しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる

長月 鳥

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マナ、消失す

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 音が、消えていた。

 サンダルの怒号も、クレアの吐息も、ルクスの優しい声色も。
 地鳴りのように響いていた魔王軍の咆哮も──そのすべてが、跡形もなく消え去っていた。

 代わりに、耳を刺すような静寂が広がっている。
 まるで、世界そのものが息を止めてしまったみたいに。

 目を開けた俺の視界に飛び込んできたのは、石。
 ……石、だった。

 あたり一面、戦場を覆うように無数の石像が立ち並んでいる。
 さっきまで命を賭して戦っていた魔王軍の兵士たち。
 剣を掲げたままの姿で、仲間をかばうように覆いかぶさったままの姿で──
 みんな、石になっていた。

「……おっさん、これ……」
 その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。
「シービーっ! 無事だったか」
 俺は振り向き、駆け寄る。

 小さな体が震えていた。
 煤けたローブをまとった少女は、目を見開いたまま立ち尽くしている。
 俺は思わず抱き寄せた。

 互いの体が、小刻みに震えているのが分かった。
 恐怖以外の何ものでもない。
 世界が終わっていく音を、二人で聞いていた。

「……おい、冗談だろ。サンダルも……クレアも……」
 手を伸ばす。けれど、その指先に触れたのは、冷たく硬い感触だった。

 クレアは剣を構えたまま。
 サンダルは怒鳴り声を上げようとした瞬間の表情で。
 どちらも、まるで命を封じられた彫刻のようだった。

 もう息づかいも、魔力の気配もない。
 灰色に覆われた彼らの姿を前に、喉の奥から嗚咽がこみ上げてきた。

 そのときだった。

「……電次郎っ!」
 背後から、かすれた声が響いた。
 振り返ると、崩れかけた壁の影から、ひとりの女が姿を現した。

「ライオネット先生っ!」
 煤にまみれた白衣。
 乱れた髪の隙間から覗く瞳は、驚きと恐怖とが入り混じっている。
 それでも、生きていた。
 ──それだけで涙が出そうだった。

「先生、無事で良かった」
「ええ……でも、みんなが……」
 ライオネットが震える指先で周囲を指した。
 その先には、ステラの変わり果てた姿もあった。

 まるで地獄が凍りついたような光景が広がっている。
 城も、塔も、炎すら動かない。
 すべてが石となり、風も止まり、空の色まで褪せている。
 夜とも昼ともつかない灰色の世界。

 ──そして、あの“厄災の獣”の姿もなかった。

 さっきまで世界を覆っていたはずの闇は、跡形もなく消えている。
 代わりに残されたのは、虚ろな静寂だけ。

「……消えた?」
 俺が呟くと、ライオネットは首を振った。
「違う。満ちたのよ……」
「満ちた?」
「……マナ。奴は、それを全部……吸い尽くしたのよ」
 先生の声が、風のように震えていた。
 俺は息を飲む。
 マナを吸い尽くした──だから、満足して消えたっていうのか?
 ふざけんなよ──。

 でも、なんで俺たちだけ無事だったんだろう……。
「魔王様も……石になっちまった……あたい、どうすれば……」
 震えるシービーの背中をさすっていると、指先に刺すような痛みを感じた。
 ──静電気?

 そういえば、AEDでシービーを助けたときにマナが消えてしまったと言っていた。
 ライオネット先生も同じように?

「マナを感じないのは、私が失ったからなのか……嫌な予感がする」
 先生の言葉に、身が凍るような思いがした。

 ボルトリア、エルグラッドにも厄災の獣の手が回っていた。
 ミカちゃんは、学園のみんなは大丈夫なのか? 
 俺は急いで小型ドローンを取り出し、起動させた。
 かすかな電子音とプロペラの回転音だけが、世界に響いているようだった。

「……電次郎」
 先生の声に俺は呟き、操縦スティックを握った。

 ドローンは静かに浮かび上がり、砕けた天井を抜けて空へと舞い上がる。
 灰色の空の中を進む映像が、ゴーグル越しに流れ込んできた。

 ボルトリアの城下町──沈黙。
 ミカちゃん、姫様も……城にいたみんな。
 人も獣も、すべて石になっていた。

 学園都市エルグラッド──同じ。
 ライミ、スイラン、トレス……。
 校舎も、生徒たちも、教師たちも。
 動かない。
 息をしていない。

「そんな……」
 時間をかけ、さらに遠くへドローンを飛ばす。
 西の大陸、同盟国、砂漠の街、港町。
 どこへ行っても同じだった。

 全てが石化していた。
 まるで世界が俺たちだけを残して、死んでしまったかのように。
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