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巨塊討伐編 第四章:遅れてきた者
休店直下 1
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店主は『天美法具店』の社長室にいた。
席についている店主と、その前に立っている東雲と九条が談話している。
三人とも、その表情は明るい。
「最近はわが社も調子が良さそうですな、社長。景気が良くなってきましたな」
「従業員一丸となって働いてくれてるおかげですよ、東雲さん。私も安心していろいろと任せられます」
「そう言えば炭谷を宝石加工の後継にしたそうですね。彼なら満場一致でみんな賛同するでしょう」
「九条さん。あなたも他人事じゃないですよ。販売部門の責任者になってもらえたらっていつも思ってるんですから」
「社長? いくら何でもそれは」
「九条さんは私から見ても安心できる人事です。私もいつも思ってましたよ」
「し、東雲さん、私はそこまで……」
大それたことはしていない。いつも自分に出来ることしかしていない。
そう思っているようだが、どんなに小さい仕事でもたくさん積み重ねられるとその評価は大きくなるもの。
思った以上の賛辞を思いがけないところで受けた九条は赤面している。
「責任者なんて楽なもんです。自分に出来ないことは人に押し付けるだけでいいんですから」
「いや、社長? ……流石に私もそれは」
東雲も苦笑するが、店主はいたって真剣な顔。
「東雲さん、九条さん。私には彼女もいませんし家族もいません。まぁ人の縁ってのは分からないのは知ってますが、自分の子供がどうのってとても考えられません。となると、従業員の皆さんに引き継いでもらうしかないんですよね。東雲さんとかは自分よりも年上だし、出来る役職っつったら会長くらい……」
「いや、社長、それはない。ありません」
「東雲さんが会長になられるなら販売部門の責任者になってもいいですよ?」
「九条さんまで……」
東雲の渋くなった顔を見て、店主と九条が笑う。
現在の『天美法具店』の責任者は店主だが、いつまでもこの体制のままという訳にはいかないことも店主は知っている。
経営も順調。ならば自分の跡継ぎがいないからと言って、無理矢理店仕舞いをする必要はない。従業員全員この仕事に誇りを持ち、前向きな姿勢で勤務しているなら、いつかは必ず店主も誰かにこの仕事を引き継いでもらう方がいい。
しかし、いきなりすべてを従業員に任せるという訳にもいかない。
その職に自信のある者には予め今後の人事を知らせておき、謙虚な姿勢をとる者には責任者としての心得を、予備知識として伝えていく。少しずつ体制を変えていくことで、次の時代に向けてこの店と職場を発展させていく。
店主は今そんな工夫を凝らしている。
店のショーウィンドウの前の大きいトルマリンの塊は相変わらず。
良くも悪くも目立つ大きな宝石の塊は商店街の名所の一つと言われ始める。
「店主。それを材料にして法具を作るのはやめてくださいね」
「え? みんな、これを何とかしてくれって言ってたじゃないか。このままじゃ動かせないから少しずつでも削っていけばどっかに撤去できるでしょ?」
「それがですね、見物する人が増えてるんですよ。商店街の組合の人達からも言われました。この塊が置かれてからどの店も売り上げが上がってきていると。あれだけ大きいと誰かが勝手に持ち去るということも出来ません。持ち主が不明。警察も引き取ることが難しいという以上、私達もそれに同調することに決めました」
「社長をほったらかしにして意見まとめてくれるなよ……」
店主がぼやいたしたと同時に昼休みのチャイムの音と店主の部屋のドアからノックの音。
顔を出したのは従業員の一番の若手の大道。
「社長。今日の昼食会はどこにします?」
「若いって無邪気ねぇ……」
昼休み前に仕事場を離れてないと、タイミングよく部屋に顔を出すことは出来ない。
よほど昼食会を楽しみにしているか、それとも若手をいけにえ、もとい、従業員を代表して会場を聞きに来たか。
「今日は商店街の通り沿いの定食屋にするか。みんなはもう玄関で待ってるのか?」
「はい、どこに行くのか聞きに行けって言われました」
「全員ってことは……新人も古参も、ですか」
「気の弛みにならなきゃいいんですが……」
九条は全員の勤務態度が気にかかるようだが、メリハリも大事だし勤務中の姿勢が真剣であれば持ち直すこともできると東雲が慰める。
昼食会が行われるようになってから四か月くらい経っただろうか。
行われる前よりはこの職場の雰囲気がかなり明るくなった。
店主は自分の肩書も消し、「天美法具店」の宝石に関する一職人に専念することを希望している。
やりたい仕事一本に絞りたい。この雰囲気なら来年あたりにもその表明ができるかもしれない。
彼にとってそんな明るい展望も見えて来た。
昼食会がないままだったら、そんなことを従業員達に告げることは出来なかっただろう。
そう思うと昼食会のきっかけは、向こうの世界からどんなに足が遠ざかっても忘れられなくなるほど、『天美法具店』にとっては重要な分岐点だった。
まぁあれも今にして思えばいい体験をさせてもらった。
もう二度と向こうの世界に行くことはないだろうが、かけがえのない思い出であることは間違いない。
店主はそんなことをふと思う。
店主の部屋から出て、外に出るために店内に向かう。
「ちわー、宅配便です。ハンコお願いしまーす」
一人の宅配業者が入って来る。
「あ、ご苦労さま。サインでいいかしら?」
「えっと店主さんはいらっしゃいます? あ、こちらにサインをお願いします」
九条の言葉に耳を貸さずに、その業者は真っ直ぐ店主に向かう。
そして周りの従業員に聞かれないように低い声で、しかし店主に有無を言わさないような口調で話しかけた。
「俺です。ワイアットです。セレナさんが調査中に意識不明の重体です。他に二名同じ症状です。至急救援願います」
席についている店主と、その前に立っている東雲と九条が談話している。
三人とも、その表情は明るい。
「最近はわが社も調子が良さそうですな、社長。景気が良くなってきましたな」
「従業員一丸となって働いてくれてるおかげですよ、東雲さん。私も安心していろいろと任せられます」
「そう言えば炭谷を宝石加工の後継にしたそうですね。彼なら満場一致でみんな賛同するでしょう」
「九条さん。あなたも他人事じゃないですよ。販売部門の責任者になってもらえたらっていつも思ってるんですから」
「社長? いくら何でもそれは」
「九条さんは私から見ても安心できる人事です。私もいつも思ってましたよ」
「し、東雲さん、私はそこまで……」
大それたことはしていない。いつも自分に出来ることしかしていない。
そう思っているようだが、どんなに小さい仕事でもたくさん積み重ねられるとその評価は大きくなるもの。
思った以上の賛辞を思いがけないところで受けた九条は赤面している。
「責任者なんて楽なもんです。自分に出来ないことは人に押し付けるだけでいいんですから」
「いや、社長? ……流石に私もそれは」
東雲も苦笑するが、店主はいたって真剣な顔。
「東雲さん、九条さん。私には彼女もいませんし家族もいません。まぁ人の縁ってのは分からないのは知ってますが、自分の子供がどうのってとても考えられません。となると、従業員の皆さんに引き継いでもらうしかないんですよね。東雲さんとかは自分よりも年上だし、出来る役職っつったら会長くらい……」
「いや、社長、それはない。ありません」
「東雲さんが会長になられるなら販売部門の責任者になってもいいですよ?」
「九条さんまで……」
東雲の渋くなった顔を見て、店主と九条が笑う。
現在の『天美法具店』の責任者は店主だが、いつまでもこの体制のままという訳にはいかないことも店主は知っている。
経営も順調。ならば自分の跡継ぎがいないからと言って、無理矢理店仕舞いをする必要はない。従業員全員この仕事に誇りを持ち、前向きな姿勢で勤務しているなら、いつかは必ず店主も誰かにこの仕事を引き継いでもらう方がいい。
しかし、いきなりすべてを従業員に任せるという訳にもいかない。
その職に自信のある者には予め今後の人事を知らせておき、謙虚な姿勢をとる者には責任者としての心得を、予備知識として伝えていく。少しずつ体制を変えていくことで、次の時代に向けてこの店と職場を発展させていく。
店主は今そんな工夫を凝らしている。
店のショーウィンドウの前の大きいトルマリンの塊は相変わらず。
良くも悪くも目立つ大きな宝石の塊は商店街の名所の一つと言われ始める。
「店主。それを材料にして法具を作るのはやめてくださいね」
「え? みんな、これを何とかしてくれって言ってたじゃないか。このままじゃ動かせないから少しずつでも削っていけばどっかに撤去できるでしょ?」
「それがですね、見物する人が増えてるんですよ。商店街の組合の人達からも言われました。この塊が置かれてからどの店も売り上げが上がってきていると。あれだけ大きいと誰かが勝手に持ち去るということも出来ません。持ち主が不明。警察も引き取ることが難しいという以上、私達もそれに同調することに決めました」
「社長をほったらかしにして意見まとめてくれるなよ……」
店主がぼやいたしたと同時に昼休みのチャイムの音と店主の部屋のドアからノックの音。
顔を出したのは従業員の一番の若手の大道。
「社長。今日の昼食会はどこにします?」
「若いって無邪気ねぇ……」
昼休み前に仕事場を離れてないと、タイミングよく部屋に顔を出すことは出来ない。
よほど昼食会を楽しみにしているか、それとも若手をいけにえ、もとい、従業員を代表して会場を聞きに来たか。
「今日は商店街の通り沿いの定食屋にするか。みんなはもう玄関で待ってるのか?」
「はい、どこに行くのか聞きに行けって言われました」
「全員ってことは……新人も古参も、ですか」
「気の弛みにならなきゃいいんですが……」
九条は全員の勤務態度が気にかかるようだが、メリハリも大事だし勤務中の姿勢が真剣であれば持ち直すこともできると東雲が慰める。
昼食会が行われるようになってから四か月くらい経っただろうか。
行われる前よりはこの職場の雰囲気がかなり明るくなった。
店主は自分の肩書も消し、「天美法具店」の宝石に関する一職人に専念することを希望している。
やりたい仕事一本に絞りたい。この雰囲気なら来年あたりにもその表明ができるかもしれない。
彼にとってそんな明るい展望も見えて来た。
昼食会がないままだったら、そんなことを従業員達に告げることは出来なかっただろう。
そう思うと昼食会のきっかけは、向こうの世界からどんなに足が遠ざかっても忘れられなくなるほど、『天美法具店』にとっては重要な分岐点だった。
まぁあれも今にして思えばいい体験をさせてもらった。
もう二度と向こうの世界に行くことはないだろうが、かけがえのない思い出であることは間違いない。
店主はそんなことをふと思う。
店主の部屋から出て、外に出るために店内に向かう。
「ちわー、宅配便です。ハンコお願いしまーす」
一人の宅配業者が入って来る。
「あ、ご苦労さま。サインでいいかしら?」
「えっと店主さんはいらっしゃいます? あ、こちらにサインをお願いします」
九条の言葉に耳を貸さずに、その業者は真っ直ぐ店主に向かう。
そして周りの従業員に聞かれないように低い声で、しかし店主に有無を言わさないような口調で話しかけた。
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