理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜

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一夜の過ち

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「ん――んん。頭いった……、久々にワイン、飲み過ぎた。気持ち悪いぃ~」

頭の中を金槌で叩かれるような頭痛で目が覚め、酔い止めを貰おうとサイドテーブルに手を伸ばそうとすると、背後の肉の温かさと胸まで伸びる筋肉質な白い手が視界に入り行動と思考が停止する。



下腹部の違和感、裸の男女がベッドの上、酔いつぶれるまで飲んだこのシチュエーションでイメージできる状況はひとつしかなかった。



友人と一夜の過ちを犯してしまったことに対しての衝撃と罪悪感で悲鳴をあげそうになりながらなんとか声を抑えると、ユーゴーは視線でチョコレートを溶かしそうなほど熱く甘い表情を向けた。



あのユーゴーが笑みで女性を虜にして殺すような視線を向けるなんて新鮮だ。



一体何人にその甘い表情を向けてきたのだろう、と見惚れつつ、状況に流されてはいけないと理性が戻る。



急いで距離をとって、恥ずかしい恰好をどうにかしたくてネグリジェを雑に羽織った。



「これは……その、どういう状況……でしょうか」

「勘違いしたら嫌だから弁明させてもらうが、おまえから誘ってきたんだからな。ったく、酒が弱いなら次からはもう少しセーブしておけよ」

「~~~~!」



今まで酒で意識を失うなんてことがなかったのに、あまつさえ友人を襲ったなんて酔った私は一体なにをしているんだろう。



勢いで致してしまった罪悪感と、焦燥感で胸の中がじりじりする。



その間にユーゴーは脱ぎ散らかされたスーツを着直して、ジャケットを羽織った。



切り替えの早さに開いた口が塞がらない。コイツ、手慣れているな、と眦を細めると、ユーゴーは猫が玩具で遊ぶように楽しそうにグレーの瞳の視線を緩めた。



そうして静かに足音を立てて私の耳元で低く囁いた。

「男としても、夜の方も、俺のが良かったろ?」



ぞわりと鼓膜を震わす声と官能的なワードに下腹部が震え、羞恥心で熱が未だ残る首元が痒くなった。



親友にこんな劣情を抱くことと、あまつさえこの状況を楽しむユーゴーに苛立ちを感じて枕を手に取って彼の余裕が垂れ流される顔に口をふさぐように押し付けた。



※※※



一夜の過ちがあってから、ユーゴーはしばらく王都に留まると言って私の屋敷に滞在した。



あんなことがあったのによく泊まれるな、とユーゴーの図太さに感心していると魔王のような腹黒い笑みを浮かべて頬を抓られた。



それから一夜の過ちの後は特に他の罪も積み重ねることもなく。学園に在籍していた時のようにフォンティーヌ家の庭を散策したり、市場調査という名目で買い物や食べ歩きをしたり。



時にはビジネスの話をしたり、流行りの話や、王都劇場で公演している劇を見て感動したり。



遊び歩いて、寝て、起きて、食事を取って。結婚していた時以上に充実した休みを送れた気がする。



離婚の話を聞いて落ち込んでいるかもと、心配して離れている場所から駆けつけてくれる友達が私にはまだいたのだと思うと喉がきゅうと締め付けられた。



そうして休暇の一週間を終えると忙しい日常が戻ってくる。



離婚の後処理や、サイレーン名義でしていた業務の引継ぎがメインだがそれでも数週間は夕食以外で顔を合わすことは数えるほどだった。



サイレーンの名義といっても業務を行っていたのはほとんど私なのでそれほど大変ではなく、時間を食われたのは前者の処理だった。



離婚をしてから、サイレーンは生家のサセティーン子爵家に返ったが、不倫による離婚は地方領主の家臣である子爵家には特大スキャンダルだったようで、主人たるフェリクス伯爵を始め、周辺領主や貴族たちに白い目で見られているらしい。



特にフェリクス伯爵家と懇意にしているレガル伯爵家は、農業地帯でイチゴや桃、葡萄などの果樹園を生業としている領地で、フォンティーヌ家の旅行事業部門と提携し、富裕層向けの果物狩りツアーを毎年計画したり、果実酒を大量にホテルに降ろしてもらっている。



ビジネス的にも深い関わりがあるので、レガル伯爵も怒り心頭でフェリクス家を通してサセティーン子爵家に抗議をしたようだった。



ユエルと言えば、無事に子供が生まれたようだが夫婦仲は最悪で喧嘩が絶えず、義父母とも折り合いがつかない。



なにかと息子を庇い、人に責任を押し付ける性格なので、私とも反りが合わなかった。ユエルのような反抗心が強い性格だとうまくやっていけないだろう。



その旨に関する愚痴と再婚の要求がサイレーンから届いた手紙には書かれていた。



私からしたら知ったことではないし、自分たちの問題は自分たちで解決して欲しい。



それに、スキャンダルというものは一度報道されてしまえば、勝手に情報を解釈し、話を理解した気で騒ぎ立てるものだ。一度悪く捉えられてしまうと、優しく声をかけたところで逆効果なのは目に見えている。



手紙を暖炉にくべて燃やしてやって椅子の背もたれに思いっきり身を沈めた。

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