趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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エンベル村

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「ついに……この日が来てしまった……」

 沈んでいた日が昇っただけ。
 俺自身は寝て起きただけだというのに、早くも身体が重い。
 それもそのはず、俺たちは今、件のギルド依頼のためにフェルナスを出たところだ。

「空気が美味しいですね、団長ッ! あなたの輝かしい未来が手に取るように分かりますッ!」

 そう叫んだのはもちろんラグナル。
 朝日を全身で浴び、銀色の鎧がピカピカと光っている。眩しい。声もでかい。

「ラグナル、今日も元気だね」

 皮肉だ。
 
「気合いの量です!」

 皮肉です。ラグナルがハイテンションなのは想定内だが、今回はリゼットもいつも以上に整っている。
 服装の乱れひとつないどころか、何やら香りまで違う気がする。
 戦場というより、舞踏会に向かうような気迫すらある。

「シン様。体調は万全ですか? 胃の動きに異常はありませんか? 昨晩お出しした紅茶は、胃腸にも優しい配合になっておりますが」

 俺の胃の動きを把握しようとしないでください。

「マスター、見て! この依頼、もらえる額が相場より全然上だよ! ふふんっ、これは絶対にやり遂げなきゃ!」

 セラも元気いっぱい。長い髪をポニーテールに結び、肩に剣を担いでぴょこぴょこと跳ねるように歩いている。

「そうだね……」

 気が乗らない。
 これから向かうのは、「近隣で確認された魔獣の情報を手に入れる」という探索型の大型依頼だ。
 討伐ではない。まだ姿すら掴めていない。
 つまり、何が起きるか分からないということ。
 無事に終わるといいんだが……。

 俺たちが最初に向かったのは、魔獣が目撃されたという森の近くにある小さな村――エンベル村だ。
 フェルナスから半日ほど歩いたところにある、人口三百にも満たない田舎の集落。
 俺たちが村の入り口に足を踏み入れると、すぐにわかった。空気が重い。

「……静かすぎるね」

 セラがぽつりとつぶやく。
 確かに人の気配が薄い。
 家々の扉は閉ざされ、開いているのは風に揺れる洗濯物と、壊れかけた納屋くらい。

「出迎えもなし、ですね」

 リゼットが言うとおり、事前に依頼を受けたことは村側に通知済みのはずだ。
 なのに、人の姿が見えない。

「ここ、村だよね? 廃村じゃないよね……?」

 セラの不安はもっともだ。
 ラグナルですら、空気を読んでいるのか口を開かない。
 だが、村の中心にある小さな教会の前まで進んだところで――。

「……あ、あなた方が、フェルナスからの……?」

 一人の老婆が姿を見せた。
 腰を曲げ、震える手で杖をつきながら、こちらへ歩み寄ってくる。

「すみませんな……こんな寂れた村に来ていただいて……。もう、どうしていいか分からなくて」
「詳しく話を聞かせてもらえますか?」

 リゼットが前に出て声をかけると、老婆は小さく頷き、俺たちを教会の中へと招き入れた。
 中には、数人の村人が集まっていた。
 子どもは一人もいない。老人と、疲れ切った顔の大人ばかり。
 教会の中は薄暗く、石壁の隙間から差し込む光が細く床を照らしている。
 祭壇の近くには老人たちが数人集まっていて、俺たちが落ち着いたのを察すると、中心の老婆がゆっくりと口を開いた。

「……あれが聞こえ始めたのは、十日ほど前だったかのう」
「あれって?」

 セラが身を乗り出すと、老婆は窓の外に目を向けた。
 遠くには、霧のかかった森の影が見える。

「魔獣の遠吠え……獣とは違う、もっと重くて、冷たい、耳に残る声。夜になると、森の奥から響いてくるのです」

 リゼットが腕を組む。

「この村は、魔獣の通り道になっているのですか?」

「いえ、以前はなかったのです。魔物はたまに現れても、こんなことは……。けれど最近では、畑の獣除けが食い破られていたり、飼い犬が消えたり。夜になると不気味な雰囲気が漂いまして……」
「それで、王都に救援を?」

 老婆は肩を落とす。

「ええ、三度手紙を出しましたが……昨日、あなた方の助力をいただけるという手紙をいただいた以外は、返事も来ませんでした。こんな小さな村に構ってはくれないのでしょう……」

 いや、実際には対応してくれているのだ。
 送った人員が戻ってこず、向こうからしてもどうして良いのか分からないのだろう。
 そして、手紙が届く早さからして――ノランさんはギルドに来るよりも前に手紙を出していた可能性が高い。
 最初から、俺が依頼を断れないと分かっていたんだ。

「それで、今までに大きな被害は?」

 リゼットの問いに、老婆の顔が曇った。

「……昨晩の、手紙が届く前のことです。若い兄妹がおりまして、心優しい、しっかり者の子らでして。わたしたちの不安を払おうと、森へ様子を見に行ってしまったのです」
「二人で?」
「はい、二人一緒に。兄は剣が使えて、妹も多少の魔法を……。でも、もう昼過ぎなのに、まだ戻らない。森に行くのはこれが初めてではないのです。……こんなに帰ってこないことはなかった」

 老婆の手が震える。

「どうか、あの子たちを……連れ戻してやってはもらえないでしょうか。命だけでも……」

 教会の中に、沈黙が落ちる。
 俺は、ふと背後に気配を感じて振り返った。
 ラグナルが、真剣な顔で頷いていた。
 セラも、ぎゅっと拳を握っている。
 リゼットは、すでに作戦を考えていそうな目で窓の外を見ていた。
 そりゃあそうだ。俺ですら、この婆さんの言葉を無碍にしようと思えない。
 
「分かりました、俺たちが行きます。森の中に何がいるのか確かめて――兄妹も、探してみます」

 老婆は、静かに、何度も頭を下げた。
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