しがない電気屋のおっさん、異世界で家電召喚ライフしてたら民から神格化され魔王から狙われる

長月 鳥

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電子、兆す

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 ……風の音が、戻ってきた。
 空には、光の粒がゆっくりと浮かんでいる。
 最初はただの灰のように見えたけど、違う。
 ひとつひとつが、ほんのわずかに脈打つように揺れていた。

 電子──本来なら誰にも見えないはずの粒子。
 俺の世界から呼び寄せ、何度もこの世界に混ざろうとして弾かれた“異物”。
 その電子が今、マナの流れと同じ律動で脈打ち、目に見える形を取っている。
 ――共鳴したんだ。

 空気が変わる。
 肌の表面を、チリチリとした痛みが走った。
 静電気に似ている。でも、不思議と嫌じゃない。
 むしろ、ほんのりと温かい。

 心臓が打つたびに、その流れが血の中に染みこんでいくような──
 そんな感覚だった。

「……成功、したのか?」
 シービーに問いかけると、彼女は涙をためた目で、力強くうなずいた。

 最初に動いたのは、ルクスだった。
 肌にまとわりついていた堅い石が、乾いた音を立てて砂のように剥がれ落ちる。
「ルクス……! おい、ルクス!」
 駆け寄った俺の声に、まだ反応はない。
 けれど──胸が、確かに上下していた。
 それだけで、胸が詰まりそうになるくらい嬉しかった。

 そこから、“連鎖”が始まった。

 光が蛇のように地面を這い、
 すれ違うたび、人々の体にふわりと絡みつく。
 クレア、サンダル、インスーラ……魔王軍の兵士たちまで。
 皆が砂から解けるように、ゆっくりと動きはじめた。

 静まり返っていた城内に、ざわめきが戻ってくる。
 砂がこぼれ落ちる音、誰かの息づかい、遠くで走り寄る足音。
 その全部が混じりあい、やがて広場全体が“音楽”みたいに脈打った。

 涙が勝手にあふれてきた。
 どうして泣いているのか、自分でも分からない。
 ただ──これは「生きている世界」の音なんだ。
 それを思った瞬間、胸がいっぱいになった。

 空を見上げると、電子の粒がまだ舞っている。
 風に押されて、どこまでも広がっていく。
 まるでこの星そのものを包むように……ゆっくりと呼吸しながら。

「……繋がったんだな」
 俺の世界と、この世界。
 違う法則で動いていたはずなのに、
 今は同じ流れの中にある。
 電子──見えない命の粒が、ひとつの“呼吸”を共有している。

 ライオネットが呆然と、その光景を見つめていた。
 彼女の頬にも涙が伝う。
 彼女の長い指が震えていた。
「……これが……本当に……新たな生命の流れ……」
 震える声は、どこか安堵にも似ていた。

 シービーは泣きながら笑った。
「おっさん……! 魔王様、生き返った……すげぇよ……!」
「良かった……マジで、もう無理かと思ったけどな……」

 賭けには勝った。
 だが代償もある──もう、俺の手では空間を裂けない。
 家電を呼び出す力は、完全に消えたらしい。
 だけど、それでもいい。
 この光景を見られたなら、それで十分だ。

 ルクスの瞼が、ゆっくりと震えた。
 焦点が合うまで、少し時間がかかったが──
 やがて俺を見つけ、かすかに微笑んだ。

「信じていたぞ、我が伴侶よ……」
 次の瞬間、ルクスが俺に抱きついてきた。
 力強くて、温かくて、そして……胸がやたらデカい。
 そんなくだらないことでも考えないと、涙が止まらなかった。

 これは戦いじゃない。
 勝利でもない。
 失われていた世界が、もう一度“呼吸”を取り戻す、その瞬間だ。

 空の色が変わり始める。
 灰と青の境界に、金色の光が差し込んできた。

 朝日だ。
 長い夜が、ようやく明けた。

 俺は膝をつき、深く息を吐く。
 指先で、電子の粒がぱちりと弾けた。
 その一粒一粒が、誰かの命を灯しているように感じられて──
 胸の奥が、じんわりと熱くなった。
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