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筋肉勘違い
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露店の香ばしい匂いが風に混じっていた。
ヴェスティアの広場には次々と提灯が吊るされ、祭りの空気が一層濃くなっていく。
ギルド《白灯》の面々は、通りを散策していた。
セレスが屋台のマントをひらひらとめくりながら何かを探している傍で、イーリスが焼き菓子を持ってはしゃぎ、レオンは「油断するなよ」と言いながらも、少しだけ楽しげに歩いている。
「次に食すべきは……悩ましい……」
ラグナルは一人、両手を組んで屋台通りを見回していた。
目当ての屋台が見つからないのか、眉間にしわを寄せている。
「団長にも喜んでいただけるもの……ん? そういえば、団長の姿が――」
そのときだった。
路地裏から転がり出てきた男が、ラグナルの背に勢いよくぶつかった。
弾かれるように尻もちをつき、地面に手をつく。
「ぅ……いてて……!」
ラグナルはぴくりと眉を動かし、見下ろす。
男は中年の観光客風で、顔色が悪く、額に汗を浮かべていた。
「これは申し訳ないッ! 背筋を柱のように鍛え上げたばかりにッ!」
「え、背筋……? あ……!」
男は顔を上げ、ラグナルの筋肉を見上げると、目を見開いた。
「筋肉……!」
「いかにも、私が筋肉ですッ!」
「ちがっ、いや、ちがわないけど! あの人が……その……助けてくれた冒険者が、声のデカい筋肉に会いに行けって……!」
「……冒険者、ですか?」
ラグナルの表情が変わる。
「裏路地で盗賊に襲われて、もう駄目かと思った時に、男の人が助けてくれて……! その人が、俺を突き飛ばして……っ」
言葉がうまくまとまらない。
だがラグナルは、はっきり理解していた。
――間違いなくシンのことだ。
観光客は慌てて腰の袋をまさぐり、中から一本の木剣を取り出した。
鍔の部分は擦り切れ、柄には細かな傷がある。
「これを渡せって、あの人が……!」
黙って受け取るラグナル。
手にした瞬間、感触でわかる。
「団長の……剣」
ラグナルがぽつりと呟くと、その声に気づいたのか、屋台通りの向こうから、イーリスが駆け寄ってくる。
「ラグナルさん、どうしたんですか?」
手には半分食べかけの焼き菓子。
だが、その顔は明らかに不安げだった。
レオンも少し遅れて歩み寄り、男の姿を見て、警戒心を滲ませる。
「その人……何があったんですか?」
観光客は一瞬たじろぎながらも、先ほどと同じ言葉を告げ、イーリスの目が見開かれる。
「それって、もしかして……」
「うん。その剣は……間違いなくシンさんのだ」
レオンが指差したのは、傷だらけで、でも手入れは行き届いている木剣だった。
「じゃあ今、シンさんは一人で……?」
「助けを求めてるんだ、きっと……」
イーリスの声が震え、レオンは周囲を見渡すように視線を巡らせた。
そして、それに呼応するかのように、通りの向こうから甲高い悲鳴が上がった。
「きゃっ、財布が――!」
「こっちもだ! くそっ、あいつスリだ!!」
一瞬でざわつく通り。人だかりが崩れ、何人かの男たちが走り去っていく。
明らかに、スリやひったくりが一斉に動き始めていた。
「盗賊団が、祭りの騒ぎに紛れて動いているようですわね。シン様はどちらに?」
買い物から戻ってきたセレスは、イーリスから話を聞くと、扇子をパタンと閉じた。
「……でしたら、シン様が巻き込まれている可能性は高いですわね」
「今すぐ動きましょう! シンさんを助けないと……!」
イーリスの声にうなずくように、レオンも一歩踏み出した。
だが――。
「お待ちをッ!」
ラグナルが、木剣に手を当てながら、真剣な表情で言った。
「……団長は私に、このラグナル・ブラストハートに託したのですッ! この剣をッ!」
力強く木剣を掲げるが、ギルドの面々は、彼が何を言いたいのか理解できていない。
ラグナル自身もそれを分かっているのか、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「……これは、団長から私たちへの試練なのです」
「試練……ですの?」
セレスが首をかしげる。
「そう。団長は言葉ではなく、背中で語るお方。そもそも、彼に何かを託すのであれば、武器でなくとも良いでしょう」
「シンさんは木剣しか武器を持っていないから、ただ助けがほしいだけなら、別のものを渡すのが自然……ってことですか?」
「その通りです、レオン君。つまり、団長は意図があって木剣を選んだ。……剣は『戦え』という命令、木剣は『不殺』の比喩です」
ラグナルが天を仰ぎながら言い放つ。
「団長は、私たちの助けを待っているのではありませんッ! 私たちがこの状況をどう収集するのか、その筋肉的判断を試しておられるのですッ!」
「な、なるほど……!」
「さすが、シンさん……」
「私たちを信頼していなければ、こんな行動はできませんわね」
実際には、シンは「木剣以外の物を渡す」まで頭が回らなかっただけであり、助けを必要としていた。
だが、この場にいるのはシンを盲信する者ばかり。
何気ない行動でさえ、意味を見出されてしまう。
「では……私、セレス嬢、レオン君とイーリスさんで、それぞれ手分けして盗賊の鎮圧に当たりましょうッ! ローヴァン殿を見かけた方は、その際に情報共有をッ!」
そこからの行動の早さは、さすがSSランクといったところ。
今までの観光気分が嘘のように、各々が確固たる意思を持って行動を始める。
シンに助けられた観光客。
彼だけが、ただぽかんとしていた。
「……な、なんか違くない?」
ヴェスティアの広場には次々と提灯が吊るされ、祭りの空気が一層濃くなっていく。
ギルド《白灯》の面々は、通りを散策していた。
セレスが屋台のマントをひらひらとめくりながら何かを探している傍で、イーリスが焼き菓子を持ってはしゃぎ、レオンは「油断するなよ」と言いながらも、少しだけ楽しげに歩いている。
「次に食すべきは……悩ましい……」
ラグナルは一人、両手を組んで屋台通りを見回していた。
目当ての屋台が見つからないのか、眉間にしわを寄せている。
「団長にも喜んでいただけるもの……ん? そういえば、団長の姿が――」
そのときだった。
路地裏から転がり出てきた男が、ラグナルの背に勢いよくぶつかった。
弾かれるように尻もちをつき、地面に手をつく。
「ぅ……いてて……!」
ラグナルはぴくりと眉を動かし、見下ろす。
男は中年の観光客風で、顔色が悪く、額に汗を浮かべていた。
「これは申し訳ないッ! 背筋を柱のように鍛え上げたばかりにッ!」
「え、背筋……? あ……!」
男は顔を上げ、ラグナルの筋肉を見上げると、目を見開いた。
「筋肉……!」
「いかにも、私が筋肉ですッ!」
「ちがっ、いや、ちがわないけど! あの人が……その……助けてくれた冒険者が、声のデカい筋肉に会いに行けって……!」
「……冒険者、ですか?」
ラグナルの表情が変わる。
「裏路地で盗賊に襲われて、もう駄目かと思った時に、男の人が助けてくれて……! その人が、俺を突き飛ばして……っ」
言葉がうまくまとまらない。
だがラグナルは、はっきり理解していた。
――間違いなくシンのことだ。
観光客は慌てて腰の袋をまさぐり、中から一本の木剣を取り出した。
鍔の部分は擦り切れ、柄には細かな傷がある。
「これを渡せって、あの人が……!」
黙って受け取るラグナル。
手にした瞬間、感触でわかる。
「団長の……剣」
ラグナルがぽつりと呟くと、その声に気づいたのか、屋台通りの向こうから、イーリスが駆け寄ってくる。
「ラグナルさん、どうしたんですか?」
手には半分食べかけの焼き菓子。
だが、その顔は明らかに不安げだった。
レオンも少し遅れて歩み寄り、男の姿を見て、警戒心を滲ませる。
「その人……何があったんですか?」
観光客は一瞬たじろぎながらも、先ほどと同じ言葉を告げ、イーリスの目が見開かれる。
「それって、もしかして……」
「うん。その剣は……間違いなくシンさんのだ」
レオンが指差したのは、傷だらけで、でも手入れは行き届いている木剣だった。
「じゃあ今、シンさんは一人で……?」
「助けを求めてるんだ、きっと……」
イーリスの声が震え、レオンは周囲を見渡すように視線を巡らせた。
そして、それに呼応するかのように、通りの向こうから甲高い悲鳴が上がった。
「きゃっ、財布が――!」
「こっちもだ! くそっ、あいつスリだ!!」
一瞬でざわつく通り。人だかりが崩れ、何人かの男たちが走り去っていく。
明らかに、スリやひったくりが一斉に動き始めていた。
「盗賊団が、祭りの騒ぎに紛れて動いているようですわね。シン様はどちらに?」
買い物から戻ってきたセレスは、イーリスから話を聞くと、扇子をパタンと閉じた。
「……でしたら、シン様が巻き込まれている可能性は高いですわね」
「今すぐ動きましょう! シンさんを助けないと……!」
イーリスの声にうなずくように、レオンも一歩踏み出した。
だが――。
「お待ちをッ!」
ラグナルが、木剣に手を当てながら、真剣な表情で言った。
「……団長は私に、このラグナル・ブラストハートに託したのですッ! この剣をッ!」
力強く木剣を掲げるが、ギルドの面々は、彼が何を言いたいのか理解できていない。
ラグナル自身もそれを分かっているのか、言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。
「……これは、団長から私たちへの試練なのです」
「試練……ですの?」
セレスが首をかしげる。
「そう。団長は言葉ではなく、背中で語るお方。そもそも、彼に何かを託すのであれば、武器でなくとも良いでしょう」
「シンさんは木剣しか武器を持っていないから、ただ助けがほしいだけなら、別のものを渡すのが自然……ってことですか?」
「その通りです、レオン君。つまり、団長は意図があって木剣を選んだ。……剣は『戦え』という命令、木剣は『不殺』の比喩です」
ラグナルが天を仰ぎながら言い放つ。
「団長は、私たちの助けを待っているのではありませんッ! 私たちがこの状況をどう収集するのか、その筋肉的判断を試しておられるのですッ!」
「な、なるほど……!」
「さすが、シンさん……」
「私たちを信頼していなければ、こんな行動はできませんわね」
実際には、シンは「木剣以外の物を渡す」まで頭が回らなかっただけであり、助けを必要としていた。
だが、この場にいるのはシンを盲信する者ばかり。
何気ない行動でさえ、意味を見出されてしまう。
「では……私、セレス嬢、レオン君とイーリスさんで、それぞれ手分けして盗賊の鎮圧に当たりましょうッ! ローヴァン殿を見かけた方は、その際に情報共有をッ!」
そこからの行動の早さは、さすがSSランクといったところ。
今までの観光気分が嘘のように、各々が確固たる意思を持って行動を始める。
シンに助けられた観光客。
彼だけが、ただぽかんとしていた。
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