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毒沼ブラザーズ4
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空中に描かれた魔法陣が、パチパチと光を弾けさせながら回転する。
その中心から放たれた矢は、狙い澄ましたようにまっすぐ飛んでいくが、ダリオの毒沼の膜によってまたも弾かれた。
「また……っ!」
イーリスは苛立たしげに、足元の光床を次々と展開する。
街路の石畳の大部分はもう、ドロリとした毒に覆われていた。
歩くだけで足を取られ、立っているだけで毒が靴底から染み込んでくる。
「よく耐えてるなぁ~」
分断された戦闘が始まり、十分近くが経過していたが、未だにイーリスからの有効打はなし。
毒沼の中心からは、ゆるりと腕を組んだダリオが見下ろしてくる。
その視線は明らかに獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
「光の魔術で足場を作られるのは厄介だが……結局、地面を支配してるのはこっちだ」
「うるさい……っ!」
イーリスは短く反論しながら矢を連射するが、届かない。
次々と矢を阻む毒の膜は、生き物のように流動しながら立ちはだかる。
その防壁の背後で、ダリオはまったく動かずに立っているだけ。彼の優位を物語っていた。
(撃っても撃っても意味がない……)
毒を貫くには威力を増すか、速度を上げるか、もしくは――。
思考を巡らせている間にも、毒沼はじわじわと広がり、光床の隙間から黒い液体がにじみ出す。
「おっと、そっちはもう腐ってるぞ」
ダリオが目線だけで示した方――イーリスの右足の下で、床が鈍く濁った。
光魔術で作ったはずの床が、毒に侵食され、ゆっくりと朽ちていく。
「ッ……!」
跳ぶ。左足の床に全体重を預け、毒の波から逃れるように。
だが――視界が揺れた。毒の蒸気が、もう肺にまで届いている。
(まずい……浄化が追いつかない……)
イーリスは解毒の光魔術を行使でき、戦闘中に絶えず自分に掛けることで身体機能を保っていた。
しかし、通常時は数秒で済む魔術を、十分以上連続で使うとなれば、消耗は並ではない。
動きながらでは魔力操作の精度も落ち、毒牙が少しずつ刺さっていく。
呼吸が重い。指先にかけた魔力が、一瞬だけ抜けかける。
バランスを崩した体勢のまま、矢を放とうとして魔方陣がうまく展開されない。
「動きが……鈍くなったように見えるぜ?」
ダリオの声が近づいてくる。
それもそのはずだ。彼自身は毒沼の影響を受けず、その表面を滑るように、じりじりと距離を詰めている。
「分かったか? 俺たち毒沼ブラザーズの絆の前では、血の繋がりなんて些細なものなのさ」
「私は別に、何も言ってないけど……」
「兄の言うことは弟の言うこと! 弟の言うことは兄の言うこと! 言ってるのと同じなのさッ!」
意味がわからない。
そう言ってやりたかったが、舌が痺れて上手く喋ることができない。
目も少しずつ霞み始めていた。
だが、イーリスの心までは毒に屈していない。
(……本当はもう少し、確証がほしかったけど……)
残っているわずかな力で矢を構えながら、彼女は心の中で瞬時に魔法式を組み直す。
狙うのは突破ではない。
狙うのは、破壊だ。
(毒沼での防御は確かに強力。でも――攻撃を潰されてるわけじゃない)
剣での一振りが堅牢な盾に弾かれるのとは違い、毒沼での防御は、あくまで速度を0にしているだけ。
矢の勢いが無くなればダメージもなくなる。
ならば――その後に繰り出される攻撃は?
(二段構えの攻撃なら……!)
リスクは高い。
もう、ほとんど力も残っていない。
だけどやるしかない。
あの人は――今の自分より遥かに苦しみながらも、決して退かずに救ってくれたのだから。
「――私と、兄さんと――シンさんの邪魔は、させない……!」
矢を放つ。
それは直接的な射撃ではない。
直接相手を貫くことを目的とした矢ではなく、矢そのものが魔術の起爆装置。爆裂のために練り上げた魔力を、極限まで圧縮した矢だった。
イーリスは一瞬、呼吸を忘れる。
狙いは防壁そのもの。
毒沼の膜。そのまとわりつくような防御構造に、あえて矢を貫かせないよう、速度を落として撃ち出す。
激突ではなく、浸透させるように。
光の矢が、ぬるりとした毒沼の防壁に触れた。
そして、吸い込まれるように魔力の矢が沈んでいった――次の瞬間。
「――な、なんだぁッ!?」
爆裂。
静寂を引き裂くような爆音と共に、毒の防壁が内側から爆ぜた。
液体が固体になったのかと錯覚する。破片のように飛び散り、その中心で構えていたダリオの姿勢が揺らぐ。
理解が一瞬遅れたのは、イーリスの策があまりに想定外だったからだ。
毒沼に対して光の矢を撃ってくる。それ自体は何度も見てきた。
だが、呑み込まれることを前提とした矢を内部から起爆させてくるなど、考えもしなかったのだ。
(いまだ……!)
防壁は消えた。数秒後には再展開される。
視界は開けた。徐々に目が霞んでいく。
この一瞬、ただこの一瞬だけ――すべての条件が揃っている。
致命的な状況だと理解したダリオ。その表情が初めて歪む。
体勢を崩した彼に、イーリスが全魔力を集中して矢を連射する。
一発目が脇腹を掠り、二発目が右肩を貫通し、三発目が左腿を突き刺す。
「お前……そんな手が……すまねえ、兄弟……ッ!」
シンから「不殺」の命令があった。
殺していない。だが、意識は刈り取った。
自ら広げていった毒の沼へと崩れ落ちたダリオだったが、それは徐々に浅くなっていく。
「はぁ……はぁ……」
イーリスは地面に手をついた。
(――やった。倒した。シンさん……)
だが同時に、別の殺気が空気を裂くように近づいてくる。
「おい……」
毒の沼から現れたのはゼーレ。
向こうで戦っていたはずの男が、役目を放棄してこちらへ迫ってきている。
さっきまでの飄々とした態度は消え、顔が歪むほどの怒気を帯びていた。
「お前……俺の兄弟に何してくれたんだ……?」
血走った目。牙を剥こうとしている。
(――どうしよう)
反応しようとしたが、動けない。
そのとき、ゼーレの行手を阻むように飛び込んできたのはレオンだった。
「……てめぇッ! どきやがれッ!」
「片方が危ない時に助けるのが兄妹だ」
「だったらすぐに殺してやる!」
毒沼を飛び出し、ゼーレが突っ込んでくる。
その中心から放たれた矢は、狙い澄ましたようにまっすぐ飛んでいくが、ダリオの毒沼の膜によってまたも弾かれた。
「また……っ!」
イーリスは苛立たしげに、足元の光床を次々と展開する。
街路の石畳の大部分はもう、ドロリとした毒に覆われていた。
歩くだけで足を取られ、立っているだけで毒が靴底から染み込んでくる。
「よく耐えてるなぁ~」
分断された戦闘が始まり、十分近くが経過していたが、未だにイーリスからの有効打はなし。
毒沼の中心からは、ゆるりと腕を組んだダリオが見下ろしてくる。
その視線は明らかに獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
「光の魔術で足場を作られるのは厄介だが……結局、地面を支配してるのはこっちだ」
「うるさい……っ!」
イーリスは短く反論しながら矢を連射するが、届かない。
次々と矢を阻む毒の膜は、生き物のように流動しながら立ちはだかる。
その防壁の背後で、ダリオはまったく動かずに立っているだけ。彼の優位を物語っていた。
(撃っても撃っても意味がない……)
毒を貫くには威力を増すか、速度を上げるか、もしくは――。
思考を巡らせている間にも、毒沼はじわじわと広がり、光床の隙間から黒い液体がにじみ出す。
「おっと、そっちはもう腐ってるぞ」
ダリオが目線だけで示した方――イーリスの右足の下で、床が鈍く濁った。
光魔術で作ったはずの床が、毒に侵食され、ゆっくりと朽ちていく。
「ッ……!」
跳ぶ。左足の床に全体重を預け、毒の波から逃れるように。
だが――視界が揺れた。毒の蒸気が、もう肺にまで届いている。
(まずい……浄化が追いつかない……)
イーリスは解毒の光魔術を行使でき、戦闘中に絶えず自分に掛けることで身体機能を保っていた。
しかし、通常時は数秒で済む魔術を、十分以上連続で使うとなれば、消耗は並ではない。
動きながらでは魔力操作の精度も落ち、毒牙が少しずつ刺さっていく。
呼吸が重い。指先にかけた魔力が、一瞬だけ抜けかける。
バランスを崩した体勢のまま、矢を放とうとして魔方陣がうまく展開されない。
「動きが……鈍くなったように見えるぜ?」
ダリオの声が近づいてくる。
それもそのはずだ。彼自身は毒沼の影響を受けず、その表面を滑るように、じりじりと距離を詰めている。
「分かったか? 俺たち毒沼ブラザーズの絆の前では、血の繋がりなんて些細なものなのさ」
「私は別に、何も言ってないけど……」
「兄の言うことは弟の言うこと! 弟の言うことは兄の言うこと! 言ってるのと同じなのさッ!」
意味がわからない。
そう言ってやりたかったが、舌が痺れて上手く喋ることができない。
目も少しずつ霞み始めていた。
だが、イーリスの心までは毒に屈していない。
(……本当はもう少し、確証がほしかったけど……)
残っているわずかな力で矢を構えながら、彼女は心の中で瞬時に魔法式を組み直す。
狙うのは突破ではない。
狙うのは、破壊だ。
(毒沼での防御は確かに強力。でも――攻撃を潰されてるわけじゃない)
剣での一振りが堅牢な盾に弾かれるのとは違い、毒沼での防御は、あくまで速度を0にしているだけ。
矢の勢いが無くなればダメージもなくなる。
ならば――その後に繰り出される攻撃は?
(二段構えの攻撃なら……!)
リスクは高い。
もう、ほとんど力も残っていない。
だけどやるしかない。
あの人は――今の自分より遥かに苦しみながらも、決して退かずに救ってくれたのだから。
「――私と、兄さんと――シンさんの邪魔は、させない……!」
矢を放つ。
それは直接的な射撃ではない。
直接相手を貫くことを目的とした矢ではなく、矢そのものが魔術の起爆装置。爆裂のために練り上げた魔力を、極限まで圧縮した矢だった。
イーリスは一瞬、呼吸を忘れる。
狙いは防壁そのもの。
毒沼の膜。そのまとわりつくような防御構造に、あえて矢を貫かせないよう、速度を落として撃ち出す。
激突ではなく、浸透させるように。
光の矢が、ぬるりとした毒沼の防壁に触れた。
そして、吸い込まれるように魔力の矢が沈んでいった――次の瞬間。
「――な、なんだぁッ!?」
爆裂。
静寂を引き裂くような爆音と共に、毒の防壁が内側から爆ぜた。
液体が固体になったのかと錯覚する。破片のように飛び散り、その中心で構えていたダリオの姿勢が揺らぐ。
理解が一瞬遅れたのは、イーリスの策があまりに想定外だったからだ。
毒沼に対して光の矢を撃ってくる。それ自体は何度も見てきた。
だが、呑み込まれることを前提とした矢を内部から起爆させてくるなど、考えもしなかったのだ。
(いまだ……!)
防壁は消えた。数秒後には再展開される。
視界は開けた。徐々に目が霞んでいく。
この一瞬、ただこの一瞬だけ――すべての条件が揃っている。
致命的な状況だと理解したダリオ。その表情が初めて歪む。
体勢を崩した彼に、イーリスが全魔力を集中して矢を連射する。
一発目が脇腹を掠り、二発目が右肩を貫通し、三発目が左腿を突き刺す。
「お前……そんな手が……すまねえ、兄弟……ッ!」
シンから「不殺」の命令があった。
殺していない。だが、意識は刈り取った。
自ら広げていった毒の沼へと崩れ落ちたダリオだったが、それは徐々に浅くなっていく。
「はぁ……はぁ……」
イーリスは地面に手をついた。
(――やった。倒した。シンさん……)
だが同時に、別の殺気が空気を裂くように近づいてくる。
「おい……」
毒の沼から現れたのはゼーレ。
向こうで戦っていたはずの男が、役目を放棄してこちらへ迫ってきている。
さっきまでの飄々とした態度は消え、顔が歪むほどの怒気を帯びていた。
「お前……俺の兄弟に何してくれたんだ……?」
血走った目。牙を剥こうとしている。
(――どうしよう)
反応しようとしたが、動けない。
そのとき、ゼーレの行手を阻むように飛び込んできたのはレオンだった。
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