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第九話 魔術師団の残業地獄と差し入れの唐揚げ弁当
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風邪から完全復活したシルヴィスが、数ヶ月ぶりに宮廷魔術師団の本部へ出勤することになった。理由は単純。北の森で発生した魔力異常の調査データが膨大すぎて、部下たちの処理能力がパンクしたからだ。
「……チッ。無能共め」
朝、シルヴィスは不機嫌オーラを撒き散らしながら、顔面蒼白の部下を引き連れて塔を後にした。
エレナは「いってらっしゃいませ」と見送った後、すぐにキッチンへと向かった。
***
夕刻、宮廷魔術師団のだだっ広い執務室は、死屍累々の様相を呈していた。山積みの書類、飛び交う怒号、そして中央で指揮を執るシルヴィスの氷点下の視線。
「計算が遅い! この程度の術式に何分かけている!」
「ひいぃっ! も、申し訳ありません!」
部下たちは疲労と空腹、そして上司への恐怖で限界寸前だった。シルヴィス自身も、空腹でイライラが頂点に達していた。
その時、殺伐とした執務室の扉が、コンコンと軽やかに叩かれた。
「失礼いたします。差し入れをお持ちしました」
入ってきたのは、場違いなほど優雅なメイド、エレナだった。彼女の両手には、大きなバスケットが二つ抱えられている。
「……エレナ?」
シルヴィスの眉間の皺が、一瞬で消えた。
「なぜここに。……いや、その匂いは」
エレナは微笑み、バスケットを近くの長机に広げた。
中から現れたのは、竹の皮に包まれた無数の包みと、冷えた麦茶のボトル。
「皆様、激務お疲れ様です。我が主、クローデル様より皆様への差し入れを仰せつかりましたので、お持ちしました」
「なっ……俺はそんなこと……」
「さあ、作業の手を止めて。温かいうちにどうぞ」
エレナが包みを開くと、醤油とニンニクの香ばしい香りが爆発的に広がった。
『特製・鶏の唐揚げ弁当』だ。二度揚げしてカリカリに仕上げた衣、溢れ出す肉汁。付け合わせには、甘い卵焼きと、さっぱりとしたポテトサラダ。そして、塩昆布を乗せた真っ白な塩むすび。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込んだ。
「……い、いただいてもよろしいのですか?」
怯える部下の一人に、エレナは唐揚げを一つ手渡した。
部下は恐る恐る口に入れ――次の瞬間、涙を流した。
「う、うまいぃぃぃ!! 外はサクサクで中はジューシー……生き返る……」
その声を合図に、死にかけていた魔術師たちが群がった。
「美味い! この卵焼き、甘くてとろけるぞ!」
「おにぎりの塩加減が絶妙だ!」
地獄のような執務室が、一瞬で宴会場へと変わる。
「……おい」
その喧騒の外で、シルヴィスがむすっとした顔でエレナを見ていた。
「俺の分は?」
「もちろん、ございますよ」
エレナは、別にしてあった重箱をそっと差し出した。そこには、部下たちのものより明らかに肉が大きく、彩りも豪華な特選弁当が入っていた。
「クローデル様には、唐揚げの他に、海老のチリソース炒めも入れておきました」
「……ふん。気が利く」
シルヴィスは重箱を受け取ると、誰にも取られないように背中を向けて食べ始めた。
カリッ、ジュワッ。プリッ。口いっぱいに広がる旨味に、ささくれ立っていた神経が鎮まっていく。
(……やはり、こいつの飯がないと調子が出ん)
腹が満たされたシルヴィスの指揮は、先程までのヒステリックなものが嘘のように、的確かつ迅速なものに変わった。おかげで、仕事は想定よりも早く片付いた。
「あの……団長……。先ほどのメイドさんは、一体……?」
帰り際、団員の一人が感動の面持ちで尋ねてきた。
シルヴィスは、空になった重箱を大事そうに抱え、ドヤ顔で言い放った。
「俺の専属メイドだ」
その日以降、魔術師団の間で「北の塔には美食の女神がいる」という噂が広まり、シルヴィスへの畏怖が少しだけ羨望へと変わったのだった。
「……チッ。無能共め」
朝、シルヴィスは不機嫌オーラを撒き散らしながら、顔面蒼白の部下を引き連れて塔を後にした。
エレナは「いってらっしゃいませ」と見送った後、すぐにキッチンへと向かった。
***
夕刻、宮廷魔術師団のだだっ広い執務室は、死屍累々の様相を呈していた。山積みの書類、飛び交う怒号、そして中央で指揮を執るシルヴィスの氷点下の視線。
「計算が遅い! この程度の術式に何分かけている!」
「ひいぃっ! も、申し訳ありません!」
部下たちは疲労と空腹、そして上司への恐怖で限界寸前だった。シルヴィス自身も、空腹でイライラが頂点に達していた。
その時、殺伐とした執務室の扉が、コンコンと軽やかに叩かれた。
「失礼いたします。差し入れをお持ちしました」
入ってきたのは、場違いなほど優雅なメイド、エレナだった。彼女の両手には、大きなバスケットが二つ抱えられている。
「……エレナ?」
シルヴィスの眉間の皺が、一瞬で消えた。
「なぜここに。……いや、その匂いは」
エレナは微笑み、バスケットを近くの長机に広げた。
中から現れたのは、竹の皮に包まれた無数の包みと、冷えた麦茶のボトル。
「皆様、激務お疲れ様です。我が主、クローデル様より皆様への差し入れを仰せつかりましたので、お持ちしました」
「なっ……俺はそんなこと……」
「さあ、作業の手を止めて。温かいうちにどうぞ」
エレナが包みを開くと、醤油とニンニクの香ばしい香りが爆発的に広がった。
『特製・鶏の唐揚げ弁当』だ。二度揚げしてカリカリに仕上げた衣、溢れ出す肉汁。付け合わせには、甘い卵焼きと、さっぱりとしたポテトサラダ。そして、塩昆布を乗せた真っ白な塩むすび。
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込んだ。
「……い、いただいてもよろしいのですか?」
怯える部下の一人に、エレナは唐揚げを一つ手渡した。
部下は恐る恐る口に入れ――次の瞬間、涙を流した。
「う、うまいぃぃぃ!! 外はサクサクで中はジューシー……生き返る……」
その声を合図に、死にかけていた魔術師たちが群がった。
「美味い! この卵焼き、甘くてとろけるぞ!」
「おにぎりの塩加減が絶妙だ!」
地獄のような執務室が、一瞬で宴会場へと変わる。
「……おい」
その喧騒の外で、シルヴィスがむすっとした顔でエレナを見ていた。
「俺の分は?」
「もちろん、ございますよ」
エレナは、別にしてあった重箱をそっと差し出した。そこには、部下たちのものより明らかに肉が大きく、彩りも豪華な特選弁当が入っていた。
「クローデル様には、唐揚げの他に、海老のチリソース炒めも入れておきました」
「……ふん。気が利く」
シルヴィスは重箱を受け取ると、誰にも取られないように背中を向けて食べ始めた。
カリッ、ジュワッ。プリッ。口いっぱいに広がる旨味に、ささくれ立っていた神経が鎮まっていく。
(……やはり、こいつの飯がないと調子が出ん)
腹が満たされたシルヴィスの指揮は、先程までのヒステリックなものが嘘のように、的確かつ迅速なものに変わった。おかげで、仕事は想定よりも早く片付いた。
「あの……団長……。先ほどのメイドさんは、一体……?」
帰り際、団員の一人が感動の面持ちで尋ねてきた。
シルヴィスは、空になった重箱を大事そうに抱え、ドヤ顔で言い放った。
「俺の専属メイドだ」
その日以降、魔術師団の間で「北の塔には美食の女神がいる」という噂が広まり、シルヴィスへの畏怖が少しだけ羨望へと変わったのだった。
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