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第十二話 小さくなった魔術師様
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ドォォォォン!!
北の塔を揺るがす爆発音が響いたのは、昼下がりのことだった。バルコニーで洗濯物を干していたエレナは、慣れた様子で物干し竿を置き、工房へと駆け出した。
この程度のボヤ騒ぎは日常茶飯事だ。どうせまた、新しい術式の配分を間違えて煤まみれになっているのだろう。
「クローデル様、ご無事ですか? また壁を焦がして……」
エレナは手で煙を払いながら部屋に入った。しかし、そこにいつもの偏屈魔術師の姿はなかった。あるのは、床に散らばった実験器具と、部屋の中央に落ちているブカブカの服の山だけ。
「……クローデル様?」
エレナが恐る恐るその服の山に近づくと、布の塊がモゾモゾと動いた。
中から顔を出したのは、銀髪の男の子だった。年齢は五、六歳ほど。大きな瞳に、ぷにぷにとした白い頬。不機嫌そうに眉間に皺を寄せているが、その表情すら愛くるしい。
「……けほっ。計算式は間違っていなかったはずだが……」
その高い声を聞いて、エレナは息を呑んだ。中身はシルヴィスだ。しかし、見た目は完全に天使のような幼児である。
「……クローデル様、なのですか?」
「見れば分かるだろ。実験が失敗した。一時的に肉体の時間が巻き戻ったらしい。……おいエレナ、高い! 抱き上げるな!」
エレナは無意識のうちに、その小さな体を抱き上げていた。軽い。そして柔らかい。いつもの冷徹な魔術師からは想像もつかない、子ども特有の甘い匂いと体温。エレナの中の母性という名のダムが決壊した。
「まぁ……! なんと可愛らしい! いつもの憎まれ口も、この声だと小鳥のさえずりのようです!」
「やめろ! 頬を突くな! 俺は二十五だぞ!」
「はいはい、じっとしていてくださいね。このままでは服が歩いているようですから、サイズを直しましょう」
エレナは抵抗するリトル・シルヴィスをソファに座らせると、手早くシャツの袖を捲り上げ、サスペンダーでズボンを吊り上げた。
半ズボン姿になったシルヴィスを見て、シフォンが「キャハハ!」と笑い転げている。
「笑うな毛玉! 後で覚えてろよ……くそっ、魔力が安定しない!」
シルヴィスが指を鳴らそうとするが、パシュッ、と間抜けな煙が出るだけだ。
「危ないですから、元に戻るまで魔術を使うのは禁止です。お腹が空きましたよね? 今、特別メニューを作ってきますから」
エレナはウキウキとスキップせんばかりの足取りでキッチンへ消えた。
***
数十分後。リビングのテーブルに並んだのは、シルヴィスにとって屈辱の極みとも言えるメニューだった。
ケチャップでスマイルマークが描かれたオムライスには小さな旗が立てられ、その横にタコさんウインナー。そしてデザートのプリン。完全なるお子様ランチだ。
「……俺を馬鹿にしているのか」
「栄養満点ですよ。さあ、どうぞ」
「一人で食える!」
シルヴィスはスプーンを掴もうとしたが、幼児化した手は思ったように動かず、カチャンとスプーンを落としてしまった。
絶望的な顔をするシルヴィスの前に、スプーンを持ったエレナの顔が迫る。
「はい、あーん」
「断る! 死んでも食わん!」
「折角のオムライスが冷めてしまいます。それに、今のクローデル様は、運動機能も低下しています。『合理的』に考えて、私の介助を受けるのが最適解です」
「合理的」という言葉を出されると、シルヴィスは弱い。彼は顔を真っ赤にして、プルプルと震えながら、小さな口を開けた。
「……あ、あー……」
パクッ。とろとろの卵とチキンライスが口に広がる。悔しいが、味はいつも通り絶品だ。
「よくできました~! 偉いですねぇ」
「子ども扱いするなと……んぐっ」
「はい、次はタコさんですよ~」
エレナは完全に楽しんでいた。普段は可愛げのない主人が、今はなされるがままだ。この至福の時間を一秒でも長く味わいたい。そんなことを考えながら、スプーンをシルヴィスの口元に運んだ、その時だった。
ポンッ! 唐突に、シルヴィスの体が白い光に包まれた。
光が収まると、そこには元の姿――二十五歳のシルヴィスが座っていた。ただし、状況は最悪だ。エレナが「あーん」の体勢でスプーンを突き出しており、シルヴィスは口を開けたまま固まっている。
「…………」
「…………」
長い、長い沈黙が流れた。シルヴィスの顔が、耳まで、いや首筋まで一気に朱に染まっていく。彼はゆっくりと口を閉じ、震える手で顔を覆った。
「……み、見たな」
「……はい。とても、愛らしかったです」
「忘れろ!! 記憶消去!!」
シルヴィスは叫びながら魔術を放とうとしたが、エレナはさっと身をかわした。
「無駄ですよ。私、記憶力には自信がありますので」
その日以来、シルヴィスが無理難題を言いそうになると、エレナがこっそりオムライスの旗を見せるだけで、彼は大人しくなるようになったという。
北の塔を揺るがす爆発音が響いたのは、昼下がりのことだった。バルコニーで洗濯物を干していたエレナは、慣れた様子で物干し竿を置き、工房へと駆け出した。
この程度のボヤ騒ぎは日常茶飯事だ。どうせまた、新しい術式の配分を間違えて煤まみれになっているのだろう。
「クローデル様、ご無事ですか? また壁を焦がして……」
エレナは手で煙を払いながら部屋に入った。しかし、そこにいつもの偏屈魔術師の姿はなかった。あるのは、床に散らばった実験器具と、部屋の中央に落ちているブカブカの服の山だけ。
「……クローデル様?」
エレナが恐る恐るその服の山に近づくと、布の塊がモゾモゾと動いた。
中から顔を出したのは、銀髪の男の子だった。年齢は五、六歳ほど。大きな瞳に、ぷにぷにとした白い頬。不機嫌そうに眉間に皺を寄せているが、その表情すら愛くるしい。
「……けほっ。計算式は間違っていなかったはずだが……」
その高い声を聞いて、エレナは息を呑んだ。中身はシルヴィスだ。しかし、見た目は完全に天使のような幼児である。
「……クローデル様、なのですか?」
「見れば分かるだろ。実験が失敗した。一時的に肉体の時間が巻き戻ったらしい。……おいエレナ、高い! 抱き上げるな!」
エレナは無意識のうちに、その小さな体を抱き上げていた。軽い。そして柔らかい。いつもの冷徹な魔術師からは想像もつかない、子ども特有の甘い匂いと体温。エレナの中の母性という名のダムが決壊した。
「まぁ……! なんと可愛らしい! いつもの憎まれ口も、この声だと小鳥のさえずりのようです!」
「やめろ! 頬を突くな! 俺は二十五だぞ!」
「はいはい、じっとしていてくださいね。このままでは服が歩いているようですから、サイズを直しましょう」
エレナは抵抗するリトル・シルヴィスをソファに座らせると、手早くシャツの袖を捲り上げ、サスペンダーでズボンを吊り上げた。
半ズボン姿になったシルヴィスを見て、シフォンが「キャハハ!」と笑い転げている。
「笑うな毛玉! 後で覚えてろよ……くそっ、魔力が安定しない!」
シルヴィスが指を鳴らそうとするが、パシュッ、と間抜けな煙が出るだけだ。
「危ないですから、元に戻るまで魔術を使うのは禁止です。お腹が空きましたよね? 今、特別メニューを作ってきますから」
エレナはウキウキとスキップせんばかりの足取りでキッチンへ消えた。
***
数十分後。リビングのテーブルに並んだのは、シルヴィスにとって屈辱の極みとも言えるメニューだった。
ケチャップでスマイルマークが描かれたオムライスには小さな旗が立てられ、その横にタコさんウインナー。そしてデザートのプリン。完全なるお子様ランチだ。
「……俺を馬鹿にしているのか」
「栄養満点ですよ。さあ、どうぞ」
「一人で食える!」
シルヴィスはスプーンを掴もうとしたが、幼児化した手は思ったように動かず、カチャンとスプーンを落としてしまった。
絶望的な顔をするシルヴィスの前に、スプーンを持ったエレナの顔が迫る。
「はい、あーん」
「断る! 死んでも食わん!」
「折角のオムライスが冷めてしまいます。それに、今のクローデル様は、運動機能も低下しています。『合理的』に考えて、私の介助を受けるのが最適解です」
「合理的」という言葉を出されると、シルヴィスは弱い。彼は顔を真っ赤にして、プルプルと震えながら、小さな口を開けた。
「……あ、あー……」
パクッ。とろとろの卵とチキンライスが口に広がる。悔しいが、味はいつも通り絶品だ。
「よくできました~! 偉いですねぇ」
「子ども扱いするなと……んぐっ」
「はい、次はタコさんですよ~」
エレナは完全に楽しんでいた。普段は可愛げのない主人が、今はなされるがままだ。この至福の時間を一秒でも長く味わいたい。そんなことを考えながら、スプーンをシルヴィスの口元に運んだ、その時だった。
ポンッ! 唐突に、シルヴィスの体が白い光に包まれた。
光が収まると、そこには元の姿――二十五歳のシルヴィスが座っていた。ただし、状況は最悪だ。エレナが「あーん」の体勢でスプーンを突き出しており、シルヴィスは口を開けたまま固まっている。
「…………」
「…………」
長い、長い沈黙が流れた。シルヴィスの顔が、耳まで、いや首筋まで一気に朱に染まっていく。彼はゆっくりと口を閉じ、震える手で顔を覆った。
「……み、見たな」
「……はい。とても、愛らしかったです」
「忘れろ!! 記憶消去!!」
シルヴィスは叫びながら魔術を放とうとしたが、エレナはさっと身をかわした。
「無駄ですよ。私、記憶力には自信がありますので」
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