王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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第八話 風邪ひき魔術師とあつあつの卵雑炊

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 異変は、朝一番に起こった。

 いつものように朝食を知らせに寝室へ向かったエレナは、ベッドから立ち上がろうとして床に膝をつく主人の姿を発見した。

「……クローデル様!?」

 普段冷静なエレナが、珍しく声を荒げて駆け寄る。

 シルヴィスの顔は林檎のように赤く、呼吸は荒く、全身が火のように熱かった。

「……声を荒げるな。少し……目眩がしただけだ。今日は結界の……メンテナンスが……」

「なに寝言をおっしゃっているのですか。この高熱で仕事など論外です」

 エレナは抵抗するシルヴィスを、その細腕からは想像できない手際でベッドへと押し戻した。

 額に手を当てる。焼けるような熱さだ。ここ最近、リリアナの騒動や、王太子の依頼などで無理が重なっていたのだろう。天才と言えど、身体は人間だ。

「本日は絶対安静です。師団へは私が連絡を入れておきます」

「……だめだ、あれは俺にしか……」

「ダメです」

 鉄の女の有無を言わせぬ迫力に、シルヴィスは力の入らない腕を落とし、悔しそうに枕に顔を埋めた。

「……水」

「はい、すぐに。氷枕と消化の良い食事もご用意しますね」

 ***

 キッチンに立ったエレナは、土鍋を取り出した。高熱で体力を消耗している身体には、即効性のエネルギー源と、身体を温める食材が必要だ。

 選んだメニューは『生姜たっぷりの卵雑炊』。鶏ガラから引いた澄んだ出汁にご飯を入れ、米が花開くように柔らかくなるまでコトコト煮込む。味付けは少量の塩と薄口醤油のみ。そこに、身体を温める生姜の絞り汁を加え、最後に溶き卵を回し入れる。

 蓋をして蒸らすこと十秒。卵がふわふわの半熟状態になったところで、彩りの刻みネギを散らす。完成した雑炊を盆に乗せ、エレナは寝室へと戻った。

「……クローデル様。少しでも召し上がってください」

「……いらん。食欲がない」

 シルヴィスは布団を被ったまま拒絶するが、エレナは諦めない。ベッドサイドに椅子を寄せ、スプーンのうえで冷ました雑炊を差し出す。

「一口だけで構いません。これを食べないと、良くなりませんよ」

「……子ども扱いするな」

 シルヴィスは渋々、口を少しだけ開けた。

 エレナはスプーンを口に運ぶ。とろりと濃厚な出汁を吸ったお米と、優しい甘みの卵が、熱を持った喉を滑り落ちていく。

「……ん」

 生姜の風味が身体の奥からポカポカと温めてくれる。食欲などないはずだったが、胃袋が「もっと寄越せ」と訴えた。

 二口、三口。エレナがスプーンを運ぶたび、シルヴィスは雛鳥のように口を開ける。

 結局、茶碗一杯の雑炊は綺麗になくなった。

「……美味かった」

「それは良かったです。では、お薬を飲んで眠ってください」

 薬を飲ませ、氷枕を交換し、エレナが立ち上がろうとした時だった。

 ガシッ、と手首を掴まれた。

「……行くな」

 熱に浮かされた瞳が、潤んだ状態でエレナを見上げている。

 普段の冷徹な魔術師の面影はない。そこにいるのは、心細さに怯える一人の青年のようだった。

「ここにいろ。……寒いんだ」

「……毛布を追加しましょうか?」

「違う。お前の手が……冷たくて気持ちいい」

 シルヴィスはエレナの手を自分の熱い頬に押し当て、すり寄った。想定外の甘えっぷりに、エレナの心臓がトクンと大きく跳ねる。

「……一人にしないでくれ。夢見が悪いんだ」

「クローデル様……」

 それは、彼が幼い頃から、孤独に過ごしてきた反動なのかもしれない。

 エレナは溜息を一つ吐くと、掴まれた手を優しく握り返し、椅子に座り直した。

「どこにも行きませんよ。熱が下がるまで、ずっと傍におります」

「……約束だぞ」

「はい、約束です」

 安心したのか、シルヴィスの呼吸が次第に穏やかな寝息へと変わっていく。握りしめられた手は、日が落ちるまで離されることはなかった。

 ***

 その夜。嘘のように熱が下がったシルヴィスは、眼前の状況を見て頭を抱えた。

 今朝の記憶――『行くな』『一人にしないでくれ』と泣き言を言い、エレナの手を握り続けて寝落ちした記憶が、鮮明に残っていたのだ。

(あああああああ……! 俺は何を……!)

 羞恥で爆発しそうになっているところで、エレナが目を覚ました。

「おはようございます。お加減はいかがですか?」

 いつも通りの涼しい顔だ。シルヴィスは咳払いをし、必死に平常心を装う。

「あ、ああ。問題ない。……今朝は、その……迷惑をかけた」

「いいえ。看病も私の仕事ですので」

「……忘れてくれ。熱で頭がおかしくなっていただけだ」

 顔を背けて言うシルヴィスに、エレナはふふ、と悪戯っぽく微笑んだ。

「そうですね。とても可愛らしい『甘えん坊さん』でしたので、忘れるのは少々惜しいですが」

「なっ……!?」

 真っ赤になって絶句する主人を見て、エレナは上機嫌で寝室を後にした。
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