陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵

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第1章

第9話 取られる前に奪いたい。

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 いよいよ明日から修学旅行。

 ——と、その前に、今日は恋人のフリは不要な休日。

 ちょっぴり寂しい気もするが、無駄にドキドキさせられなくて良いから、休日は安心する。

「北海道は、もう寒いのかな。マフラーとか……いや、まだ早いか」

 修学旅行は北海道。どこよりも寒いのだろうけど、季節はまだ秋。行ったことがないので、どんな服装で挑めば良いのか検討がつかない。

「ま、制服でどうにかなるか。夜は旅館の浴衣があるって書いてあったし」

 テキトーに下着やら靴下を旅行バックにつめて、準備終了。

「よし、ゲームでもするか」

 ゲームをしようと、ゲーム機の電源を入れた。そこで、ふと中学時代の卒業アルバムが目に入った。

 あまり楽しい思い出はないが、久々に蓮の中学時代の姿が見たくなって、アルバムを開いた。

「あー、やっぱ格好良いなぁ」

 見た目は今とあまり変わりはないが、やはりどこかあどけない。

 それに比べて俺は……地味だ。

 前髪で目元を隠し、どの写真も表情は暗め。蓮と隣同士並んだ写真もあるが、光と闇といった具合に、同じ場所にいるのが不思議でならない。

「俺も、蓮みたいに前髪短くしてみようかな」
 
 前髪をいじりながら、短い姿を想像する——。

『佐倉君って、目大きいよね』
『ねー、女の子みたい』
『前髪をこうしたら……わぁ、可愛い!』
『本当だ。オカマ見てぇ』
『オカマだ、オカマ』

 小学生の頃の嫌な思い出が蘇ってきた。

「やっぱやめた」

 卒業アルバムを閉じて、俺はゲームを始めた——。

 俺は顔がコンプレックスだ。
 小学三年生の時に顔を揶揄われて以来、俺は前髪を長くしている。

 蓮は気にしなくて良いと言うけれど、蓮自身がいつも言ってくる。

『晴翔は、可愛いね』

 と。蓮も心の中では、俺の顔を馬鹿にしているのだろう。もしかして、今のこの状況も陰で笑ってるんじゃ……。

「いやいやいや、蓮に限ってそれはない」

 赤ん坊の頃からの仲だ。そんな悪趣味なことをするような奴ではないことは、この俺が一番良く知っている。

 蓮は、女子からの告白を断る大義名分として俺を恋人にしただけ。本命の好きな相手からの告白以外は、無意味で時間の無駄だから。

 蓮の本命……誰なんだろ。

 あの蓮ですら告白出来ない相手。相当美人なのだろうか。それとも家柄が良いお嬢様? 

 いや待て、蓮が俺と付き合っていると公言して、学校中の奴らは蓮がゲイだと思い込んでいる。そうなれば、自ずと女子らは遠のく。代わりに、男子生徒が蓮を狙い始める。現に今、その状況だ。

 そこでふと、こうなった最初のやり取りを思い出した—君。

『てか、俺で良いの? ゲイだと思われるよ』
『その方が好都合だよ。女の子寄ってこないもん。好きな人のことだけ考えられる』

 好都合……今思えば、これは蓮の好きな相手が“男”だからだ。

 点と点が繋がっていく。

 敢えて俺と付き合うことで、自分はゲイだと周囲にアピールする。向こうから告白してくればラッキー。してこなくても、時を見て自分から告白し易い。

 五十嵐や、その他の言い寄ってきた男子生徒は、既に蓮がフッたから除外。残りの男子の中に蓮の好きな相手がいる。

 しかも、俺の知っている人。

 俺は部活もしていないし、上級生と下級生の知り合いはゼロに等しい。可能性が高いのは同級生。

「もしかして、修学旅行で告白するんじゃ……」

 あり得る。こういったイベントの時は、告白する側も妙なテンションになっているが、それは告白される側も同様。

 つまりは、成功し易いのだ。

 したこともされたこともないけれど。

 俺はゲーム機を置いて、さっき鞄に入れた修学旅行のしおりを開いた。

「集団で行動する時は無理だろ……強いて言うなら自由行動の時か? でも結局、蓮は俺や三崎達と行動するって言ってたし……やっぱ夜にどっかこっそり呼び出すのか?」

 何故俺はこんなに必死なのか。そんなの理由は一つしかない。

 蓮が好きだから。だから、誰にも渡したくないと思うのは当然だ。

 仮に、仮に俺の仮説が正しかったとする。もしも蓮が男を好きなら、俺にも可能性があるかもしれない。

 自惚れも良いところかもしれないが、取られる前に、奪いたい。

「仮説が間違ってたら、撃沈だけどな」

 呟けば、俺以外誰もいないはずの部屋の中で声がした。

「撃沈って、何?」
「わッ、蓮!? またベランダから入ってきたのか」

 そこには、蓮がいた。

 俺と蓮の部屋は向かい合わせ。少し距離はあるが、蓮なら漫画のようにジャンプしてこちら側に来れるのだ。俺は……落ちるのが恐くて挑戦したことはない。

「ねぇ、撃沈って?」

 蓮が修学旅行のしおりを覗き込んできたので、俺はパタンとそれを閉じた。

「な、何でもない」
「何でもないって……晴翔、ゲームやめたと思ったら、凄い勢いで“修学旅行のしおり”見てたよ」
「見てたのか……」
「うん、唯ならぬ感じだったから来てみた」
「来られても……」
「何でも相談乗るよ」

 そんな澄んだ瞳で見つめられても、言えるはずない。『修学旅行で告白するのか?』なんて聞けない。

 しかし、蓮の恋が実ったら、俺達の今の関係は終了。蓮を奪うなら今がチャンスでは?

 俺は、いつになく真剣な表情で蓮を呼んだ。

「蓮」
「ん?」
「俺じゃダメ……かな?」
「何が?」
「俺、蓮のことがす、す、す」

 またもや『好き』の二文字が出てこない。

「す?」
「す、す、スイッチ押させてもらおうかなって」
「スイッチ?」
「宿の部屋、一番に入って明かりつけたいなぁって……」

 何をアホなことを言っているんだ、俺!

 流石の蓮も呆気に取られている。

「別に良いんじゃないかな……?」
「だ、だよな」
「あー、それで晴翔。部屋のメンバー見てたんだね」
「そ、そうなんだ。頼みにくそうな奴いないかなって……」

 泣きたい。こんな自分に嫌気がさす。

「僕からもみんなに頼んどこうか? 晴翔が一番に照明つけたいって」
「あー、やっぱ良いや」

 照明なんてどうでも良い。そんなことより、告白しないと。でないと、早くて明日、蓮が取られる。

「あ、晴翔」

 蓮が思い出したように言った。

「な、何?」
「明日の夜なんだけど、僕、新城しんじょう先生の所に行かなきゃいけなくて」
「そうなんだ」
「だからさ、消灯後に部屋に戻る感じになるから、僕の寝る場所確保しといてくれる? 晴翔の隣」
「分かった」

 普通に頷いたが、これはもしや……蓮の好きな相手は、新城先生?

 新城先生といえば……化学の先生で、風紀委員を担当。眼鏡が印象的なインテリ系の“男”!

 ん? 化学?

 化学と言えば、五十嵐に告白されていたのも化学準備室。たまたまとは思えない。先生に会いに行ったら五十嵐に捕まった可能性……あるな。

「蓮ってさ、新城先生と仲良いの?」
「新城先生? どうして?」

 ほら、すぐに応えないところからして怪しい。

「別に意味はないけど、何となく」

 何だかイライラしてきた。

「晴翔、なんか怒ってる?」
「別に」
「怒ってるじゃん。僕、何かした?」
「別に……てかさ、俺ら親友だと思ってたんだよ」

 それなのに、親友に好きな相手も打ち明けてもらえない。

「俺って、蓮の何?」
「恋人」
「ふざけんなよ! そういうこと聞いてんじゃねーよ」
「晴翔、どうしちゃったの?」

 本当どうしちゃったんだろ、俺。

 何だか泣きたくなってきた。

「ごめん、帰って」

 冷たく言えば、蓮はその場から動かず、静かに言った。

「僕は、晴翔を親友だなんて……友達だなんて一度も思ったことないよ」
「え……」

 俺の頭は真っ白だ。

 そもそも、友達とも思ってもらえていなかったなんて。そりゃ、恋愛相談なんてする訳ねーか。

「僕は晴翔のこと……」
「もう良いよ。勝手にしろ!」

 俺は、そのまま何も持たずに部屋を出た——。

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