1 / 24
1
しおりを挟む
俺の人生はひどいものだった。
古びた屋敷…とはお世辞にも言えない廃屋の中、手元の灯りを頼りに俺はゆっくりと進んだ。
近日中に取り壊しも決まっているようで、家財道具もほとんど残っていない。ホコリっぽい臭いと、水で濡れたジメジメとしたかび臭い空気が体にまとわりつく。
運命の歯車がおかしくなったのはいつだったか。小さい頃は、毎日がそれなりに楽しかった。やりたいことや、将来の夢、なんていうのも人並みにあったんだ。
貴族の息子として産まれた俺。裕福な方ではなかったが、父が治める領地は活気があったし、大好きだった母は人望があり、領民から慕われていた。
それが、どこでどう間違えたかこのザマだ。
来ている服はボロボロ…。ほぼホームレス同然の生活。
仕事がない。
お金がない。
外見も悪い。
頭もよくない。
こんな俺の事を支えてくれる伴侶も当然ながらいない
今の俺にはとにかくなんにもない。
ギシ…ギシ…
軋む階段を上り、雨漏りがする廊下を歩き、懐かしい部屋の扉をゆっくりと開ける。ドアノブを回すと、ゆっくりと大きな音を立てて扉が開いた。
ギィイイイィィィィ‥…
窓ガラスが割れて、天井からは雨漏りが滴り、湿気で重たくなったベッドだけが残されていた。
俺の部屋だ。…いや、部屋だった。
小さくなったベッドに腰を下ろして、力なく横たわる。体力も限界だ。もう何日も飲み食いしていないし、流行り病に冒されたこの体はそう長くない、自分の事だからこそわかるんだ。俺は最後に、自分が昔住んでいた家に戻ってきたかった。
「母さん…とう、さん」
朽ち果てた部屋を見ながら、遠い過去の事を思い出す。不思議と、鮮明に、色鮮やかに映し出されたその世界には、今は亡き父と母、小さな自分と従者がそこにはいた。領内にできた学校、という施設に行くことになり、父と母が身支度を手伝ってくれた時の思い出だ。泣き虫で甘えん坊だった俺は学校に行くのが怖くて母に泣きついていて、それを父が叱っていた。
(勉強も、運動も得意ではなかった俺は学校に居場所がなくて、行きたくなかったんだよな…。)
視界が涙で歪むとそのままそっと目を閉じた。この30年、いろいろなことがあった。そのすべてが、俺の人生を台無しにしようと、立ちはだかる大きな壁になった。ことごとくその障害に俺は負け、没落し、職を失い、住居を失い、こんなみじめな終わり方をしようとしている。
「っい…て」
ベッドの上で寝返りを打った時、背中に強烈な痛みが走って唸り声が出た。何かが刺さったようだった。
腕を背中に伸ばすと、学生時代に同級生の女の子からもらった女神の十字架がそこにあった。
錆びてボロボロになりながら、中心にはめ込まれた石が淡く青白く光っている。
「可愛かったなぁ。たしか…ステラちゃんだったか…優しくて、母性的で、小さなママって感じの子で、守ってあげたい女子!って感じの子だったなぁ。」
彼女の姿を思い出しながら、女神の十字架を力強く握りしめると、あつい涙が流れるのがわかった。
(あの頃に、もう一度戻りたい…。こんなクソみたいな人生…やりなおしたい!俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!)
唇をかみしめながら、寒さに震えながら十字架を握ると、暖かい感触が伝わってくる。どうやら強く握りしめたせいで手が切れたらしい。手のひらが生温かく、ジンジンする。
過去の記憶が走馬灯のように思い出される中、震えることすらできなくなり、いつの間にか手のひらの痛みも治まっていた。
喉が渇いた…。時折顔にかかる雨を、魚のように口を力なくパクパクとさせることしかできなかった。
チ‥…リィ‥‥…ィ‥…ン‥…。
なにか聞こえたような気がして、重い瞼を動かしてみる。
ほとんど聞こえなくなった耳。
ぼやけて滲む視界。
最後にうっすらと見えたのは黒髪の少女のようなもの…。なにか語り掛けてくれている声…?
あれから何時間が経過したのか分からないが、もう、疲れたんだ。
俺は、静かに大きく息を吸い込んだ。
古びた屋敷…とはお世辞にも言えない廃屋の中、手元の灯りを頼りに俺はゆっくりと進んだ。
近日中に取り壊しも決まっているようで、家財道具もほとんど残っていない。ホコリっぽい臭いと、水で濡れたジメジメとしたかび臭い空気が体にまとわりつく。
運命の歯車がおかしくなったのはいつだったか。小さい頃は、毎日がそれなりに楽しかった。やりたいことや、将来の夢、なんていうのも人並みにあったんだ。
貴族の息子として産まれた俺。裕福な方ではなかったが、父が治める領地は活気があったし、大好きだった母は人望があり、領民から慕われていた。
それが、どこでどう間違えたかこのザマだ。
来ている服はボロボロ…。ほぼホームレス同然の生活。
仕事がない。
お金がない。
外見も悪い。
頭もよくない。
こんな俺の事を支えてくれる伴侶も当然ながらいない
今の俺にはとにかくなんにもない。
ギシ…ギシ…
軋む階段を上り、雨漏りがする廊下を歩き、懐かしい部屋の扉をゆっくりと開ける。ドアノブを回すと、ゆっくりと大きな音を立てて扉が開いた。
ギィイイイィィィィ‥…
窓ガラスが割れて、天井からは雨漏りが滴り、湿気で重たくなったベッドだけが残されていた。
俺の部屋だ。…いや、部屋だった。
小さくなったベッドに腰を下ろして、力なく横たわる。体力も限界だ。もう何日も飲み食いしていないし、流行り病に冒されたこの体はそう長くない、自分の事だからこそわかるんだ。俺は最後に、自分が昔住んでいた家に戻ってきたかった。
「母さん…とう、さん」
朽ち果てた部屋を見ながら、遠い過去の事を思い出す。不思議と、鮮明に、色鮮やかに映し出されたその世界には、今は亡き父と母、小さな自分と従者がそこにはいた。領内にできた学校、という施設に行くことになり、父と母が身支度を手伝ってくれた時の思い出だ。泣き虫で甘えん坊だった俺は学校に行くのが怖くて母に泣きついていて、それを父が叱っていた。
(勉強も、運動も得意ではなかった俺は学校に居場所がなくて、行きたくなかったんだよな…。)
視界が涙で歪むとそのままそっと目を閉じた。この30年、いろいろなことがあった。そのすべてが、俺の人生を台無しにしようと、立ちはだかる大きな壁になった。ことごとくその障害に俺は負け、没落し、職を失い、住居を失い、こんなみじめな終わり方をしようとしている。
「っい…て」
ベッドの上で寝返りを打った時、背中に強烈な痛みが走って唸り声が出た。何かが刺さったようだった。
腕を背中に伸ばすと、学生時代に同級生の女の子からもらった女神の十字架がそこにあった。
錆びてボロボロになりながら、中心にはめ込まれた石が淡く青白く光っている。
「可愛かったなぁ。たしか…ステラちゃんだったか…優しくて、母性的で、小さなママって感じの子で、守ってあげたい女子!って感じの子だったなぁ。」
彼女の姿を思い出しながら、女神の十字架を力強く握りしめると、あつい涙が流れるのがわかった。
(あの頃に、もう一度戻りたい…。こんなクソみたいな人生…やりなおしたい!俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!)
唇をかみしめながら、寒さに震えながら十字架を握ると、暖かい感触が伝わってくる。どうやら強く握りしめたせいで手が切れたらしい。手のひらが生温かく、ジンジンする。
過去の記憶が走馬灯のように思い出される中、震えることすらできなくなり、いつの間にか手のひらの痛みも治まっていた。
喉が渇いた…。時折顔にかかる雨を、魚のように口を力なくパクパクとさせることしかできなかった。
チ‥…リィ‥‥…ィ‥…ン‥…。
なにか聞こえたような気がして、重い瞼を動かしてみる。
ほとんど聞こえなくなった耳。
ぼやけて滲む視界。
最後にうっすらと見えたのは黒髪の少女のようなもの…。なにか語り掛けてくれている声…?
あれから何時間が経過したのか分からないが、もう、疲れたんだ。
俺は、静かに大きく息を吸い込んだ。
23
あなたにおすすめの小説
スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う
シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。
当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。
そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。
その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
知識スキルで異世界らいふ
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる