趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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人が多すぎる

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「ひ、広すぎんだろ……」
 
 床には厚い絨毯、天井からは大ぶりのシャンデリアが輝き、三面の窓からは夕暮れの街並みが見下ろせた。

「まぁっ……この眺望、千灯祭を一望できますわね!」
 
 爺が「その通りでございます」と頷く。

「団長ッ! 梁は……いえ、やめておきますッ!」
 
 ラグナルは天井を見て拳を握ったが、俺と目が合って自制した。えらい。

「……荷は窓から離しておけ。鍵のかかる部屋に分散、重い箱を一番奥だ」
 
 ローヴァンさんが短く指示を飛ばす。
 少し休憩したら納品に行くわけだし、そこまで警戒する必要もないと思うが、念には念をだ。
 俺とレオンで希少鉱石を、セレスが薬草の湿り気を確認。

「シンさん、珍獣は私が。温度と騒音に敏感ですから」 

 イーリスが木籠を抱え、そっと布をめくる。
 中には丸っこい小動物――丸耳ウサギ(仮)がきゅうきゅうと鳴いていた。
 
「あぁ、頼んだ。……噛まれないように気をつけるんだぞ」
「だ、大丈夫です! ちゃんと慣れてもらいますから!」
 
 言いながら頬を少し赤くして、そっと指先を伸ばしている。
 一方でローヴァンさんは、剣を鞘ごと膝に置きながら窓際に立ち、外を鋭く観察していた。
 どこかに盗賊がいないか、警戒しているのだ。
 
「あそこで酒が飲めるな……」
 
 警戒しているのだ。
 十分後、全員が持ち場を終えた。
 俺は椅子に腰を下ろし、息を整えながら全員へ視線を巡らせた。

「少し休憩したら、すぐ荷を届けに行こう。祭りの前に任務を片付けておかないと、後で面倒になりそうだし」

 それぞれが力強く頷いた。
 こうして俺たちは短い休息を取ったあと、ヴェスティアの街中へ、納品に向かうことになった。
 上から見ていた景色ではあるが、目の前にすると迫力が違う。ヴェスティアの大通りは人で埋め尽くされている。
 屋台から漂う香ばしい肉の匂い、甘い蜜菓子の香り、笛や太鼓の音が重なり、誰もが浮き立った顔で祭りを楽しんでいた。
 人混みの圧力で自然と肩が触れ合い、足取りは進んでは止まり、また押される。

「シンさん、地図によると納品所はこの先ですよ」
 
 イーリスが声を張り上げる。
 彼女の手元には依頼票と地図。
 先頭で進路を切り開くように歩いてくれている。

「団長ッ! この荷は私が運びますッ!」

 ラグナルの声が、普段よりもさらに大きい。
 あまりのデカさに、大通りのざわめきが一瞬だけ掻き消える。

「筋肉にこそ信頼を置くべきですッ!」
「ラグナル、声を張らなくても、いつも通りの音量で聞こえるよ」

 むしろ、まだ上のボリュームがあったんだな。
 
「人が多いですわねぇ……でも安心してくださいませシン様。わたくしが人混みの華麗な抜け方を教えて差し上げますわ!」

 それはぜひ教えてほしい。
 社交界で人に囲まれた時に必須のスキルなのだろう。
 それにしても……人が多すぎて疲れる。
 押し合いへし合いで背中に何度もぶつかられ、汗の匂いや香辛料の匂いが入り交じり、頭がくらくらしてくる。
 俺は、肩から掛けていた鉱石の入った袋の位置を直し、深くため息を吐いた。
 後ろではレオンが両腕で薬草の束を抱え、周囲を落ち着きなくきょろきょろ。
 目が泳ぎっぱなしで、完全にお上りさん状態だ。
 一方、ローヴァンさんは渋面を崩さず、人混みを隙間なく観察していた。
 通りすがりの人の仕草や目線までじっと見ている様子は、剣の修行よりよほど緊張感がある。
 その時だった。屋台の呼び込みが腹の底から声を張り上げ、香ばしい煙が風に乗って鼻を突く。
 同時に、数人の子供が群れになって駆け抜け、人の波がどっと揺れた。

「わっ……!」

 肩が勢いよくぶつかり、視界が揺れる。
 思わず荷の紐を握り直す。
 背後でローヴァンさんの低い声が響いた。

「坊主、気をつけろよ。こういう時にスラれるんだぞ」 
「大丈夫です。ちゃんと持ってますって、ほら――」

 言いながら俺は肩の袋を撫で、指先に触れるはずの感触を探した。

「…………あれ?」

 空っぽの肩。そこにあるのは、すっぽ抜けた紐だけ。
 一瞬で血の気が引いた。

「ど、どうしましたシンさん?」

 前を歩いていたイーリスが振り返る。
 その声でセレスも扇子を止め、レオンも目を丸くする。

「……鉱石が、ない」

 俺の言葉に全員が一瞬固まった。
 直後、ローヴァンさんの視線が鋭く走り、人混みを切り裂くように睨む。

「チッ……やられたな。まだ遠くに行っちゃいねぇ」

 ローヴァンさんが低く吐き捨てる。
 俺も慌てて周囲を見回した。
 人、人、人。露店で品を広げる商人、観光客、祭り目当ての旅人……ざっと数百。 
 
「……坊主、よく見ろ。盗んだ直後の奴は、まずは距離を取ろうとする」

 言われて、改めて視線を走らせる。
 群衆に紛れて歩く人影の中、特に忙しない一人が。
 ぼさぼさ頭に薄汚れたマント。
 周囲を気にして、やたらと目が泳いでいる。

「……あいつか」

 男と俺の視線が交差する。
 瞬間、男は反射的に舌打ちして、群衆をかき分け駆け出した。

「クソッ、やっぱりか!」
「坊主!」
「分かってる! みんなは先に納品所へ! 荷は任せた!」

 叫び残し、俺は即座に追いかけた。
 人混みを縫うように走り抜ける。
 祭りの笛や太鼓の音が遠のき、足音と心臓の鼓動だけが耳に響く。

「おい待てコラァ!」

 俺の声に、前方の男はちらと振り返り、嘲るように口の端を上げた。
 その笑みが「追いつけるもんなら追いついてみろ」と語っていた。
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