趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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準備したくなさすぎる2

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 一通りの買い物が終わり、袋を抱えた俺たちは、通りの端にある広場で小休憩を取ることにした。
 リゼットはベンチに腰かけてポーションの栄養成分をノートに書き写しているし、ラグナルは噴水の横で筋トレを始めていた。あれは休憩ではない。修行だ。
 セラはというと――。

「……ねぇマスター」

 俺の隣に座りながら、珍しくおとなしい声で呼びかけてきた。

「今回の依頼、絶対に成功させたいんだ」
「……まあ、できれば俺もそうしたいけど。というか、失敗したら全額返金だしな」

 一文無しになって、リゼットのヒモENDだ。

「ち、違うの。そういうのじゃなくて……その、私まだ、マスターのために何もできてないから」

 セラは両膝の上に手を置いて、目線を落としたまま続けた。

「あのときマスターに助けてもらったから、今も私は生きてるの。剣の持ち方を教えてもらって、自分で強くなるって決めて、ここまできたけど……」

 赤い瞳がこちらを見上げる。

「それでも、マスターの前だと、なんか空回りしちゃって。つい変なこと言ったり、ドジったり……すっごくカッコ悪い」
「まぁ……否定はできないな」
「ひどい!」

 すぐにツッコんできたあたり、まだ元気はあるらしい。

「でも、マスターが団長って知ったとき、ほんとにうれしかったんだよ。『あの人、やっぱりただ者じゃなかった!』って。私、まずはマスターの隣に立ちたいの」

 今も隣にいるじゃないか、そう言おうと思ったが、口に出さない方がいいのは俺にもわかる。
 考えている間にセラの思考に区切りがついたのか、顔に力強さが戻ってきていた。

「だから、今回の依頼は絶対に成功させたい。マスターの役に立って、ちゃんと、私がいてよかったって思ってもらえるようにしたいの!」

 その言葉はまっすぐで、嘘がない。

「セラ」
「……うん?」
「ありがとう」
 
 セラの顔が一瞬で真っ赤になる。

「~~~っ! マスター、不意打ちすぎ……!」

 ぶんぶんと顔を背けながら手を振るセラ。
 その様子があまりに必死で、思わず笑ってしまう。
 そのとき――。

「シン団長ッ! 水分補給はお済みですかッ!? 私は立て五百回目に入りますッ!」

 ラグナルの雄叫びが響く。
 休憩とは何なのか分からなくなってきた。

「次は、私が一番にマスターの役に立つからね。絶対だから」

 少しだけ膨れっ面で、でも力強く笑ってみせたセラに、俺は頷くしかなかった。

 依頼の準備を終えた俺たちは解散し、夜を迎えた。
 明日は依頼か……そんな憂鬱から目を背けて眠ろうとするも、どうにも気になって寝れない。
 こういう時は、一度起きた方がかえって睡眠に近づけるものだ。
 気分転換のために、ギルドのラウンジに足を運んだ。
 ひんやりした空気の中、紅茶の香りが微かに漂ってくる。

「……リゼット?」

 小さな丸テーブルの向こう、ロウソクの明かりに照らされた彼女が、俺の方へと静かに微笑んだ。

「シン様、今日もお疲れ様でした」
「……いまからティータイムか?」

 深夜に一人で?
 というか、なんで彼女はここにいるんだろう。
 リゼットにも自分の家があるはずなのだが、どういうわけか、高確率でギルドにいる。
 備え付けの寝室に泊まっているのかと思っていたが、いつ覗いてもシーツに皺ひとつない。
 そもそも、ギルドメンバーには夜中の滞在を許していないんだが、怖いから触れられない。

「シン様が眠れていないのではと思い、紅茶を淹れて待機しておりました」
「……俺が来るのを?」
「はい。こちら、シン様のお好きなブレンドです。少し甘めにしてありますよ」

 リゼットはカップを差し出してきた。
 受け取ってイスに腰を下ろすと、ほんのりと香るバニラとハーブ。
 なんで覚えてるんだよ

「大切な人のことを記憶するのは、当然のことでしょう?」

 さらっと言われて、ドキッとした。
 俺は口に出していないのに、全て見抜かれているようだ。
 
(大切な人、ね……)

 この子にとって「大切」の定義って、一般基準で言う「まぁまぁ好き」じゃない気がする。
 命に替えても守るレベルの全振りなのではないか。

「……少しだけ、お隣、よろしいでしょうか?」

 リゼットはもう一つのカップを持ち、自分用の椅子を引いて隣に座るが――近い。
 上司と部下ではなく、恋人の距離感だ。

「なにか、聞きたいことでもあるの?」
「いえ、なにも。シン様の考えることは分かりますから」

 なら、それに対して俺がどう感じるかも分かるね。

「ただ……私も構ってほしくなりまして」

 囁くような声だった。
 リゼットの声音にはいつも落ち着きがあるけれど、今はそれが少しだけ柔らかく、熱を帯びているように思えた。
 彼女は椅子の端ではなく、ほとんど腕が触れ合う距離に腰を下ろしている。
 紅茶の香りに混じって、リゼット自身の匂いがかすかに届いた。清潔な石鹸の香り。かすかに花の香り。
 リゼットは俺のカップに手を伸ばし、そっと持ち上げた。
 口元に運ばれるかと思いきや――そのまま自分でひと口、味見するように飲む。

「ふふ……ちょうどいい温度」
「……俺用のじゃなかったのか、それ」
「はい。でも、同じものを飲めば、シン様をもっと近く感じられる気がしまして」

 彼女はそう言って見つめてくる。

「前から思ってたけど、リゼットって随分と俺に甘いよな」

 軍資金の件といい今といい、甘やかされまくってる気がする。

「ええ。甘いの、好きでしょう?」

 彼女は肯定し、両腕を組む。
 それによって大きな胸が強調され、思わず目を逸らした。

「たとえば……」

 リゼットは小さな布包みをテーブルに置く。
 中から出てきたのは、バターと砂糖で軽く焼かれた、丸くて素朴な焼き菓子だった。

「シン様のお口に合えば、嬉しいです」
「これも自分で?」
「もちろんです。構ってほしいときは、準備も万全でなければ」

 恥ずかしがる素振りも見せない。
 けれどその目は、ほんの少しだけ潤んでいた。
 俺は焼き菓子に手を伸ばした。
 
「どうでしょうか?」
「……うん。うまいよ。ちゃんと甘い」

 するとリゼットは、まるでご褒美でももらったかのように、小さく、静かに微笑んだ。

「よかった……シン様のお口に合って」

 彼女が紅茶を口に運んだ。
 俺の飲んでいたカップと、全く同じ香り。
 それを置いたリゼットが、そっと身体を寄せてきた。

「……ほんの少しだけ、寄りかかってもいいですか?」

 彼女は問いながらも、すでに身を預けているような体勢だった。
 ためらいがちに見えるけれど、拒否されたときのための逃げ道は用意していない。

「……好きにしていいよ」

 その言葉を聞いた瞬間、リゼットはふっと息を吐いて、俺の肩に頭をあずけてきた。

「シン様の肩、あたたかいです」
「実は俺、生きてるんだ」

 俺の冗談に、リゼットは静かに笑った。

「私……たぶん、少し我儘なんです」
「どうして?」
「シン様に尽くすだけじゃなく、独り占めしたくなってしまうから。あなたの笑顔も、声も、言葉も……全部、私だけのものにしたいです」

 胸の奥が微かにざわついた。

「ですが、ちゃんと分かっています。最優先なのはシン様です」

 そのくせ、リゼットは俺の手をそっと包み込むように握ってきた。
 優しくて、丁寧で、でも逃がさないと言わんばかりの静かな力強さで。

「私……ずっとこの手を取るために生きてきた気がするんです。シン様が望むのなら、私の全てをさしあげます。剣も、知識も、時間も――命も」

 言葉ひとつひとつが、静かな夜に溶け切らないほど重い。
 だが、今のリゼットの言葉からは、不思議と危険を感じない。

「これから時間をかけて、私を知ってくださいね?」
「あ、あぁ……」

 ひとまず頷く。

「機会があれば、シン様の嗜好を満たすお手伝いもさせていただきますから」

 その一言に、思わず喉が鳴った。

「……嗜好って、どういう意味で言ってる?」

 俺の問いに、リゼットはほんの少しだけ、いたずらっぽく微笑んでみせる。

「どんな意味に聞こえましたか?」

 まさか、バレてるのか?
 いや、そんなはずはない。
 リゼットはにっこりと、いつもの涼しげな微笑を浮かべている。
 
「こ、今夜は甘えさせてもらおうかなー」

 動揺をごまかすように、俺はリゼットの腰に手を回す。

「はい。喜んで。お好きなだけどうぞ」

 リゼットは穏やかに応じる。
 心のどこかでひっかかる疑念を、紅茶とともに流し込んだ。
 
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