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年内のやり残し その2
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ギルドを出て、リゼットと並んで歩く。
空気は冷たいが陽は高く、雲ひとつない。
この世界にも年末の忙しさというものはあるが、故郷に比べると微々たるもので、道中はのどかだった。
「一件目は、いつもの村の雪かきの手伝いだな」
「いつもの……というのは?」
「かれこれ三年目になるかな」
ギルド設立のため、資金集めの一環で依頼を受けたのがきっかけだ。
「俺を気に入ってくれたみたいでな。安全な仕事のリピート客はありがたい」
「募集条件に『シンという名前の方』と書いてあるのに納得しました」
「……そんなのあったっけ?」
「はい。その部分だけ、文字が三割増しで丁寧でした」
そこまで買ってくれているなら、俺のギルドに直接依頼を出してくれてもいいものだが。
……と思っていたが、それもそのはず。まだ立ち上げたことを伝えていなかった。
わざわざ依頼を探しに行く手間が省けるし、ちゃんと覚えておこう。
そんな話をしているうちに、目的の村が見えてくる。
小さな畑と、こじんまりした木造の家々。
煙突から上がる白い煙が、冬の空にゆっくり溶けていく。
「シーンさーん!」
村の入り口に差し掛かると、甲高い声が飛んできた。
くるりと回るように駆け寄ってきたのは、薄い茶髪を三つ編みにした村娘――ユウだ。
「よかった、本当に来てくれたんですね!」
「ああ、約束したからな。元気そうで何よりだよ」
「もちろん元気です! シンさんに助けてもらってから、ずっと!」
頬を真っ赤にしながら、エマがぐいっと距離を詰めてくる。
前に野良犬に追いかけられているのを追い払っただけだが、妙に懐かれているのだ。
若者の元気いっぱいな笑顔に正面から来られると対応に困ってしまう。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ギルド《白灯》所属、リゼットと申します」
リゼットはいつもの完璧な一礼を決めた。
「あっ、よろしくお願いします! すごく綺麗なメイドさん……どんな家事もこなしてくれそうですね!」
「光栄です」
そうなんですけどね、家事どころか戦闘まで完璧なんですよ。
ユウに褒められたリゼットの口元は微笑んでいるが、琥珀の瞳は一瞬だけ、エマと俺の距離を測るように細められた。
「シンさん、こっちです! 手伝ってほしいの、家の裏なんですよ」
「お、おぉ」
エマに袖をつかまれて、そのまま引っぱられる。
リゼットは半歩下がった位置を、ぴたりと付いてきた。
家の裏には、腰の高さまで積もった雪がどっさりと残っていた。
道を塞いでいて、このままだと井戸に行きづらいだろう。
「ここを全部どかしたいんですけど、お父さんが腰を痛めちゃって」
「あぁ、去年もそんな感じだったな……。よし、ちゃっちゃと片付けるか」
俺は《流星》――ではなくスコップを手に取る。
これも魔道具の一種で、固まった雪がサクサク切れる優れもの。
「シンさん、やっぱり頼りになりますね……!」
「まぁ、俺じゃなくて魔道具がすごいんだけどな」
エマは横で雪を運びながら、何度もちらちらとこちらを見てくる。
目が合うたびに、ふいっと逸らして、またすぐに見てくる。
「エマさん。そちらは私が運びますので、足元にお気を付けください」
柔らかい声で、リゼットがそっと間に割り込んでくる。
エマが抱えた雪の入った桶を自然な動作で奪い取った。
「わ、ありがとうございます!」
「いえ。滑って転倒されると危険ですので」
そんな調子で、三人で黙々と雪かきを続けること一時間。
道はすっかりきれいになり、井戸や倉庫への通路も確保できた。
「すごい……! こんなに早く終わるなんて!」
「魔道具様様だな」
「いえ、シンさん様様ですよ!」
さんなのか様なのか。
エマが嬉しそうに笑って、俺の腕にしがみついてきた。
「エマさん」
「は、はいっ?」
リゼットの声色が、ほんの少しだけ低くなった気がした。
「シン様は、まだ本日二件の依頼を控えていらっしゃいます」
「そ、そうなんですね……」
「残念ながら、腕をお借りしたい方がたくさんいるのです」
「……っ」
エマがちょっとだけ赤くなって、慌てて俺から手を離した。
別に、そんなに急いでいないんだけどな。
イーリスと違って一時間も二時間もくっつかれるわけでもないだろうし。
「えーと、シンさん」
「ん?」
「もし、お時間ある時で良いので……また、うちに寄ってくれませんか? 前に助けてもらったときのお礼、ちゃんとしたいから」
「ちゃんとしたお礼?」
「はい。晩ご飯とか、色々……その……」
「そうさせてもらうよ。今日か、今日がダメでも今年中には」
「やった!」
エマがぱあっと顔を輝かせた。
「晩ご飯、ですか」
「前にも一度、ご馳走になってな。ユウの料理は美味いんだよ」
「……そうでしたか」
ほんの一瞬、リゼットの笑みが紙のように薄くなった気がした。
二件目、三件目の依頼は、隣村への荷物運びと、森の周辺に出る小型モンスターの掃除だった。
どちらも難易度は高くない。
荷物運びは道中にある橋の氷を砕きながら慎重に進み、モンスター掃除はリゼットが秒で殲滅してくれた。
「お疲れ様でございます、シン様」
「いや、お疲れ様はそっちだろ。俺なんて見てただけだ」
「シン様が安全圏から指示を出してくださっていたおかげです。とても助かりました」
動きが早過ぎて転けてしまわないか心配になって、「あ、そこに大きい石が落ちてるぞ!」しか言ってないけどな。
だとしても、丁寧に言われると悪い気はしない。
「……よし、これで三件。まだ日も落ちきってないし、寄っていくくらいは――」
「ユウさんのお宅ですね」
俺の心を読んだかのように、リゼットが言葉を重ねた。
「約束したからな」
「そうですね」
ほとんど差はないが、普段よりも声が尖っている気がする。
「……嫌か?」
「何がでしょう」
「その、俺が村の子と仲良くしてるの」
「いいえ。嫌ではありません」
「本当か?」
「はい。シン様が誰かに感謝され、笑顔を向けられているのを見るのは、とても嬉しいことですから」
言葉は澱みなく、嘘には聞こえない。
けれど、その琥珀色の瞳の奥で、何か別のものが静かに揺れているようだ。
「……ただ、シン様のお名前を呼んでいい回数に、上限を設けた方が良いのかもしれないとは考えております」
「クレカかなんかなの?」
毎月何日に更新されるんだろうな。
「晩ご飯をいただくだけなら、私もご一緒しても問題ないですよね?」
「まぁ、そうだな。ユウも断らないだろうし」
リゼットは満足そうに頷いた。
いつものように整った横顔だが、ほんの少しだけ怖かった。
村に戻ると、ユウの家の煙突から湯気があがっていた。
「シンさーん! 来てくれたんですね!」
扉を開けるなり飛び出してきたユウは、昼間以上に嬉しそうだ。
エプロン姿。袖をまくっていて、頬には小麦粉がついている。
「こっちこっち、もうすぐ出来ますから!」
「お、おう。お邪魔するな」
「リゼットさんも、どうぞ!」
エマはリゼットにもにこにこと笑いかける。
敵意も打算もない、まっすぐな笑顔だ。
「お招きいただき、ありがとうございます」
リゼットは柔らかく会釈を返した。
その目が台所と食卓、そして俺の位置関係を測るように動く。
「……よろしければ、お手伝いいたしましょうか」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろんです。シン様にお出しするお料理ですから」
その一言で、なぜかエマが顔を赤くした。
俺はやる事もなく、くつろいでいるユウのご両親と話している事にした。
どちらも人がよく、俺を息子のように可愛がってくれる。
台所からは、煮込み料理のいい匂いが漂ってくる。
リゼットとエマの声が、鍋の音と一緒に聞こえてきた。
「シンさんって、こういう味が好きなんですか?」
「そうですね。塩加減はもう少し……はい、そのくらいが」
「わぁ、本当に何でも知ってるんですね」
「当然です。シン様専属のメイドなので。知らないことなどございません」
溢れ出る自信に戦慄していると、頃合いとばかりにユウのご両親が寝室に下がっていく。
みんなで食べれば良いのにな。
しばらくして、食卓に並べられた料理は、見た目からして豪華だった。
村の素朴な材料ばかりなのに盛り付けや組み合わせがきれいで、思わず唾を飲み込む。
「いただきます」
「ど、どうぞ!」
エマが緊張した面持ちでこちらを見る。
その横でリゼットは、静かに俺のフォークの動きを見つめていた。
ひとくち。温かさと優しい味が口いっぱいに広がる。
「……うまい」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。前に食べたときより、さらに腕を上げたな」
「やったぁ……!」
エマが両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
「エマさんのお料理、本当に素晴らしいですね」
「そ、そんな……リゼットさんには敵わないですよ」
「いいえ。私には真似できない『素直さ』があります」
よく分からないが、料理をする人にしか分からない何かがあるようだ。
「……シン様は、素直な方が好きなのですね」
「へ?」
「いえ。独り言です」
独り言にしては、はっきり聞こえたのだが。
空気は冷たいが陽は高く、雲ひとつない。
この世界にも年末の忙しさというものはあるが、故郷に比べると微々たるもので、道中はのどかだった。
「一件目は、いつもの村の雪かきの手伝いだな」
「いつもの……というのは?」
「かれこれ三年目になるかな」
ギルド設立のため、資金集めの一環で依頼を受けたのがきっかけだ。
「俺を気に入ってくれたみたいでな。安全な仕事のリピート客はありがたい」
「募集条件に『シンという名前の方』と書いてあるのに納得しました」
「……そんなのあったっけ?」
「はい。その部分だけ、文字が三割増しで丁寧でした」
そこまで買ってくれているなら、俺のギルドに直接依頼を出してくれてもいいものだが。
……と思っていたが、それもそのはず。まだ立ち上げたことを伝えていなかった。
わざわざ依頼を探しに行く手間が省けるし、ちゃんと覚えておこう。
そんな話をしているうちに、目的の村が見えてくる。
小さな畑と、こじんまりした木造の家々。
煙突から上がる白い煙が、冬の空にゆっくり溶けていく。
「シーンさーん!」
村の入り口に差し掛かると、甲高い声が飛んできた。
くるりと回るように駆け寄ってきたのは、薄い茶髪を三つ編みにした村娘――ユウだ。
「よかった、本当に来てくれたんですね!」
「ああ、約束したからな。元気そうで何よりだよ」
「もちろん元気です! シンさんに助けてもらってから、ずっと!」
頬を真っ赤にしながら、エマがぐいっと距離を詰めてくる。
前に野良犬に追いかけられているのを追い払っただけだが、妙に懐かれているのだ。
若者の元気いっぱいな笑顔に正面から来られると対応に困ってしまう。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ギルド《白灯》所属、リゼットと申します」
リゼットはいつもの完璧な一礼を決めた。
「あっ、よろしくお願いします! すごく綺麗なメイドさん……どんな家事もこなしてくれそうですね!」
「光栄です」
そうなんですけどね、家事どころか戦闘まで完璧なんですよ。
ユウに褒められたリゼットの口元は微笑んでいるが、琥珀の瞳は一瞬だけ、エマと俺の距離を測るように細められた。
「シンさん、こっちです! 手伝ってほしいの、家の裏なんですよ」
「お、おぉ」
エマに袖をつかまれて、そのまま引っぱられる。
リゼットは半歩下がった位置を、ぴたりと付いてきた。
家の裏には、腰の高さまで積もった雪がどっさりと残っていた。
道を塞いでいて、このままだと井戸に行きづらいだろう。
「ここを全部どかしたいんですけど、お父さんが腰を痛めちゃって」
「あぁ、去年もそんな感じだったな……。よし、ちゃっちゃと片付けるか」
俺は《流星》――ではなくスコップを手に取る。
これも魔道具の一種で、固まった雪がサクサク切れる優れもの。
「シンさん、やっぱり頼りになりますね……!」
「まぁ、俺じゃなくて魔道具がすごいんだけどな」
エマは横で雪を運びながら、何度もちらちらとこちらを見てくる。
目が合うたびに、ふいっと逸らして、またすぐに見てくる。
「エマさん。そちらは私が運びますので、足元にお気を付けください」
柔らかい声で、リゼットがそっと間に割り込んでくる。
エマが抱えた雪の入った桶を自然な動作で奪い取った。
「わ、ありがとうございます!」
「いえ。滑って転倒されると危険ですので」
そんな調子で、三人で黙々と雪かきを続けること一時間。
道はすっかりきれいになり、井戸や倉庫への通路も確保できた。
「すごい……! こんなに早く終わるなんて!」
「魔道具様様だな」
「いえ、シンさん様様ですよ!」
さんなのか様なのか。
エマが嬉しそうに笑って、俺の腕にしがみついてきた。
「エマさん」
「は、はいっ?」
リゼットの声色が、ほんの少しだけ低くなった気がした。
「シン様は、まだ本日二件の依頼を控えていらっしゃいます」
「そ、そうなんですね……」
「残念ながら、腕をお借りしたい方がたくさんいるのです」
「……っ」
エマがちょっとだけ赤くなって、慌てて俺から手を離した。
別に、そんなに急いでいないんだけどな。
イーリスと違って一時間も二時間もくっつかれるわけでもないだろうし。
「えーと、シンさん」
「ん?」
「もし、お時間ある時で良いので……また、うちに寄ってくれませんか? 前に助けてもらったときのお礼、ちゃんとしたいから」
「ちゃんとしたお礼?」
「はい。晩ご飯とか、色々……その……」
「そうさせてもらうよ。今日か、今日がダメでも今年中には」
「やった!」
エマがぱあっと顔を輝かせた。
「晩ご飯、ですか」
「前にも一度、ご馳走になってな。ユウの料理は美味いんだよ」
「……そうでしたか」
ほんの一瞬、リゼットの笑みが紙のように薄くなった気がした。
二件目、三件目の依頼は、隣村への荷物運びと、森の周辺に出る小型モンスターの掃除だった。
どちらも難易度は高くない。
荷物運びは道中にある橋の氷を砕きながら慎重に進み、モンスター掃除はリゼットが秒で殲滅してくれた。
「お疲れ様でございます、シン様」
「いや、お疲れ様はそっちだろ。俺なんて見てただけだ」
「シン様が安全圏から指示を出してくださっていたおかげです。とても助かりました」
動きが早過ぎて転けてしまわないか心配になって、「あ、そこに大きい石が落ちてるぞ!」しか言ってないけどな。
だとしても、丁寧に言われると悪い気はしない。
「……よし、これで三件。まだ日も落ちきってないし、寄っていくくらいは――」
「ユウさんのお宅ですね」
俺の心を読んだかのように、リゼットが言葉を重ねた。
「約束したからな」
「そうですね」
ほとんど差はないが、普段よりも声が尖っている気がする。
「……嫌か?」
「何がでしょう」
「その、俺が村の子と仲良くしてるの」
「いいえ。嫌ではありません」
「本当か?」
「はい。シン様が誰かに感謝され、笑顔を向けられているのを見るのは、とても嬉しいことですから」
言葉は澱みなく、嘘には聞こえない。
けれど、その琥珀色の瞳の奥で、何か別のものが静かに揺れているようだ。
「……ただ、シン様のお名前を呼んでいい回数に、上限を設けた方が良いのかもしれないとは考えております」
「クレカかなんかなの?」
毎月何日に更新されるんだろうな。
「晩ご飯をいただくだけなら、私もご一緒しても問題ないですよね?」
「まぁ、そうだな。ユウも断らないだろうし」
リゼットは満足そうに頷いた。
いつものように整った横顔だが、ほんの少しだけ怖かった。
村に戻ると、ユウの家の煙突から湯気があがっていた。
「シンさーん! 来てくれたんですね!」
扉を開けるなり飛び出してきたユウは、昼間以上に嬉しそうだ。
エプロン姿。袖をまくっていて、頬には小麦粉がついている。
「こっちこっち、もうすぐ出来ますから!」
「お、おう。お邪魔するな」
「リゼットさんも、どうぞ!」
エマはリゼットにもにこにこと笑いかける。
敵意も打算もない、まっすぐな笑顔だ。
「お招きいただき、ありがとうございます」
リゼットは柔らかく会釈を返した。
その目が台所と食卓、そして俺の位置関係を測るように動く。
「……よろしければ、お手伝いいたしましょうか」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろんです。シン様にお出しするお料理ですから」
その一言で、なぜかエマが顔を赤くした。
俺はやる事もなく、くつろいでいるユウのご両親と話している事にした。
どちらも人がよく、俺を息子のように可愛がってくれる。
台所からは、煮込み料理のいい匂いが漂ってくる。
リゼットとエマの声が、鍋の音と一緒に聞こえてきた。
「シンさんって、こういう味が好きなんですか?」
「そうですね。塩加減はもう少し……はい、そのくらいが」
「わぁ、本当に何でも知ってるんですね」
「当然です。シン様専属のメイドなので。知らないことなどございません」
溢れ出る自信に戦慄していると、頃合いとばかりにユウのご両親が寝室に下がっていく。
みんなで食べれば良いのにな。
しばらくして、食卓に並べられた料理は、見た目からして豪華だった。
村の素朴な材料ばかりなのに盛り付けや組み合わせがきれいで、思わず唾を飲み込む。
「いただきます」
「ど、どうぞ!」
エマが緊張した面持ちでこちらを見る。
その横でリゼットは、静かに俺のフォークの動きを見つめていた。
ひとくち。温かさと優しい味が口いっぱいに広がる。
「……うまい」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。前に食べたときより、さらに腕を上げたな」
「やったぁ……!」
エマが両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
「エマさんのお料理、本当に素晴らしいですね」
「そ、そんな……リゼットさんには敵わないですよ」
「いいえ。私には真似できない『素直さ』があります」
よく分からないが、料理をする人にしか分からない何かがあるようだ。
「……シン様は、素直な方が好きなのですね」
「へ?」
「いえ。独り言です」
独り言にしては、はっきり聞こえたのだが。
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