王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい

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第十話 迷い込んだ珍客とミルクたっぷりのパン粥

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 その夜、北の塔は激しい雷雨に見舞われていた。

 窓を叩く雨音と、遠くで鳴る雷鳴。夕食の後片付けを終えたエレナが、リビングのテーブルで刺繍ししゅうをしていると、バルコニーの方から微かな物音が聞こえた。

 カリカリ……クゥ……。

「……何の音でしょう?」

「風だろ。あるいは結界にぶつかった鳥か」

 ソファで読書中のシルヴィスは顔も上げずに答えたが、エレナは気になって窓辺へ近づいた。カーテンを開け、ガラス越しに暗闇を凝視する。

 雷光が一瞬、バルコニーを照らした。そこにいたのは、ずぶ濡れになり、震えている白い毛玉のような生き物だった。

「あら……!」

 エレナは躊躇ちゅうちょなく窓の鍵を開けた。

「おい、結界が……」

 シルヴィスの制止を聞かず、エレナは雨の中に手を伸ばし、その小さな物体をすくい上げた。

 室内に連れ戻し、タオルで包む。

 それは、手のひらに収まるほどの大きさの、狐とも犬ともつかない生き物だった。全身の毛は真っ白で、額に小さなクリスタルのような角がある。衰弱しきっており、体温は氷のように冷たかった。

「……白銀狐シルバーフォックスの幼体か。俺の結界が反応しなかったということは、魔力が尽きかけているな」

 シルヴィスが嫌そうな顔で覗き込んだ。

「捨ててこい、エレナ。そいつは魔獣だ。成長すれば凶暴になるし、何より魔力を食う。塔に置くにはリスクが高すぎる」

「こんなに小さくて弱っているのに、嵐の中へ戻せとおっしゃるのですか?」

「合理的判断だ」

「嫌です。……まずは身体を温めないと」

 エレナは主人の命令を華麗に無視し、暖炉の前にクッションを置いた。そしてキッチンへ走る。

 弱った胃腸でも消化でき、身体を芯から温めるもの。小鍋に牛乳を注ぎ、火にかける。そこへ、細かくちぎった白パンを投入し、とろとろになるまで弱火で煮込む。味付けは少量の蜂蜜と、ひとつまみの塩だけ。パンが水分を吸って崩れ、滑らかなペースト状になったら『特製・ミルクパン粥』の完成だ。

 エレナがリビングに戻ると、シルヴィスが腕を組んで魔獣を睨みつけていた。魔獣も負けじと、震える身体で「シャーッ!」と威嚇している。

「ほら、ご飯ですよ」

 エレナが小皿を差し出すと、甘いミルクの香りに魔獣の鼻がひくついた。

 警戒しつつも、一口、ペロリと舐める。

「キュウ……!」

 その瞳が輝いた。温かくて甘いパン粥は、冷え切った身体に染み渡る命の味だ。魔獣は夢中で皿に顔を突っ込み、ハフハフと食べ始めた。

 あっという間に完食し、もっとないかとエレナの指を舐める。

「ふふ、おかわりもありますよ。……お名前は何にしましょうか。真っ白でふわふわですから……『シフォン』なんていかがですか?」

「キュッ!」

 気に入ったらしい。シフォンはエレナの足元にすり寄り、安心しきった様子で丸くなった。

「……おい」

 完全に無視されていたシルヴィスが、不満げに声を上げた。

「名前までつけて、飼う気か? 俺は許可していないぞ」

「あら、クローデル様。合理性を求められるのなら、このような凶暴な魔獣を王宮の敷地に放すのは危険ではありませんか? ……それにほら、シフォン、あちらを」

 エレナが指差したのは、部屋の隅に置かれた年代物の魔道具だった。

 そこには、シルヴィスの膨大な魔力に反応して発生した魔力の澱が、微かな光の塵となって付着していた。これは物理的な雑巾掛けでは決して取ることが出来ない。

 シフォンは素早く駆け寄ると、その光の塵をパクリと食べた。そして「美味い!」と言わんばかりに尻尾を振る。

「掃除には自信がありますが、クローデル様から無意識に溢れ出る過剰な魔力までは拭き取れません。ですがこの子は、その魔力を主食として綺麗にしてくれます」

「……ほう」

 シルヴィスの表情が変わった。

 自身の魔力が強すぎるがゆえの弊害――塔内の魔力の乱れをメンテナンスフリーで解消できるとなれば、話は変わる。極めて合理的なメリットだ。

「……工房を荒らしたら、追い出すからな」

 こうして、北の塔に新しい家族が増えた。

 シフォンはエレナには絶対の忠誠を誓い、シルヴィスのことは餌をくれる都合のいい人くらいに認識しているようだったが、それはまた別の話である。
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