時の情景

琉斗六

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 最初は異世界召喚なんて、信じがたかった。
 が、石造りの部屋から外に出たら、浦安の夢と魔法の王国みたいな城の中を案内されて、中世ちゅうせいヨーロッパの歴史の授業で見たようなすごい部屋に通された。
 状況を説明されても納得は出来なかったが、せざるをえなかった。

 俺たち──と言うよりは、如月を召喚したのはノルヴェリオ王国。
 聖女探しは国を上げての "国家プロジェクト" なのだと言う。
 この国は、聖女だけが展開できる "結界魔法" によって国土全体を包み込み、王国に敵意を抱くすべての存在──魔物であれ、他国の兵であれ──をはじき返すことによって、国の平安を保っている……らしい。

 先代の聖女が亡くなってから数年、結界の力が弱まり、辺境には魔獣まじゅうの被害やら、周辺国からのきな臭い噂やらが漂い始め、国王は聖女探しに奔走していた。
 だが、それを好機と見たのが、第一王子レオンハルトだった。

 第一王子でありながら無能ゆえに、皇太子の座を得られずにいる。
 一方で第二王子のジークハルトは誰の目にも有能で、政治の手腕も抜群だ。
 このままでは弟に皇太子の地位を奪われかねない。

 ならば、一発逆転の大手柄を立てればいい。

 召喚で呼び出されるものには、必ず強力な力が宿る。
 どんな少女が来ようと、文句があろうと、所詮は異界から引きずり出された小娘。
 王子と軍と大人の威光で囲んでしまえば、どうにでもなる。
 そう考えたレオンは、誰もが手を出さなかった禁じ手──異界からの聖女召喚を強行したのだ。

 だが、呼び出された如月に、レオンから見れば "余計なもの" でしかない俺が付いてきた。
 更に問題になったのは、俺には彼らの言っていることが理解できたが、如月にはまったく理解できなかったことだ。

 王子たちが召喚部屋に押しかけて来た時、俺には「ようこそ、聖女様」と聞き取れた言葉は、如月の耳には「ごにゃごにゃへなへな、うごろろろろ……」と聞こえたらしい。

 と言ってもそれは如月があとから口に出して言った言葉がそうだったので、聞こえた時はもっと言葉にできない音に聞こえたらしいが。
 つまり、如月が聖女でくだんの "強力な結界" を作る能力を得たのに対し、俺には "すべての言語が理解できる" 能力が備わった……というわけだ。

 だが、この "翻訳スキル" は、正直言ってかなりショボイ。
 言葉の表面上の意味──簡単に言えば、一昔前のオート翻訳ぐらいの能力しかなく、ギリギリで直訳ではないが、しかし言葉に含まれる感情の機微みたいなものは、やくの中には含まれない。
 下心や悪意なんかは、相手の身振りや手振り、表情から読み取らなきゃならないので、一介の教師に過ぎないおっさんの俺には、貴族の政治的駆け引きなんてハードルが高すぎるって話だ。

 しかもこの "翻訳スキル" は、文字が読めなかった。

 そういう意味では、子供の如月のほうが柔軟性は高く──。
 言葉がろくに通じないのに、つけられた年齢の近い侍女たちや、やけに整った顔立ちの若い護衛騎士なんかと、なにやらきゃっきゃっとすぐに意気投合していた。

 能天気娘は、中年教師の胃の心配なんてどこ吹く風といったところだろう。

「おい、そうそう気軽に油断するんじゃないぞ」
「だって、エノセンいるからダイジョブっしょ?」
「俺が四六時中、一緒に居られるわけじゃないだろう」
「王子様って、ほんとに王子様だよね~」

 完全に、アイドル歌手を見る少女の顔だ。
 だが俺は、禁じ手の異世界召喚を王の許可もなく実行した、レオンという王子のことがどうにも胡散臭く感じていた。

 王宮で働く侍女や料理にん、配膳係や従僕といったものたちから集めた情報によると、異世界から聖女を呼ぶには国家最上級の魔導士を複数人動員し、数日に渡って部屋にこもって魔力を注ぎ、精もこんも尽き果てるようにして "叶うか叶わないか" の大博打らしい。
 臣下にそこまでの苦行を強いるようなやつ、異界から呼び出した聖女のことなど、毛の筋ほども情はないと見たほうがいい。

 そう考えて、俺は如月に "最終手段" の護身じゅつ──つまりいざとなったら男の急所を容赦なく蹴り上げるすべを教えた。
 実地で教えたもんだから、危うく──いや実際に2回ほど──蹴り上げられて息が止まりそうになったが──。

 だがお陰で如月は、貞操をなんとか守ることが出来たのだ。

「そんなん、必要ないって~」

 などと笑っていた如月が、深夜、ノックもせずに俺の寝室に泣きながら飛び込んできた。
 引き裂かれかけたネグリジェをかきあわせた姿で。

「先生の……先生の言うとおりだった!」

 夜間に部屋を訊ねてきた王子は、強く断れない如月の態度を "許諾した" と見做して、部屋に入り込み乱暴を働こうとした。
 リュックに常備していたスタンガンを使おうとしたら、動かなかったと言う。

 俺の腕時計同様に、こちらに召喚される際、機械類は全部駄目になるらしい。

 抑え込まれた時に、咄嗟に教わった護身じゅつで隙を作り、這々ほうほうていで逃げてきたのだ。

「いいか。ここは日本じゃない。常識も暗黙の了解も、全く通じない世界だ。嫌な事は嫌と、はっきり言っていい」
「でも、あたしのこと大事にしてくれてるし……、侍女の子たちだって……」
「莫迦! しっかりしろ! これは拉致なんだぞ! きみは被害者だ」
「ラチ……?」

 言葉の意味がわからない顔で返されて、少し考えた。

「あー……、そんなら誘拐だ。分かるか?」
「でも……みんなの言ってることはわかんないけど、みんなニコニコして、親切にしてくれるよ?」
「当たり前だろう! あいつらは、如月の能力を自分に都合よく使いたいんだ。ちやほやして、言いなりにしたいに決まってる。……いいか、よく聞け。これから、たぶん王子は如月が暴行を働いたと騒ぐかもしれん。が、そこは強気にいけ。 "私に結界を維持してほしかったら、言うことを聞け" ぐらいの態度でいい。おまえの能力がなきゃ、あっちが困るんだ」
「そんなの、無理だよ! あっちは大人で、男が大勢いるんだよ?」
「大丈夫だ。おまえは思った通りのことを言え、俺が通訳する時に、上手く話をしてやるから。……あと、一人になるな」
「どうやって?!」
「う……む……。ちょっと待て、今、考える……」

 結局俺は、レオンが如月に乱暴を働こうとしたことを、すぐに抗議した。
 どれくらいすぐかと言うと、その場で侍従を呼びつけて、寝ている国王に苦情をねじ込むレベルで "すぐ" だ。
 相手にされずにうやむやにされるのは想定内。
 如月がレオンにキンケリをカマしたことをどうこう言われる前に、動いておくのが吉だと判断してのことだ。

 だが、それが逆に "より煙たい存在" と認識される結果になったのかもしれない。
 その後、王宮では微妙な空気が漂い始めた。

 状況が思ったとおりに動かないことに焦れたレオンと、レオンの野望はともかく聖女に国を守ってほしい国王。
 二人は裏で手を結び、俺のウィークポイント──つまり "文字が読めない" ことにつけこんで、一つの契約書を持ってきた。

 内容は「聖女が言語に問題を抱えているため、教育係を置く」というもの。

 この世界の契約書には魔術的な拘束力があり、不履行は決して許されない。
 俺なりに警戒はしていたが、政治の駆け引きに長けた宮廷の老獪な連中に比べれば、あまりに経験が浅かった。
 書かれた契約内容が、一言一句いちごんいっく読み上げられたのかどうか、確かめるすべはなく──。

 その中の一文「聖女のそば付きとして、役割を終えた者は王宮を去ること」の中に、俺のことまで含まれていると、看破できなかった。
 結局、如月が日常会話よりもちょっと上級の──貴族のパーティーのような席に出ても失礼を働かずにマナーを守れるようになったところで、俺は「役割を終えた」とされ、王宮から追放された。
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