雪色のラブレター

hamapito

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スノーホワイトの告白

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 明日から冬休みに入るので、カバンは教科書ではなく上履きや置きっぱなしにしていたジャージで膨らんでいた。すでに進路が決まっているクラスメイトたちはカラオケに行くと言っていたのに、幼馴染のけいは俺と一緒に歩いていた。
「カラオケ行かなくてよかったの?」
「カラオケなんていつでも行けるし」
 いつでも、と言うなら、俺と帰ることなんて小学生のときから続いている。どちらが貴重かで言えばクラスメイトとのカラオケのほうではないだろうか。と思いながらも、自分を選んでくれたことが嬉しかったので口にはしない。
「……そっか」
 ふわりと白く息が溶ける。今年もあと一週間になり、冬らしさが増している。足元に重なる枯葉の匂い、頬にあたる風の冷たさ、商店街で流れ続けるクリスマスソング。コートに突っ込んでいるだけでは指先は温まらない。
「それよりかけるは昼どうする?」
「あー、俺、このまま塾行くから」
「え、荷物置いていかないの?」
「うん、そこまで重くないし。だから」
「じゃあ、駅前で食べるか。翔も塾行く前に食べるだろ?」
「――うん」
 圭は家で食べなよ。出かかっていた言葉があっさり引っ込んでしまう。どうせあと三か月しか一緒にはいられないのだから。いつもと同じ弱気でズルい自分が出てくる。無理に壊す必要なんてない、と。何もしなくてもこのまま自然に離れることが決まっているのだから、最後まで幼馴染の顔をしていればいい。そうすれば少なくとも卒業までは、圭は俺の隣にいてくれるだろうから。
 正面から吹きつけてきた風に、圭がダウンの中に首を縮める。冬の冷たさはまだ優しいほうだろう。初雪もまだだし。
「あー、早く春来ないかなー」
 風が通り抜けたあと、聞こえた言葉に、足が止まった。カサ、とスニーカーの下で落ち葉が音を立てる。
「翔? どうした?」
 急に立ち止まった俺に気づいた圭が振り返る。不思議そうに、いつもと変わらない感じで。圭にとっては来年の春も、今までと同じなのだろう。俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。最後まで幼馴染の顔をして、何も伝えず離れることを決めていたはずなのに。別れの季節を、圭が待っているのだと思ったら、今まで抑えていた力がふっと消えてしまった。
「――……きだ」
「翔?」
「俺、圭のことが、すきだ」
 伝えることなく、胸の中で溶けて消えるはずだったのに。すっと抜けた力に引っ張られるように出てしまっていた。
「か、ける……?」
 戸惑いの混じる声が耳に触れ、俺は圭の顔を見ることなく「ごめん、忘れて」と、その場から逃げ出した。

 そのまま冬休みに突入し、受験勉強も追い込みを迎え、圭とは本当にまったく会わなかった。圭からの連絡もない。メッセージも着信も一回もない。自分から「忘れて」と言ったのだから当然といえば当然だ。抑えきれなくなって告げたくせに逃げ出すなんて最低すぎる。最低、でも。やっぱり俺はどうしたって圭と完全に離れたくなかった。幼馴染でも、たまに会う友人でも、なんでもいいから、繋がっていたい。
「今日は何時に出るの?」
 午後の休憩にダイニングへと向かうと、大晦日の買い出しから母が帰ってきた。父は洗車に出ているので、緑茶をふたり分淹れる。
「出るって?」
「今年も圭くんと行くんでしょう? 年末詣と初詣」
 大晦日の夜に待ち合わせて、近くの神社で一緒に新年を迎える。いつから始めたかももうわからないくらいずっと続いている。でも、今回はさすがにないだろう。
「あー、いや、今年は風邪ひきたくないし」
「ちゃんと着込んでいくのよ。雪も降ってるし」
 母のなかに俺たちが「行かない」という選択肢はないらしい。行く前提で話を進める。
「今年は初雪遅かったわね」
 行かないと言ったら「ケンカしたの?」と問い詰められそうなので「ふーん」と適当に相槌を打つ。これはひとりでも行かないといけないだろうか。面倒だな。もういっそ普通に圭に連絡するべき? 圭もきっと同じように言われているだろうし。ぐっと詰まった胸に緑茶を流す。そうだ。忘れてもらったのだから、俺は普通にするべきだ。よし、と湯呑みをテーブルに置いたところで、スマートフォンが鳴った。
 表示されたのは圭の名前。
 母が向かいから「出ないの?」と視線だけで尋ねてくる。ちょうど誘おうと決めたところだし、と通話ボタンをタップする。
『二階の部屋から顔出して』
 もしもし、も。ひさしぶり、もなく。あまりにも唐突すぎて戸惑いを挟む隙すらなく、疑問符しか浮かばない。
「は? なんで?」
『いいから』
 有無を言わせない口調に、湯呑みをシンクに置いてから階段へと向かう。
「二階の部屋って俺の部屋でいいんだよな?」
『うん』
 タンタン、と自分の足音だけが響き、繋がっている向こうからは声が聞こえなくなる。風の音とバイクが過ぎる音。外にいるのだろう。雪が降っているのに?
「圭、いまどこ?」
 返事はなく、小さなくしゃみだけが聞こえる。
「圭?」
『窓、開けて』
 答えになってないんだけど? と文句を言おうと開いた口が固まる。窓を開けた瞬間に吹きつけた風が冷たかったからじゃない。真下に圭の姿を見つけたから。
「圭! なにして……」
 俺の部屋の窓からは、圭の家の裏庭が見える。朝から降り続いた雪によって白く染まった地面に立ち、圭が手を振っていた。
「見える?」
 圭の背中側、真っ白な地面に引かれた線が文字を作っている。
「……なんで」
「だって忘れるとか無理だし」
「だけど」
「なんだよ、嬉しくないの?」
「っ、……」
 上着を掴み、階段を下りる。やり取りが聞こえていてもおかしくはないはずなのに、母は顔を出さなかった。
 スニーカーを履き、ドアを開ける。いつでも駆けつけられる、隣の家の庭は勝手に入っても誰にも怒られることはない。それくらい当たり前にある場所だ。
「あー、もう。二階からのほうがよく見えるのに」
 地面に大きく書かれた文字は上からのほうがよく見える。でも……。
「鼻、真っ赤じゃん」
 圭の鼻も耳も赤くなっていた。
「俺がいなかったら、どうするつもりだったの?」
 勢いは弱くなっているものの雪は降り続けている。地面の文字はすぐに消えてしまうだろう。
「そこはちゃんと明かりがついているのを確かめたし」
 抜かりなく、と得意げな顔から浮かぶ息が白く溶けていく。
「電話じゃダメだったのかよ」
 言葉を伝えるだけなら、わざわざこんなことをする必要はないのに。なんで、と赤くなった両手を握れば
「忘れられないだろ?」
 とふわりと温かな息が頬に触れた。
「こんなラブレターもらったら、忘れたくても忘れられないだろ?」
 雪が降るたび、思い出さずにはいられない。手紙のように手元には残らないから、記憶に刻み付けるしかない。
「確かに、忘れられないわ」
 だろう、と笑った顔の真ん中、赤くなった鼻を合わせれば、冷たいのか熱いのかわからない。
 ただ、目を閉じても真っ白な地面に書かれた文字だけは消えなかった。

 ――俺もすきだよ。
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