湖畔の賢者

そらまめ

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終幕

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 少し気まずくなった朝食後。悠太さんに水上バイクを見せつけられていた。
 その洗練されたフォルムの美しさに息を呑む。まるで地球の本物の水上バイクのようだった。

「これってプラスチックとかカーボン素材ですよね」
「ぶぶー。不正解です。ただの木の皮で編んで形を作った後に樹脂に色をつけて塗り固めただけでしたぁー」

 そのロータさんの馬鹿にするような煽りに少しイラッとくるも我慢した。

「こういう事に関しては、うちのロータの右に出るものは居ないからな。よし、始めるか。透、勝負だ」
「え、勝負って何を」
「ここからあの天馬の島をぐるっと周って先に帰ってきた方が勝ちな。ほら、早く用意しろ」

 僕は言われるがままに水上バイクを湖に浮かせて乗り込んだ。

「まあ、俺も初めて乗るから勝てるかもしれないぞ」
「負けた時にその言い訳はしないでくださいね」
「では合図を出しますよ。スリー、とぅー、ワン、ジロー!」

 思わず最後のジローの発音に吹き出してしまい出遅れてしまった。
 けれどそんなのも関係ないほどに加速が圧倒的に違う。悠太さんの水上バイクは途轍もなく速かった。
 僕の先を飛んで跳ねるように先行する悠太さんの水上バイクの後を必死に追うもどんどん離されていく。そしてそのまま半周遅れのような感じで負けてしまった。

「なんだ意外と遅いのな、お前さんのやつ」

 その勝ち誇った煽りに肩を震わすしか出来なかった。けれど負け惜しみはやはり止められなかった。

「つくったのはロータさんじゃないですか。悠太さんに負けたんじゃなくて。僕はロータさんに負けたんです」
「はん、何を馬鹿なことを。いいか。ロータは俺の親友であり、悪友。そして俺の頭脳であり手足だ。即ち、俺の勝利ってことだな」

 そう自信満々に言い切られては反論できない。僕は謹んで敗北を受け入れることにした。

「ロータさん、どうやってあれを作ったんですか」

 アルトリアが目を爛々と輝かせてロータさんに聞いていた。

「私、天才ロータの手に掛かれば容易いもの。あんなのは児戯ですが、どうしてもと言うなら教えてあげましょう」
「はい! 天才美女のロータ様、この不肖な私に教えてください!」
「仕方がありませんねぇ。ならばこの設計図をあなたにあげましょう。これでやれるところまでは自分で再現してみてください。考えて考えて、それでもどうしようもなくなったら。私、美女のロータに質問するといいです」
「はい!」

 ロータさんは得意げに水上バイクの設計図とそのパーツの作成方法を記した紙をアルトリアに手渡した。

「はぁ、ほんとロータは……」

 そんなロータさんを見てスクルドさんが深いため息をついていた。

「ロゥは煽てられるとダメなんだよ」
「あいつは月まで昇るからな」
「まぁ、最近叱られてばかりでしたから、しょうがないですね」

 悠太さんのせいで怒られていたに違いない。そう考えるとロータさんは不憫なポジションだよな。

「なるほどこうやって木の皮を編んで作るんですね。しかもこの魔法陣は美し過ぎて、もはや芸術ですね、ロータさん!」

 そのアルトリアの尊敬の眼差しを向けられて調子よくなるロータさん。その薄い胸をしっかりと突きだして誇っていた。
 僕も気になり、その魔法陣を見た途端に膝から崩れ落ちた。

「……完敗だ。脱帽だ。あんな魔法陣は僕には絶対に描けない……」

 その全てに無駄がなく美しく調和された魔法陣に、僕は格の違いを見せつけられた思いだった。
 そんな僕の肩に手を当てる悠太さん。

「言ったろ。ロータは天才だって」

 その穏やかな悠太さんの笑みにも、僕は格の違いを思い知らされたのだった。

「機嫌も良くなったところで君たちにチャンスをあげよう」

 そう言って指をパチンと鳴らすと全員が天馬の島に移動していた。

「はーい。世界樹様とエルエマ以外は少し間を空けて横一列に並んでください」

 僕等はその指示に従い横一列に並んだ。ところがラムさんはサクヤたちと一緒にいる。

「あ、ラムさんも並んでください」
「でも私は戦う訳でもないので」
「いやいや。何も天馬は戦闘の為だけじゃないんですよ。それに大空を自由に駆けてみたくはありませんか」

 その言葉に意を決してラムさんも横に並んだ。すると悠太さんが何度か手を叩いた。

「はーい。そこの天馬たちー。興味がある子はここに来なさーい」

 遠目にいる天馬にそう声をかけると、次々に僕らの前に天馬が並んだ。その光景が僕等には信じられなかった。

「では天馬に君たちの想いと願いを伝えてください。快く天馬がそれを受け入れれば今日から君たちは天馬とお友達だ。頑張ってくれ」

 僕は目の前に来てくれた美しい赤い瞳を持つ天馬に近づいて願いを告げた。

「僕と友達になって、大空に連れていってください」

 そう声に出して強く願うと、天馬は僕の頬を鼻で優しく撫でてくれた。僕もそれに応えるように天馬の顔を優しく撫で返した。そしてしばらく天馬に話し掛けた後に周りの様子を確認すると全員が無事に天馬と友達になっていた。

「うん、これでオッケーだな。俺のお役目もここまでだ」

 その言葉を聞いて皆が悠太さんの方に向き直った。

「これは俺からの君たちへの卒業プレゼントだ。よくここまで諦めることなく努力した。これからは自分たちの足でしっかりと前へ進んで。自分たちの手でより良き未来を掴み取ってくれ。いいか。決して富や力、その権力に溺れることなく、常に無垢で善良な人々と同じ目線の高さにして、誰もが一緒に笑って、明日に希望を抱ける。そんな幸せな暮らしが出来る世界にして欲しいと。俺は君たちに心から願い、それを期待する」

 その表情も、その言葉も今までに見せたこともない。とても穏やかで慈愛に満ちていた。

「……もう、悠太さんには会えないのですか」
「永き魂の旅路の中で、いつかまた出会うこともあるだろうさ。けれど今はこれで、さようならだ。がんばれよ。世界樹様の愛し子たち」

 そう言い残して。まるで蜃気楼が消えるように悠太さん達の姿が消えていった。

 僕等はただ静かに悠太さんの託していった想いを心の中で何度も思い返して、決して破ることのない誓いに変えた。

「ほんと、彼らしい」

 そんなサクヤのつぶやきが風に流されるように遠くに消えていく。
 僕は自然と涙を流しながら、託された想いを噛み締めていた。
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