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本編
17 プロポーズ
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祭りで騒がしかった町も徐々に喧騒が収まっていく。
後片付けをされた炭の匂いが辺りを包み、暗い中飾りの街明かりは未だ輝く景色を共に見ていると、どこか愛おしくも切なく感じていたのだった。
「最後に連れて行きたい場所があるのだが、良いか?」
「ええ、私は大丈夫ですよ」
祭りはもう終わったのにどこへ行くのだろう、と不思議には思いつつふたつ返事で承諾する。
今日の嬉しかったこと、楽しかったこと、美味しい料理や好きな音楽……そんな他愛もない会話を交わして馬車に揺られていた。
けれど徐々に言葉数が減っていき、今は話しかけても緩やかに反応を返すか返さないかといった状態だ。
どこかぎこちないその空気に落ち着かず、そわそわと身じろいでしまう。
「着いた」
そう一言だけ言うと御者も持たずに扉を開け、手を向けてくださった。
その手を取って慎重に降りると、見覚えのある初めての光景だった。
「まあ……」
花畑に湖に緑、以前連れてきてくださったイザークさまの特別な場所。
高い夜空に星が瞬いている。
あの日は明るい時間帯だったけれど今はもう日が落ち、より神秘的で美しい静かな世界が広がっているのだ。
「こちらへ来てくれ」
手を引かれるがまま着いて行き湖を覗き込むと、月が水面をゆらゆらと輝きながら揺れている。
「この景色を私に見せようとしてくださったのですね」
「そうだが、それだけじゃない」
「別の理由があるのですか?」
問うてみると意を決したような凛々しい表情を向けられて、心臓の音が跳ねた。
「アイリス、君を心から大切に想い愛している。俺と結婚してくれ」
そう言って目の前を跪く彼を、静寂に包まれながらただ見つめてしまう。
私たちは婚約者ではあるけれど、政略結婚となればプロポーズをされることはないと思っていたのだ。
それなのに今はまるで幼い頃から憧れていた物語の中に入ってしまったかのよう。
熱くて愛情に溢れた瞳に吸い込まれる感覚がする。
それと同時に────。
「はい。こんな私でよろしければ、喜んでお受けいたします」
自然と口から言葉が零れ落ちた。
すると途端にイザークさまの瞳が星のように輝き、今までで一番の笑顔を向けられた。
「ありがとう。これから俺はずっとアイリスを守る」
小さな箱を開け、そっと左手の薬指に指輪を嵌めてくださる。
溢れ出す色んな気持ちが混ざり合って、何だか視界がぼやけてしまう。
指輪を見ると細やかな模様が彩られており、この湖の景色だと気づいた。
「わぁ……なんて素敵なの」
「月に指輪を向けてみてくれ」
微笑みながら促さられ指輪を掲げると、指輪の宝石が月明かりに照らされ、月に煌めく水面と瓜二つだ。
「とっても綺麗!イザークさま、本当に嬉しいです。ありがとうございます。ずっと大切にいたしますわ」
「喜んでもらえて安心した」
軽く跳ねてしまうほど喜んでいる私を見て、小さく息を吐き肩の荷が下りたという様子だ。
「どうしてご不安だったのですか?私には勿体ないくらい素敵ですのに」
自分でもきょとんとした顔をしているのがわかる。
それだけわからなかったのだ。
イザークさまは少し叱るような声音になってから、弱気な姿を見せられた。
「勿体ないなどと言うな。これはアイリスだけが着けて良いのだ。……ドレスで花を選んだ君の言葉を聞いて、俺も二人にとって大切なこの場所を贈りたいと思った。だが、その気持ちが重く感じられるのではと少し不安でもあった」
目線を下げ少し小さくなるイザークさまを見ることができるのは私だけだろう。
そう思うとより愛おしくて笑ってしまう。
「ふふっ」
「……何故笑う」
怪訝そうに眉を顰める姿に焦る。
「そこまで考えてくださることも私に見せてくださる姿も愛おしくて、つい……」
「……そうか」
顔は背けられたが、耳がほんのり赤くなっているのが見えてまた笑みがこぼれるのだった。
少しの静寂が再び流れ、改めて姿勢を正して向き直られる。
「これから先、正式にアンスリウム家を継げば逃れられないいくつもの困難が訪れるだろう。しかし、俺は君を絶対に守り抜くとここに誓う」
いつも優しく守ってくださる頼もしい存在、それと同時に人の為ならば自分をすぐ蔑ろにしてしまう危うい御方。
「イザークさま、貴方を心から愛しています。この結婚のお話をお父さまから聞かされた時からある程度の覚悟は持っておりましたし、貴方を愛し信頼したことでもう決めた道です。これから先を一緒に歩みたいです」
私を見つめる熱のこもった瞳は月明かりで深く輝き、硝子細工に触れるかのように頬に触れられ、優しく甘い口づけを落とされる。
そのまま抱き締められれば「大事だ」と、そう全身から伝えられる。
二人の大きな鼓動が一つになったこの瞬間、私たちの人生が新たに始まったのだ────。
後片付けをされた炭の匂いが辺りを包み、暗い中飾りの街明かりは未だ輝く景色を共に見ていると、どこか愛おしくも切なく感じていたのだった。
「最後に連れて行きたい場所があるのだが、良いか?」
「ええ、私は大丈夫ですよ」
祭りはもう終わったのにどこへ行くのだろう、と不思議には思いつつふたつ返事で承諾する。
今日の嬉しかったこと、楽しかったこと、美味しい料理や好きな音楽……そんな他愛もない会話を交わして馬車に揺られていた。
けれど徐々に言葉数が減っていき、今は話しかけても緩やかに反応を返すか返さないかといった状態だ。
どこかぎこちないその空気に落ち着かず、そわそわと身じろいでしまう。
「着いた」
そう一言だけ言うと御者も持たずに扉を開け、手を向けてくださった。
その手を取って慎重に降りると、見覚えのある初めての光景だった。
「まあ……」
花畑に湖に緑、以前連れてきてくださったイザークさまの特別な場所。
高い夜空に星が瞬いている。
あの日は明るい時間帯だったけれど今はもう日が落ち、より神秘的で美しい静かな世界が広がっているのだ。
「こちらへ来てくれ」
手を引かれるがまま着いて行き湖を覗き込むと、月が水面をゆらゆらと輝きながら揺れている。
「この景色を私に見せようとしてくださったのですね」
「そうだが、それだけじゃない」
「別の理由があるのですか?」
問うてみると意を決したような凛々しい表情を向けられて、心臓の音が跳ねた。
「アイリス、君を心から大切に想い愛している。俺と結婚してくれ」
そう言って目の前を跪く彼を、静寂に包まれながらただ見つめてしまう。
私たちは婚約者ではあるけれど、政略結婚となればプロポーズをされることはないと思っていたのだ。
それなのに今はまるで幼い頃から憧れていた物語の中に入ってしまったかのよう。
熱くて愛情に溢れた瞳に吸い込まれる感覚がする。
それと同時に────。
「はい。こんな私でよろしければ、喜んでお受けいたします」
自然と口から言葉が零れ落ちた。
すると途端にイザークさまの瞳が星のように輝き、今までで一番の笑顔を向けられた。
「ありがとう。これから俺はずっとアイリスを守る」
小さな箱を開け、そっと左手の薬指に指輪を嵌めてくださる。
溢れ出す色んな気持ちが混ざり合って、何だか視界がぼやけてしまう。
指輪を見ると細やかな模様が彩られており、この湖の景色だと気づいた。
「わぁ……なんて素敵なの」
「月に指輪を向けてみてくれ」
微笑みながら促さられ指輪を掲げると、指輪の宝石が月明かりに照らされ、月に煌めく水面と瓜二つだ。
「とっても綺麗!イザークさま、本当に嬉しいです。ありがとうございます。ずっと大切にいたしますわ」
「喜んでもらえて安心した」
軽く跳ねてしまうほど喜んでいる私を見て、小さく息を吐き肩の荷が下りたという様子だ。
「どうしてご不安だったのですか?私には勿体ないくらい素敵ですのに」
自分でもきょとんとした顔をしているのがわかる。
それだけわからなかったのだ。
イザークさまは少し叱るような声音になってから、弱気な姿を見せられた。
「勿体ないなどと言うな。これはアイリスだけが着けて良いのだ。……ドレスで花を選んだ君の言葉を聞いて、俺も二人にとって大切なこの場所を贈りたいと思った。だが、その気持ちが重く感じられるのではと少し不安でもあった」
目線を下げ少し小さくなるイザークさまを見ることができるのは私だけだろう。
そう思うとより愛おしくて笑ってしまう。
「ふふっ」
「……何故笑う」
怪訝そうに眉を顰める姿に焦る。
「そこまで考えてくださることも私に見せてくださる姿も愛おしくて、つい……」
「……そうか」
顔は背けられたが、耳がほんのり赤くなっているのが見えてまた笑みがこぼれるのだった。
少しの静寂が再び流れ、改めて姿勢を正して向き直られる。
「これから先、正式にアンスリウム家を継げば逃れられないいくつもの困難が訪れるだろう。しかし、俺は君を絶対に守り抜くとここに誓う」
いつも優しく守ってくださる頼もしい存在、それと同時に人の為ならば自分をすぐ蔑ろにしてしまう危うい御方。
「イザークさま、貴方を心から愛しています。この結婚のお話をお父さまから聞かされた時からある程度の覚悟は持っておりましたし、貴方を愛し信頼したことでもう決めた道です。これから先を一緒に歩みたいです」
私を見つめる熱のこもった瞳は月明かりで深く輝き、硝子細工に触れるかのように頬に触れられ、優しく甘い口づけを落とされる。
そのまま抱き締められれば「大事だ」と、そう全身から伝えられる。
二人の大きな鼓動が一つになったこの瞬間、私たちの人生が新たに始まったのだ────。
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