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【悪の守護者編】叛逆のカウントダウン
断頭台の祭典
しおりを挟む七月七日。記念祭当日。
昨夜の雷雨が嘘のように、帝都ラプラスの空はどこまでも高く、突き抜けるような青に染まっていた。
校門が開くと同時に、帝都中から集まった人々で学園は溢れかえった。
広場には揚げ菓子の甘い匂いと、吹奏楽部の奏でる軽快なマーチが響き渡り、模擬店の呼び込みをする生徒たちの声が祝祭の熱気をさらに押し上げている。
「副会長、昨日のバイパス回路の調整、完了しています! 驚くほど出力が安定しました!」
朝の最終確認。生徒会室を飛び出そうとしたミレイが、弾けるような笑顔でレイモンドに告げた。彼女だけではない。役員たちは皆、不眠不休の疲れも見せず、誇らしげに自らの役割を全うしている。
「……そうか。よくやった。あとは、君たちの実力を信じている」
レイモンドがそう応えると、ミレイは「はいっ!」と力強く頷き、喧騒の中へと駆けていった。
有能に育った部下たちの背中を見送りながら、レイモンドは懐の魔導時計を指先でなぞった。
(――反逆開始まで、あと一時間)
眩しすぎる光景だ。
自分が愛し、守ろうとしてきたこの日常が、あと数十分で、自分自身の手によって「汚職と反逆の舞台」へと塗り替えられる。
「素晴らしい景色だ、レイ。皆、君が作り上げたこの祭典に酔いしれているよ」
背後から、陽光を纏ったような声がした。
セオドリックだ。ミッドナイトブルーの正装を完璧に着こなした主君は、いつになく上機嫌でレイモンドの肩に手を置いた。
「行こう。最後に見回っておきたい場所があるんだ」
二人は並んで学園内を歩いた。
かつて隠密調査で歩いた街角のような、あるいは雨宿りをした古文書室のような、穏やかな時間がそこには流れていた。
セオドリックは生徒たちに気さくに声をかけ、レイモンドはその横で、いつも通りに綻びを修正し、指示を出す。
それは、誰の目から見ても、学園が誇る『最強の双璧』の姿そのものだった。
午前十時。
大講堂は、帝国高官や貴族、数千の生徒たちの熱気で膨れ上がっていた。
最前列には、冷徹な笑みを湛えたベルツ公が、獲物を待つ蜘蛛のように深く椅子に座っている。
「……それでは、生徒会長セオドリック・フォン・ランカスターより、開会の宣言を」
万雷の拍手の中、セオドリックが壇上の中心へと歩み出る。レイモンドはその半歩後ろ、影の位置に立った。
スポットライトの熱が、右手の薬指に嵌まった指輪に反射する。
セオドリックが口を開きかけた、その瞬間。
レイモンドは、指輪を通じて最大出力のジャミングを解放した。
――キィィィィィィン!
耳を劈くような不協和音がスピーカーから放たれ、会場の照明が激しく点滅する。
同時に、学園を包んでいたラプラスの守護結界が、魔力の霧となって霧散していった。
「な……結界が!?」
「どうした、何が起きたんだ!」
騒然とする大講堂。その混乱の真ん中で、レイモンドの声だけが魔導増幅され、冷酷に響き渡った。
「――静粛に。その男に、帝国の未来を語る資格はない」
セオドリックが驚愕に目を見開き、ゆっくりと、信じられないものを見るかのようにレイモンドを振り返った。
「レイ……? 何を言っているんだい?」
「黙れ、セオドリック。……貴様がランカスターの威光を傘に着て、この学園を私物化し、軍事機密を外部へ流出させていた証拠は、すべてこの中にある」
レイモンドは懐から、ベルツに渡された、偽造された内部告発文書を高く掲げた。
同時に、講堂の扉が乱暴に跳ね飛ばされる。なだれ込んできたのは、武装したベルツ直属の特務班だ。
「セオドリック・フォン・ランカスター! 及び生徒会役員諸君! 国家反逆の疑いで拘束する!」
ベルツが悠然と立ち上がり、冷酷な勝利の笑みを浮かべた。
「……やれやれ。まさか、最も信頼していた人間に裏切られるとは不憫なことよ。ランカスターの栄光も、今日で終わりのようだ」
レイモンドは、セオドリックの顔を見ることができなかった。
右手の痣が、引き裂かれるような熱を持って脈打っている。
「……レイ。本当に……君が?」
セオドリックの声は、驚くほど静かだった。
拘束術式を構えた兵士たちに囲まれながら、彼はただ、自分を売った男の背中を、悲しいほどに澄んだ瞳で見つめていた。
「……そうだ。俺は、没落した我が家の再興のために、お前という商品を売った。……それだけだ、セオドリック」
レイモンドは、一度も振り返ることなく、壇上から降りた。
つい先程まで自分を慕っていたミレイや生徒たちの、悲鳴と罵声が背中に突き刺さる。
ベルツの隣へと歩み寄るレイモンドの姿は、太陽を裏切り、世界を闇に突き落とした「最悪の裏切り者」そのものだった。
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