22 / 28
【悪の守護者編】叛逆のカウントダウン
嵐の前夜
しおりを挟む
記念祭を翌日に控えた夜。帝都を激しい雷雨が襲っていた。
生徒会室の窓を叩く雨音は、まるで巨大な獣の咆哮のようだ。窓硝子が震えるたびに、不気味な稲光が、壁にレイモンドの影を浮かび上がらせる。
レイモンドは、自らのデスクで最後の『点検』を行っていた。
彼の脳内には、明日のスケジュールが冷徹な魔導演算のように展開されている。
(――午前十時、記念祭開幕のスピーチ。セオドリックが登壇すると同時に、第三結界塔に仕込んだバイパス回路を遠隔起動する。警備魔導師たちの網を一時的に休眠させ、ベルツの私兵を不審者排除の名目で壇上へ。……そして俺は、ベルツにすべての罪状を差し出し、セオドリックを『被害者』として切り離す。そして地下に仕掛けてある端末から、ベルツ腐敗の証拠映像を転送する。ベルツの抵抗に備えて、念の為あの術式も用意せねば)
数式にミスはない。隠蔽コードも完璧だ。
あとは、その時を待つだけ。
右手の薬指に嵌まった学園守護の指輪――その効力を押さえるために繰り返した隠蔽ジャミングの代償――による痣の疼きとも、明日でおさらばだ。
思考を止めれば、かつての記憶が雨音に混じって溢れ出しそうになる。それを、レイモンドは必死に押し殺していた。
暗闇の古文書室で、琥珀色の灯火を分かち合った安らぎ。
街でベニエを頬張り、世間知らずなセオドリックの世話を焼いた、あのもどかしくも愛おしい午後。
地下礼拝堂で『悪魔』に魅入られ、逃げ場を失った絶望さえも、今の孤独に比べればどれほど幸福だったことか。
――その時、重厚な扉が開く音が、雷鳴の合間に低く響いた。
「――レイ。まだ仕事を続けているのかい?」
廊下の明かりを背負って入ってきたのは、セオドリックだった。
彼は迷いのない足取りで近づくと、レイモンドの肩にそっと手を置く。その長い指先の熱が、制服を透かして、レイモンドの肌を焼いた。
「……明日が本番だ。完璧を期したいだけだ」
レイモンドは顔を上げず、努めて淡々と答えた。
だがセオドリックは、逃がさないと言わんばかりの強さで、レイモンドの右手を机の上から引き寄せた。
袖口が滑り、醜い痣が白日の下に晒される。
「……この痣、まだ治っていないのかい?」
セオドリックの碧い瞳が、レイモンドを射抜く。
「……気づいて、いたのか」
「もちろん。君の変化に、僕が気づかないはずがないだろう?」
セオドリックは、咎めるどころか、ひどく穏やかに微笑む。
「君が言いたくないようだったから、今日まで黙っていただけさ。……だって僕は、君を信じているからね」
それは、最悪の誤解であり、最高の信頼だった。
セオドリックにとって、この裏切りの代償である痣さえも、「自分を支えるために無理をした誇り高い傷」に見えているのだろう。
「セオドリック……。もしも……もしも明日、何かが起きて、お前がその理想とする光をすべて失うようなことがあっても……お前は、お前自身を信じられるか?」
レイモンドは、激しい自己嫌悪を押し殺し、最後の『警告』を投げかけた。
セオドリックは、レイモンドの痣がある手首にそっと唇を寄せると、慈しむように囁く。
「いいや。僕は自分なんて信じていないよ。……僕は、僕の理想を実現しようとする『君』を信じているんだ。だから、もし世界が僕を拒んでも、隣に君さえいれば、そこが僕の新しい帝国になる」
セオドリックは、レイモンドの薬指にある指輪を、そっと撫でた。
「君がこの指輪を嵌めている限り、僕たちは一つだ。……さあ、もうお休み、僕の誇り高い守護者。明日、最高の景色を君に見せよう」
セオドリックが部屋を去り、再び静寂が訪れる。
一人残された執務室で、レイモンドはデスクに置かれた一枚の名簿を、指が白くなるほどに握りしめた。
そこには、明日自分が『反逆者』として拘束されるべきリストの筆頭に、自らの名が記されていた。
窓の外で、一際大きな雷鳴が轟いた。
青白い閃光が、レイモンドの頬を伝う一筋の雫を、一瞬だけ白く光らせる。
「……ああ、お前は本当に、救いようのない馬鹿だな。――セオドリック」
崩れ落ちるように名簿に顔を埋め、レイモンドは独り、訪れるはずのない夜明けを待った。
生徒会室の窓を叩く雨音は、まるで巨大な獣の咆哮のようだ。窓硝子が震えるたびに、不気味な稲光が、壁にレイモンドの影を浮かび上がらせる。
レイモンドは、自らのデスクで最後の『点検』を行っていた。
彼の脳内には、明日のスケジュールが冷徹な魔導演算のように展開されている。
(――午前十時、記念祭開幕のスピーチ。セオドリックが登壇すると同時に、第三結界塔に仕込んだバイパス回路を遠隔起動する。警備魔導師たちの網を一時的に休眠させ、ベルツの私兵を不審者排除の名目で壇上へ。……そして俺は、ベルツにすべての罪状を差し出し、セオドリックを『被害者』として切り離す。そして地下に仕掛けてある端末から、ベルツ腐敗の証拠映像を転送する。ベルツの抵抗に備えて、念の為あの術式も用意せねば)
数式にミスはない。隠蔽コードも完璧だ。
あとは、その時を待つだけ。
右手の薬指に嵌まった学園守護の指輪――その効力を押さえるために繰り返した隠蔽ジャミングの代償――による痣の疼きとも、明日でおさらばだ。
思考を止めれば、かつての記憶が雨音に混じって溢れ出しそうになる。それを、レイモンドは必死に押し殺していた。
暗闇の古文書室で、琥珀色の灯火を分かち合った安らぎ。
街でベニエを頬張り、世間知らずなセオドリックの世話を焼いた、あのもどかしくも愛おしい午後。
地下礼拝堂で『悪魔』に魅入られ、逃げ場を失った絶望さえも、今の孤独に比べればどれほど幸福だったことか。
――その時、重厚な扉が開く音が、雷鳴の合間に低く響いた。
「――レイ。まだ仕事を続けているのかい?」
廊下の明かりを背負って入ってきたのは、セオドリックだった。
彼は迷いのない足取りで近づくと、レイモンドの肩にそっと手を置く。その長い指先の熱が、制服を透かして、レイモンドの肌を焼いた。
「……明日が本番だ。完璧を期したいだけだ」
レイモンドは顔を上げず、努めて淡々と答えた。
だがセオドリックは、逃がさないと言わんばかりの強さで、レイモンドの右手を机の上から引き寄せた。
袖口が滑り、醜い痣が白日の下に晒される。
「……この痣、まだ治っていないのかい?」
セオドリックの碧い瞳が、レイモンドを射抜く。
「……気づいて、いたのか」
「もちろん。君の変化に、僕が気づかないはずがないだろう?」
セオドリックは、咎めるどころか、ひどく穏やかに微笑む。
「君が言いたくないようだったから、今日まで黙っていただけさ。……だって僕は、君を信じているからね」
それは、最悪の誤解であり、最高の信頼だった。
セオドリックにとって、この裏切りの代償である痣さえも、「自分を支えるために無理をした誇り高い傷」に見えているのだろう。
「セオドリック……。もしも……もしも明日、何かが起きて、お前がその理想とする光をすべて失うようなことがあっても……お前は、お前自身を信じられるか?」
レイモンドは、激しい自己嫌悪を押し殺し、最後の『警告』を投げかけた。
セオドリックは、レイモンドの痣がある手首にそっと唇を寄せると、慈しむように囁く。
「いいや。僕は自分なんて信じていないよ。……僕は、僕の理想を実現しようとする『君』を信じているんだ。だから、もし世界が僕を拒んでも、隣に君さえいれば、そこが僕の新しい帝国になる」
セオドリックは、レイモンドの薬指にある指輪を、そっと撫でた。
「君がこの指輪を嵌めている限り、僕たちは一つだ。……さあ、もうお休み、僕の誇り高い守護者。明日、最高の景色を君に見せよう」
セオドリックが部屋を去り、再び静寂が訪れる。
一人残された執務室で、レイモンドはデスクに置かれた一枚の名簿を、指が白くなるほどに握りしめた。
そこには、明日自分が『反逆者』として拘束されるべきリストの筆頭に、自らの名が記されていた。
窓の外で、一際大きな雷鳴が轟いた。
青白い閃光が、レイモンドの頬を伝う一筋の雫を、一瞬だけ白く光らせる。
「……ああ、お前は本当に、救いようのない馬鹿だな。――セオドリック」
崩れ落ちるように名簿に顔を埋め、レイモンドは独り、訪れるはずのない夜明けを待った。
31
あなたにおすすめの小説
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
表紙ロゴは零壱の著作物です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる