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第五章 うっかり魔界へ
みーちゃん
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「良く似合うじゃない」
「そうかな」
俺は黒を基調とした革製のジャケットとズボンを購入した。
「はい、これも被れば見つかりにくいでしょ」
ピンクの髪を隠すように、アデルが黒い帽子を被せてきた。
「どんどん人が増えてない? もう真っ暗なのに」
「魔族は夜行性が多いからこんなもんよ」
今は日が完全に落ちた夜だ。そして、魔王城にうっかり転移してまだ半日しか経っていない。色々ありすぎて、一週間くらい滞在した気分だ。
「人間界の入り口って何処にあるの?」
「何ヶ所かあるんだけど、最短ルートが良いでしょ?」
「うん」
魔界と人間界の入り口は誰でも彼でも行き来されては困るので、魔界は魔王が、人間界は大司教がそれぞれ管理をしているらしい。
歩いていると、一軒の店の前でアデルが立ち止まった。
「アデル、お腹空いたの?」
「人間界の入り口がここにあるのよ」
「え、ここ酒場じゃないの?」
魔王都の中心部。そんな場所に堂々と佇む酒場に人間界の入り口があるとは夢にも思わなかった。
「知っているのはごく一部の魔族だけよ。しかも条件があるから、人間界に行けるのは更に限定されるわ」
「アデルって実は凄い魔族だったんだね。メレディスの従兄妹だし」
「家柄が良いだけよ。とにかく入りましょう」
緊張しながら、酒場の扉をカランと開けた。
◇
テーブルの上には正体不明の生物の煮物やソテー等、様々な料理が並んでいる。そして大きな鍋の中には、これまた何が入っているのか聞くのが怖いくらい真紫の液体が入っている。
「アデル? 条件って、まさかこれ?」
「そうよ。普段はお酒で大将と勝負なんだけど、まだ飲めないでしょ? だから、時間制限内にこれが完食出来たら大将が扉を開けてくれるのよ」
「へー」
お酒が飲めることをこんなに羨ましく思ったことはない。
「それにしても、こんなこと誰が考えたの?」
人間界に行くのに大食いに早食いとは、ノリが軽すぎる。
アデルからは予想通りの返答が返ってきた。
「魔王様よ」
「遊び心満載だもんね」
俺が机の上の食事に圧倒されていると、狼型の店主がやってきた。アデルの言う大将だ。
「さて、始めようか」
大将が砂時計を手に持ち、合図と共に砂時計がひっくり返された。
「開始」
「うッ」
改めて食事を見ると食べられる気がしない。量もだが、ビジュアルが悪すぎる。
「オリヴァー、何やってるの! 早く食べないと人間界行けないわよ!」
「そうだった」
今はとにかく人間界に戻って魔王の手から逃れなければ。
俺は近くにあったトカゲのような素揚げをパクッと食べた。
「うまッ。あ、こっちも美味しい」
その見た目とは裏腹に、どの料理も美味しい。それに、良く考えたら朝食を食べてから何も食べていなかった。食べる手が止まらない。
「大将の料理は魔界一なのよ」
「それ先に言ってよ。ビビって損した」
パクパクと順調に食べ進めていると、大将が嬉しそうに食器を下げていった。
「良い食べっぷりだね! 作った甲斐があったよ」
「あい。おいひいでふ」
——それから十分くらい経った頃。
どうしよう。残り半分以上あるのにお腹がいっぱいになってきた。元々そんなに食べる方ではないので、この量はキツい。大きな真紫の鍋はまだ一口も口をつけていない。
「アデル、手伝ったりは……」
「ダメに決まってるでしょう。もう食べられないの?」
コクリと頷くと、アデルは困った顔で大将に聞いた。
「大将、刻印の精霊が食べるのは問題ないわよね?」
「刻印の相手が突然満腹で苦しむかもしれないけど良いのかい?」
つまり、メレディスは目覚めた瞬間、意味もわからず満腹で苦しむのか。可哀想だが、アデルは即答した。
「問題ないわ。さぁ、そういうことだから精霊に食べさせなさい」
「……」
精霊とは刻印から出てくる龍のことだろう。しかし、その龍は浮気現場に勝手に現れるだけだ。出し方が分からない。
「呆れたわ。精霊の呼び出し方知らないの?」
「うん」
「まず名前を付けてあげるの。で、名前を呼べば出てきてくれるわ」
「名前かぁ」
名前を考えている間にも砂時計の砂は着々と落ちている。
「じゃぁ、みーちゃんで」
これは、我が家でノエルがペットに付ける名前だ。小鳥でもカエルでも、何にでも『みーちゃん』と名付けるのだ。
「みーちゃん、出ておいで」
そう呼べば、龍が出てきた。その大きさに圧倒され大将も感嘆の声を上げた。
「おお、これはメレディス坊ちゃんのとこのかい? 黒龍は初めて見たよ。立派だねぇ」
「え、どれも龍じゃないの?」
「違うわよ。これも家柄が関係してるの。犬だったり、ネズミだったり、それぞれよ」
ネズミだったら浮気防止になんてならなさそうだが……。そんなことより。
「みーちゃん、これ全部食べてくれる?」
「キィ」
みーちゃんはひと鳴きしてから、テーブルの上にある皿ごと全て吸い込んだ。
「うわ、凄ッ」
初めからこうしていれば一瞬で人間界に行けたのではなかろうか。そんな狡いことを考えながら、俺はみーちゃんを撫でた。
「では、完食ということで」
大将が壁をトントンと叩くと、扉が現れた。
「あと、これ。サービス」
大将が大剣を手渡してきた。
「これは?」
「聖剣と言うらしい。前に勇者と名乗る者が忘れて帰ったんだ」
「え、聖剣!?」
「我々魔界の者には使い道がないからねぇ。人間界で売ったらお金になるから持っていくと良いよ」
「あ、ありがとうございます」
俺は聖剣を手に入れた。
「オリヴァー、まずいわ。魔王様に気付かれたみたい。あなたを捕まえるように指示が出たわ」
「そうかな」
俺は黒を基調とした革製のジャケットとズボンを購入した。
「はい、これも被れば見つかりにくいでしょ」
ピンクの髪を隠すように、アデルが黒い帽子を被せてきた。
「どんどん人が増えてない? もう真っ暗なのに」
「魔族は夜行性が多いからこんなもんよ」
今は日が完全に落ちた夜だ。そして、魔王城にうっかり転移してまだ半日しか経っていない。色々ありすぎて、一週間くらい滞在した気分だ。
「人間界の入り口って何処にあるの?」
「何ヶ所かあるんだけど、最短ルートが良いでしょ?」
「うん」
魔界と人間界の入り口は誰でも彼でも行き来されては困るので、魔界は魔王が、人間界は大司教がそれぞれ管理をしているらしい。
歩いていると、一軒の店の前でアデルが立ち止まった。
「アデル、お腹空いたの?」
「人間界の入り口がここにあるのよ」
「え、ここ酒場じゃないの?」
魔王都の中心部。そんな場所に堂々と佇む酒場に人間界の入り口があるとは夢にも思わなかった。
「知っているのはごく一部の魔族だけよ。しかも条件があるから、人間界に行けるのは更に限定されるわ」
「アデルって実は凄い魔族だったんだね。メレディスの従兄妹だし」
「家柄が良いだけよ。とにかく入りましょう」
緊張しながら、酒場の扉をカランと開けた。
◇
テーブルの上には正体不明の生物の煮物やソテー等、様々な料理が並んでいる。そして大きな鍋の中には、これまた何が入っているのか聞くのが怖いくらい真紫の液体が入っている。
「アデル? 条件って、まさかこれ?」
「そうよ。普段はお酒で大将と勝負なんだけど、まだ飲めないでしょ? だから、時間制限内にこれが完食出来たら大将が扉を開けてくれるのよ」
「へー」
お酒が飲めることをこんなに羨ましく思ったことはない。
「それにしても、こんなこと誰が考えたの?」
人間界に行くのに大食いに早食いとは、ノリが軽すぎる。
アデルからは予想通りの返答が返ってきた。
「魔王様よ」
「遊び心満載だもんね」
俺が机の上の食事に圧倒されていると、狼型の店主がやってきた。アデルの言う大将だ。
「さて、始めようか」
大将が砂時計を手に持ち、合図と共に砂時計がひっくり返された。
「開始」
「うッ」
改めて食事を見ると食べられる気がしない。量もだが、ビジュアルが悪すぎる。
「オリヴァー、何やってるの! 早く食べないと人間界行けないわよ!」
「そうだった」
今はとにかく人間界に戻って魔王の手から逃れなければ。
俺は近くにあったトカゲのような素揚げをパクッと食べた。
「うまッ。あ、こっちも美味しい」
その見た目とは裏腹に、どの料理も美味しい。それに、良く考えたら朝食を食べてから何も食べていなかった。食べる手が止まらない。
「大将の料理は魔界一なのよ」
「それ先に言ってよ。ビビって損した」
パクパクと順調に食べ進めていると、大将が嬉しそうに食器を下げていった。
「良い食べっぷりだね! 作った甲斐があったよ」
「あい。おいひいでふ」
——それから十分くらい経った頃。
どうしよう。残り半分以上あるのにお腹がいっぱいになってきた。元々そんなに食べる方ではないので、この量はキツい。大きな真紫の鍋はまだ一口も口をつけていない。
「アデル、手伝ったりは……」
「ダメに決まってるでしょう。もう食べられないの?」
コクリと頷くと、アデルは困った顔で大将に聞いた。
「大将、刻印の精霊が食べるのは問題ないわよね?」
「刻印の相手が突然満腹で苦しむかもしれないけど良いのかい?」
つまり、メレディスは目覚めた瞬間、意味もわからず満腹で苦しむのか。可哀想だが、アデルは即答した。
「問題ないわ。さぁ、そういうことだから精霊に食べさせなさい」
「……」
精霊とは刻印から出てくる龍のことだろう。しかし、その龍は浮気現場に勝手に現れるだけだ。出し方が分からない。
「呆れたわ。精霊の呼び出し方知らないの?」
「うん」
「まず名前を付けてあげるの。で、名前を呼べば出てきてくれるわ」
「名前かぁ」
名前を考えている間にも砂時計の砂は着々と落ちている。
「じゃぁ、みーちゃんで」
これは、我が家でノエルがペットに付ける名前だ。小鳥でもカエルでも、何にでも『みーちゃん』と名付けるのだ。
「みーちゃん、出ておいで」
そう呼べば、龍が出てきた。その大きさに圧倒され大将も感嘆の声を上げた。
「おお、これはメレディス坊ちゃんのとこのかい? 黒龍は初めて見たよ。立派だねぇ」
「え、どれも龍じゃないの?」
「違うわよ。これも家柄が関係してるの。犬だったり、ネズミだったり、それぞれよ」
ネズミだったら浮気防止になんてならなさそうだが……。そんなことより。
「みーちゃん、これ全部食べてくれる?」
「キィ」
みーちゃんはひと鳴きしてから、テーブルの上にある皿ごと全て吸い込んだ。
「うわ、凄ッ」
初めからこうしていれば一瞬で人間界に行けたのではなかろうか。そんな狡いことを考えながら、俺はみーちゃんを撫でた。
「では、完食ということで」
大将が壁をトントンと叩くと、扉が現れた。
「あと、これ。サービス」
大将が大剣を手渡してきた。
「これは?」
「聖剣と言うらしい。前に勇者と名乗る者が忘れて帰ったんだ」
「え、聖剣!?」
「我々魔界の者には使い道がないからねぇ。人間界で売ったらお金になるから持っていくと良いよ」
「あ、ありがとうございます」
俺は聖剣を手に入れた。
「オリヴァー、まずいわ。魔王様に気付かれたみたい。あなたを捕まえるように指示が出たわ」
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