この!」
腕に食い込んだ剣を抜こうとするのをタナンは腕に食い込んだ刃先を片手で押さえて取り上げる。
騒ぎに近衛兵が集まり、王子を押さえつけた。
タナンは腕から血を流し、アナベルとリゼリアは涙ながらにお互いを抱き締めてことの騒動を見つめた。
「ああ、タナン。…腕が。」
「お二人にお怪我がないのであればそれでいいのです。」
「申し訳ありません。タナン様。」
リゼリアは泣きながらも言葉をはっきりと口にした。
「何事だ!?」
遅れて近衛をつれた陛下が駆けつけ、アナベルの父親も騒ぎを駆けつけてやってきた。
王宮で開かれたパーティー。
会場は広く、年若いアナベル達は陛下のおられる会場とは別に離れた離宮に集まっていた。
「なんということだ。」
陛下はことの起こりを聞き青ざめ、王妃は泣き伏した。
リゼリアが事情を語ると、屋敷で王子に気に入られたが、何も言うなと言われお伝えすることも何もできず、アナベルと当主である公爵に助けを求めていたとわかった。
王子はリゼリアがアナベルをお姉さまと呼び掛けるのを勝手に推測し、思い込みからこの騒動を引き起こしたと。
陛下は衆人観衆の多さから揉み消すことの諦め、その場で王子の嫡廃を宣言した。
「なぜこの会場へ来たの?!来なければ!」
「恐れながら王妃。私共は王子の命令により連れてくるしかありませんでした。」
恨み言を喚く王妃。
代わりに答えたのは父である公爵。
リゼリアはドレスを受け取り、アナベルと公爵に相談していた。
命令とあらば仕方なしと公爵家で装いを整えさせてアナベルと共にこちらへと来ていた。
身分を理由に名を呼ばれる正面からではなく、わざわざ会場の使用人達が協力してこっそり中へ招き入れて。
証拠として王子の直筆と効力の強い王家の印まで押された手紙を取り出す。
「私共にはどうしようもないことでした。」
「そんな!私の可愛い息子が!ああ!何てバカなことを、」
倒れる王妃を侍女らが抱えて助け起こす。
「…あれはバカすぎたのだ。」
リゼリアに対しても罰則は何もない。
王子が勝手に舞い上がって独りよがりな恥を晒しただけなのだから。
悔しげに呟く陛下に公爵は頭を下げる。
「僭越ながら、この場で娘と甥の婚姻の許可をお願い致します。」
「…許す。」
乱心する王子相手に身を呈して令嬢二人を守ったのだ。
「ありがとうございます。」
顔には出さない心の中でほくそ笑んだ。
公爵は王宮の別室で治療を受けるタナンのもとへ向かった。
人払いをし、近くの椅子に腰かける。
「よくやった。」
よくぞ娘を守った。
公爵の思いはそれだけだった。
「婚姻の許可を得た。」
「ふ、」
タナンは喜びに口許が歪む。
「腕の怪我は?」
「軽いですよ。治ればまた剣が持てます。」
怪我のある腕を見せて、ぐ、ぱと手を閉じたり開いたりして見せる。
「治ってから式を挙げるか?」
「いえ、もう奪われるのはうんざりです。早急にお願いしたい。」
「なら明日には手続きを済ませる。」
「ありがとうございます。」
扉が叩く音が聞こえて声をかけるとタナンの父親が入ってきた。
「兄上、首尾はどうなった?」
「扉を閉めてからにしろ。」
「ああ、すまない。」
三人頭を寄せあい小声で言葉を交わす。
「タナンの腕は?」
「父上、ご覧の通りです。」
先程と同じように動かして見せる。
「軽そうだな。」
「多少、鈍るかもしれませんが軽いですよ。」
「あれだけ振りかざしてか?は、」
嘲りに顔が歪む。
「やはり軟弱。我らが公爵家にはいらん。」
「ええ、いりませんね。」
二人の会話に公爵は頷く。
「ラオス、タナンと娘の婚姻の許可を得た。明日には手続きを進める。」
「了承した。兄上、タナンを次期当主としてよいのだな?」
「ああ、うちに男はおらん。もとよりそのつもりだった。王家の横やりのせいだ。」
苦々しく呟く。
「娘は幼い頃からタナンを気に入っていた。」
じろっと公爵に睨まれてタナンは顔を赤らめる。
「ああ、それならタナンもだ。」
「ち、父上。あの、当主。…邪な想いを申し訳ありません。」
公爵に頭を下げた。
「タナン、気にするな。男親とはこういうものだ。叔父としてお前を気に入っている。申し分ない。」
「男親にとって娘はね。格別だ。」
ブスくれて答える公爵を弟のラオスは笑った。
※※※※※※※※
公爵は屋敷に戻り娘の寝室へと向かった。
「寝てるのか?」
途中、リゼリアを見つけて尋ねる。
「はい、良くお休みです。」
リゼリアは頭を下げて答えた。
装いを質素なものに変えていた。
公爵はリゼリアの頭に手を置く。
「お前も、よくやった。」
「あ、ありがとうございます。」
「アナベルの妹だろう?私の娘だ。」
「ふふ、旦那様ったら。お戯れを。」
上げた顔には微笑みがある。
「父と呼ばんのか?」
「お姉さまと共にいる時だけでございます。私は弁えておりますので。」
「それもよし。」
ポンポンと頭を優しく撫でる。
「旦那様、一介の使用人に不適切でございます。」
「悪かった。」
叱られたので手をあげて笑うと恭しく再度、頭を垂れた。
一人寂しいアナベルの為の親子ごっこだ。
「タナンとの婚姻の許可を得た。」
「まあ、喜ばしいことでございます。身を呈した甲斐があります。」
発情した王子の相手をしたのだ。
代償が大きすぎる。
婚約の身でありながらアナベルを襲おうとしたのをリゼリアが庇ったのだ。
どうにも乱暴で自分勝手な男だった。
婚前交渉をアナベルに求め、断られたらリゼリアに手を出した。
屋敷の隅でぼろぼろのリゼリアを見つけて、アナベルはしばらく食事を取れぬほど憔悴し、私もあまりのご無体に許せぬと王家に苦言を呈そうとした。
だか、身分をかさにはねのけられるのが落ちだ。
リゼリアは気丈にも堪えて今まで大人しく王子に従った。
まさか、こんなバカなことをするとは誰も思っていなかった。
「苦労を掛けた。望みはあるか?」
見つめるともじもじと指を玩ぶ。
「ないのか?」
「あ、あります。…あの、」
モゴモゴと口ごもるのをしばらく待った。
「正直に言うといい。何でもしよう。」
優しく促すと伏した目線が微かに上がった。
「…旦那様の、お情けを頂けるなら。」
「…は?」
見上げた瞳が熱っぽい。
「私は、お姉さまが大好きです。自分の命のように。…ですが、殿方として旦那様のことも、慕っております。」
一歩、こちらへと進む。
「一度だけ、」
手を伸ばしてきたので固まる。
「乙女、ではありませんが。」
腕に触れた手が震えているのを見つめる。
「父と呼びたがらないのは、そのせいか?」
口の中が乾く。
唇を思わず舐めた。
「はい。」
「娘に戻れぬぞ。」
「構いません。お慕い申しております。」
目からほろほろと涙がこぼれている。
「…父ほどの歳だ。」
「構いません。それでも、魅力がございます。」
「よいのか?」
「はい。」
胸にかかるリゼリアの温もりを優しく抱きとめる。
ただお互いに黙ってその場に立ち尽くした。
「…勝手がわからん。」
「え?」
「妻を亡くしてこのようなことは久々だ。しかも、若い娘だ。そのうえ、…可愛い。」
少しだけ、抱き締める力を強めて胸に当たるリゼリアの頭を撫でた。
「ここは通路だ。寝床へとも思うが、ここからは離れている。ここらへんの近くの部屋に連れ込むのも気が引ける。どうにも可愛くて乱暴には扱いたくない。」
「それは、あの。…私もわかりません。」
応えるようにリゼリアも公爵の背に手をまわす。
「キスをしても?」
「…はい。」
顔を上げたので屈んで額にキスを落とした。
「…これは子供扱いでございましょうか?」
「思ったより背が低かった。」
顔が近づく。
どうやら背伸びをしているらしく、その仕草が可愛らしいと思った。
頬にキスをしたらまたむくれた。
「子供扱いですね。」
ぐっと顔を両手に掴まれリゼリアから唇を奪われた。
「ん、」
唇に舌を差し込まれ、軽く吸うとふるっと体が震えている。
首にしがみつかれ身動き出来ない。
ぶらさがる細い体を抱き締めた。
しばらくお互いの唇を堪能したが、息が苦しいようで少し肩を押し返された。
「どうした?」
腕から逃がす気はなく腰を抱き締めたまま問う。
「はあ、…はあ、…息が、苦しくて、」
顔を赤らめて恥ずかしそうに目を伏せる。
「…そ、れに切なくて、ひ、ぐす、」
泣くの黙って抱き締めた。
※※※※※※※※
娘の結婚式。
盛大に行いたかったが、あの醜聞のせいで娘が親しいものしか呼びたがらず家族だけで執り行う。
「お姉さま、おめでとうございます。」
リゼリアは美しく装うアナベルの手を握った。
「リゼリア、ふふ。お母様かしら?」
「いいえ、今まで通りリゼリアとお呼びくださいませ。」
「まあ、お父様。どうしましょう?」
「どちらでも構わん。」
あれから結局、キスをしただけで手を出さなかった。
だが、どうにも可愛らしくて堪らなかった。
娘と甥の婚姻が済むと、いつも通りに振る舞うリゼリアが気になってしかたがない。
捕まえて後妻になるかと尋ねたら泣きながら頷いてくれた。
アナベルもタナンも思いの外、賛同してくれた。
リゼリアを醜聞に晒したくなくて王都のことはアナベルとタナン、弟に任せて領地に引き込むことに決めた。
「お父様、リゼリアは幼い頃からお父様のことを大好きなんですのよ?」
「お、お姉さま、言わないでぇ。」
「お前達もだろうが。」
そう言うとアナベルもタナンも顔を赤らめて隠した。
~終~
670
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王家が馬鹿すぎる。こんなクソ王子野放しにするなんて・・・
リゼリアが健気過ぎます。お父様幸せにしてあげてね。
いいな、素敵な父娘やな。。。理想や。。。
感想ありがとうございます(*´∀`*)
家族、みんな幸せになれー!と思いながら書きました(笑)
sarumaro様の心の琴線に触れたのがめっちゃ嬉しいです(*´ω`)人(´ω`*)
またお互いを支え合うような、家族愛的な話を書けたらなぁと思います。