また、猫になれたなら

秋長 豊

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45、仲直り

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 家族はバラバラになった。あんなに優しかった父と母が言い争い、互いを傷つけ合った。母は傷心のあまり、自ら命を絶った。寛太は姿を消し、二度と姿を見せなかった。

 自分の罪を償うため、流太は小屋の中で首をつった。だらりとたれる手足。そう、自分はここで全てを終わらせようとした。母がそうしたように、自分も死ねばいいのだと。そうすれば、嫌なこと全てに顔をそむけられると思っていた。

 次に視界が真っ暗になり、死んだ流太は座敷の布団に寝かされていた。父は黙って動かない流太を見ていた。やがて部屋からいなくなり、時計の針が午前0時を迎えたころ、流太は顔に生気を取り戻し、体を起こした。父は死んだはずの息子が起きているのを見つけ、狂い叫んだ。

 父は、生きていることを喜んではくれなかった。

「化け物め」

 一生忘れない言葉。忘れられなかった言葉。

「もういい。こんなもの、見せないでくれ」

 流太はおびえる過去の自分を前に崩れ落ちた。しかし、目の前に広がる光景は止まってはくれなかった。残酷にも、続きを見せようとしていた。

 父は大きなつぼを持ってくると中の油を流太にぶちまけ、火をつけた枝を突き出した。

「私の息子を、どこにやった。化け猫」

「父さん、違うんだ。俺が息子だ」

「違わない」

 父は怒声を浴びせた。

「お前は流太じゃない」

 流太は首を振った。

「全て、お前のせいだ。何もかも、お前が普通でなくなったから……私たちも普通ではなくなった。もう二度と、よみがえらないでくれ!」

 火が揺れ、落ちていく。

 床までの数十センチを、ゆっくりと。

「やめろ……やめろ!」

 流太は決して届かない声を、変えられない過去に向かって叫んだ。火は瞬く間に燃え広がり、たちまち過去の流太をのみ込んだ。炎に焼かれ、父を叫ぶ声は悲鳴に変わっていく。火は家中に広がり、全てを焼き尽くしていった。

 誰も、助けてくれなかった。

 父も母も、寛太も。

 味方なんていなかった。

 流太は炎に身を焼かれ死んでいく自分を見ていた。体に刻み込まれた強烈な痛覚がよみがえり、心まで粉々にしていく。

 流太は再生した。24時間たった後、骨灰は血と肉、骨を生成し、生身の人間に育っていった。

 こうして、流太は1人無傷の状態で目を覚ました。炭と灰に化した家の真ん中で。そして見つけたのだ。少し離れ
た所で、父の遺体を。逃げ遅れたのか、あえてそうしなかったのかは、今も分からない。十分逃げる時間はあったはずなのに。

 結局残ったのは、再生し続ける体だけ。流太は何も服を着ていなかった。やがて雨が降り、骨の髄まで氷になったみたいに強烈な寒さが襲った。震え、膝を抱え、1人丸くなった。

 寒い。

 熱い。

 その繰り返し。

 何時間もそうしていると、にゃーと鳴く声が聞こえた。1匹のさび猫が黒い着物を引きずって現れた。見た目は薄いただの衣なのに、羽織うだけで寒さも熱さもすっとなくなった。後ろを気に掛けながら歩いていくさび猫についていくと、鳥居の前に出た。石段を上った先には立派な本殿があって、そこで出会ったのだ、にゃんこ様と。

 この猫の神様が自分をこんな目に遭わせたのだと知った時、流太はにゃんこ様の首をしめた。そして、叫んだ。

「殺す! 殺してやる!」

 罵詈雑言を浴びせ、憎しみをぶつけた。だけど、殺せなかった。にゃんこ様は不死身で、人間にあるはずの生死が
なかった。力尽きた流太はずるずると地面に倒れた。

「俺の家族を返してくれ」

 怒りのあまり、心も体もどうにかなりそうだった。なぜ、何も悪くない母が謝り、悪いやつが謝りもしない? こんなの間違っている。そこまで考えたところで流太は頭を抱えた。まちがっているのは、自分自身なのか? と。

「戦え。私のために」

 にゃんこ様はそう言った。自分のために戦い続けろと。

 それから流太は神社の境内で過ごすことが多くなり、隙あらばにゃんこ様を殺そうとした。しかし、どれも失敗に終わった。にゃんこ様には傷一つつけられなかった。

「あんたを殺せなきゃ、俺はどうすればいい。誰を責めたらいい。もう、生きることに疲れた。もう、生きたくない」

 そんなふうに言ったこともあった。しかし、何を言っても無駄だった。このひどい神様は試練を与えるだけ与え、救ってもくれなかった。自分がにゃんこ様の使いに選ばれたのも、ただの気まぐれなのだ。神様の言う通り、どれにしようかな。本当にその通りだ。それでも生きなくてはいけない。死ねないのだから。

 流太はにゃんこ様を恨み続けた。その思いが消えることは一生ないと信じていた。そう、沢田麗羅がやって来るまでは。

 真夏の炎天下、彼女が神社にやってきたのはそんな日だった。猫戦士になって数年がすぎていた流太は、初めて見る自分以外の猫戦士に驚き、警戒した。真っ白な長い髪に、水色と黄色の瞳。麗羅はカラコロとよく表情が変わる天真らんまんな女で、無口で無表情な流太のことを放っておかなかった。

 流太は会話にも必要最低限のことしか返さず、それでも付きまとってくる彼女のことをうっとうしく思っていた。だからある時、はっきり言った。「俺に話し掛けるな」と。

 でも、麗羅はたびたび話し掛けてきた。話の内容は、本当にどうでもいい天気のこととか、町で起こった事件、境内で見掛けた猫の話など、平凡で退屈なものばかり。そのたびに、流太はありとあらゆるひどい言葉を浴びせた。うるさい、黙れ、消えろ、目障りだ、しつこい――と。

 そんな攻防戦が長いこと続き、もはやあの女の心は鋼でできているのではないかと思った。いつも笑っていて、何を言っても怒らない。しかし、そう思っていたのは明らかな過信であり、おごった見方だった。

「死ね」

 いつものように話し掛けてくる彼女に対し、流太は軽々しく言った。本当に軽々しく、深い意味もなく。だがその瞬間、バチーン! と強烈な破裂音と同時に頰の辺りがしびれた。目の前に立つ麗羅は鬼のような形相をしていた。

「そんなこと、二度と言わないで」

 麗羅は話し掛けてこなくなった。これでよかったはず。しつこい女を追い払うために、あえてののしってきたのだから。流太はそう思ったが、あの強烈なビンタと言葉が脳裏から消えなかった。

 一度口から出た言葉は取り消すことができない。そんな当たり前のことを、今になって痛感し、これまで彼女に投げかけてきた言葉の数々を後悔した。家族を失い、死ぬこともできずにいる自分に腹を立て、負の感情を他人に押し付けていた。死ぬのがどれだけつらいか、苦しいか、身をもって経験したはずの自分が、関係のない女に投げかけた言葉は、あまりにひどいものだった。

 流太は麗羅に話し掛けるようになった。でも彼女は冷たく、あの時みたいにほほ笑んでくれなかった。無視をされるたび、突き放されるたび、流太はかつての自分がどれだけひどいことをしていたのか思い知った。流太は彼女が許してくれるまで、恥じを捨て、頭を下げ、何度も何度も謝り続けた。

 そんな一方的な日々が続いたある日、いつもは振り返ってくれない麗羅が立ち止まり、顔を向けた。驚いていると、麗羅はにっこり笑った。そのとき、流太はうれしくて、ずっと冷たかった心がじんわりと温かくなるのを感じた。

「なんだ、笑えるのね」

 麗羅は視線をそらさずに歩み寄り、クスッと笑って手を差し出した。

「それじゃあ、仲直りしましょ」

 麗羅は陶器みたいに白い手を伸ばした。流太はちゅうちょしたが、ややあってゆっくり手を握り返した。

 2人は仲直りの”証し”に一本の桜を植えた。それが今、境内に立つ立派な桜の木だ。

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