高貴なる生徒会長は、今日も副会長を慈しむ  ~学園の貴公子と没落貴族のすれ違い救済ライフ~

夕凪ゆな

文字の大きさ
15 / 28
【悪の守護者編】叛逆のカウントダウン

晩春の静寂と影

しおりを挟む

 五月の陽光は、残酷なほどに透き通っていた。

 アルカディア神聖帝国中心部に位置する、王立ラプラス魔導アカデミー。
 かつてアルカディア帝国が周辺諸国を併呑へいどんし、巨大な版図を築く以前の王国時代から、この地には変わらぬ魔導の静寂が流れている。

 帝都の喧騒を拒絶するように屹立きつりつする白亜の校舎は、今や帝国の威信を体現する学び舎であり、同時に、次期宰相候補たるセオドリック・フォン・ランカスターを頂点とした、美しくも歪な階級社会の苗床なえどこでもあった。

 放課後の生徒会執務室。
 窓から差し込む斜陽しゃようが、壁に掛けられた歴代会長の肖像画を赤く染めている。その中で、一際豪奢な椅子に身を預けたセオドリックは、退屈そうに金色の髪を指でもてあそんでいた。

「――レイ。君、また僕の書類を勝手に片付けたね? どこにやったんだい、先週の魔導石の輸入許可証は。あれは僕が、後でじっくりと鑑賞・・しようと思っていたのに」

 セオドリックの碧い瞳が、不満を装った愉悦ゆえつと共に、奥のデスクで黙々とペンを走らせる青年――レイモンド・アシュクロフトを捉える。

「右から三番目の引き出し、一番下だ。……鑑賞だと? お前が書類の上に揚げ菓子ベニエの食べかすを零して、羊皮紙を油塗れにするから避難させておいただけだ、この馬鹿」

 レイモンドは顔も上げずに答えた。
 一方は帝国屈指の公爵家嫡男、もう一方は十年前の不祥事で爵位を剥奪され、泥を啜るようにして生き延びた没落貴族の末子。
 本来、言葉を交わすことさえ不敬とされる身分差だが、この閉ざされた執務室において、レイモンドはセオドリックの唯一の『毒舌家な側近』として、誰よりも対等に、そして冷淡に振る舞っていた。

「ふふ、相変わらず手厳しいね。だが、君にそうして叱責されるたびに、僕は自分が、一人の人間としてここに在るのだと実感できる」

 セオドリックは椅子から立ち上がり、優雅な足取りでレイモンドの背後に回った。そのまま、拒絶を許さぬ重みでレイモンドの肩に手を置く。
 その細く長い指先には、代々の生徒会長にのみ帯用を許される、銀碧ぎんぺきの『学園守護の指輪ラプラス・ガーディアン』が嵌められていた。学園全域に張り巡らされた多層結界を統御し、その心臓部へとアクセスするための、魔導権威の象徴だ。

「……離せ。計算が狂う」
「嫌だと言ったら? 君は僕の親友パートナーだろう? 来るべき記念祭……七月七日の日、僕は全帝国民の前で新時代の幕開けを宣言する。その時、僕の隣にいるのは君だ。……約束だよ、レイ」

 セオドリックの熱を帯びた声が、レイモンドの項を撫でる。
 この男は、本気なのだ。レイモンドが没落貴族の特待生という影の身分であることなど、彼の眩しすぎる善意の前では無価値に等しい。
 セオドリックは、自らの光でレイモンドを焼き尽くし、永遠に自分の隣に繋ぎ止めることを義務だと信じて疑わない。

 その無垢なまでの信頼に、レイモンドは胃の奥が焼けるような錯覚を覚えた。

「……ああ。……わかっている」

 嘘ではない。だが、その数時間後。
 セオドリックを見送った後の寮の自室で、レイモンドの日常という名の薄氷はくひょうは、音もなく砕け散ることとなった。

 机の上に置かれていた、一通の漆黒の封書。
 封蝋には、帝国の法を司る内閣法務大臣、ボリス・フォン・ベルツの紋章が刻まれていた。

 レイモンドの手が微かに震える。
 ベルツ――十年前、父に魔導石横領の濡れ衣を着せ、アシュクロフト家を処刑台へと送り込んだ男。幼いレイモンドが法廷の隅で見た、冷徹な死神の顔。

 封を切り、中身を目にした瞬間、レイモンドの視界に鮮血のようなフラッシュバックが走った。
 同封されていたのは、父の冤罪を証明する真実の記録……ではなく、当時の冤罪資料をさらに改竄かいざんした告発状だった。

『……当時のアシュクロフト侯の横領は、現ランカスター公爵の教唆きょうさによるものである……』

 息が止まった。

 ベルツの狙いは明白だ。この偽造文書をおおやけにすれば、アシュクロフトの汚名はそそがれるどころか「ランカスターの忠犬」として二重に呪われ、そして何より、セオドリックの父、ひいてはセオドリック自身の次期宰相候補としての地位が永久に剥奪される。

『記念祭の当日、君がセオドリックを裏切り、結界を無力化せよ。さもなくば、この記録を公開し、ランカスター家を法的に抹殺する。アシュクロフトの再興を願うなら、賢い選択をすることだ』

 手紙を持つ指先から体温が消えていく。

 セオドリックに相談するべきか?
 ……いや、不可能だ。レイモンドの脳は、冷酷なまでにその結末を演算してしまう。
 あの善意の暴走列車・・・・・・・であるセオドリックにこれを話せば、彼は間違いなく笑って言うだろう。
『君が助かるなら、僕は全てを捨てよう』と。
 そして、ベルツはそれこそを待っている。セオドリックが、家門の犯罪を知りながら、一介の生徒を救うために隠蔽いんぺいを図った――という事実……それこそが、彼を葬り去るための、完璧な毒となる。

 セオドリックを救うには、彼を共犯者にしてはならない。
 彼の知らないところで、彼が愛した信頼できる友を、自らの手で殺すしかないのだ。

「……俺ひとりで……何とかするしかない」

 握りしめた手紙が、クシャリと絶望の音を立てた。
 窓の外、晩春の夕闇が学園を飲み込んでいく。

 レイモンド・アシュクロフトの、たった一人で地獄を歩む二ヶ月が、今、始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

魔王の下僕は今日も悩みが尽きない

SEKISUI
BL
魔王の世話係のはずが何故か逆に世話されてる下級悪魔 どうして?何故?と心で呟く毎日を過ごしている

【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった

ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。 生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。 本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。 だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか… どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。 大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、 両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。 フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。 丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。 他サイトでも公開しております。 表紙ロゴは零壱の著作物です。

処理中です...