趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚

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二つのスキル

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 シンが転生した世界のシステムは雑多である。
 一つの法則に則っているわけではなく、多くの「約束」が混在している。
 たとえば、その一つが能力だった。それはスキルと呼ぶこともできる。
 リゼットのように、固有のスキルを持っていないものの、地獄のような鍛錬に想いを乗せた末に「個」を身につけた者もいれば、シンが相対する男のように「肉体強化」のスキルを伸ばし、魔術師のフリをして油断を誘いながら戦う者もいる。
 では、転生者であるシンにはどんなスキルがあるのか?
 彼は転生に際して、二つの能力を手に入れた。
 一つ目は、シンも認識していないパッシブスキル。彼が大きなダメージを受けても簡単に死ぬことはなく、危機的状況に助けが現れる「生存」のスキル。
 そして二つ目が、シンが生死の境を彷徨うほどの窮地に陥った時に発動する「生存」のスキル。脳のリミッターが一時的に解除され――通常時を大幅に超える力を発揮する。

「――なにッ!?」

 浅い。だが、自らの身体から流れ出る赤い血を目に、男の顔に驚愕の二文字が現れる。
 思わず退いてしまった一歩を埋めるかのように、シンが連撃を加えていく。

「はぁぁぁぁぁぁあぁぁあッ!」

 もはや異様としか言いようがなかった。攻撃が止まらない。
 明らかに死にかけているシン。攻撃と共に血液を撒き散らす彼の動きが、どんどん洗練されてきている。
 成長などしないはずの刃、その鋭さが増しているようにすら思える。

「な、なんなんだお前はッ!」

 焦りが男の闘志を呼び覚ます。
 斬撃を身に受けつつも、男は強烈なボディブローを放つ。
 斜め下から打ち上げるような軌跡。
 圧倒的なフィジカルから発射されたそれは、シンの身体を的確に捉えた。
 しかし――。

「――読めてるよッ!」

 シンは自ら斜めに跳んでダメージを減らし、さらに攻撃すらも回転の推進力に変える。
 限界を超えた身体能力。
 今のシンの強さは、SSランクすら遥かに引き離す――ことはないが、Aランクに匹敵している!
 回転の勢いをそのまま腕に乗せ、重力と速度を刃に込める。
 剣が――振り下ろされる。

「ぐああああッッ!」

 短剣が男の肩を裂いた。肉が切れる。血が噴き出す。

「っは……ようやく、まともに当たったな……!」

 地に着地したシンの脚が、ぐらりと揺れる。
 だが、倒れない。
 呪いの痛みがまた走ったが、それすらも震える笑いで上書きしていく。

「この、死に損ないが……ッ!」

 怒声と共に男の拳が振るわれる。
 だが、もはや動きにキレがない。
 冷静さを失った拳は焦りの塊に過ぎない。
 拳がシンの肩を抉る。シンはそのまま踏み込んで、至近距離から男の腹に短剣を突き刺した。

「ぐっ……! な、ぜ……なぜ動ける……!」

 苦悶の中で、男がうわ言のように呟く。
 シンの顔に、血と汗と、笑みが浮かんでいた。
 そして最後の一撃――渾身の跳躍から、男の胸元へ剣を叩き込む。

「が、あ……っ……」

 今度こそ、芯を捉えた。男の身体が大きく仰け反る。
 目の奥にあった愉悦が、ゆっくりと消えていく。
 そのまま、膝をつき――そして、崩れ落ちた。
 シンの全身から血が滴る。
 その場で倒れてもおかしくない。
 本来ならとっくに死んでいる。けれど、まだ生きていた。

「……倒せた、のか……」

 シンの呟きは、風にさらわれるように小さかった。
 なんとか立ってはいるが――それは己の意思ではなく、崩れることすらできないほどに筋肉が強ばっていただけだった。
 その足元には、赤黒く染まった血溜まりが広がっていた。
 重い呼吸が喉を焦がし、焼けた肺が空気を拒む。
 その静寂を裂くように足音が近づく。

「シン様ッ!」

 真っ先に駆けつけてきたのはリゼットだった。
 銀の髪が夜の月光を受けて煌めき、その表情には、いつになく強い焦りが浮かんでいた。
 戦闘を終えたばかりのメイド服には斬り裂かれた痕があるものの、彼女に怪我はない。
 それは、魔物との戦いに完全な勝利を収めた証だった。

「シン様、遅れてしまい申し訳ございません。今……今、治しますので……!」

 彼女はシンの前で膝をつくと、すぐさま両手を掲げ、詠唱を開始する。

「――ヒーリア」

 淡い金色の光が、リゼットの掌から溢れる。
 それはまるで朝焼けのように柔らかく、シンの全身を包み込んだ。
 傷口が少しずつ塞がり始める。
 シンはぼんやりと手を上げ、彼女の手首をそっと掴んだ。

「――ッ! 痛みますか!? 無理を……!」

 リゼットが動揺する。
 彼女の額には滅多に見せない汗が浮かび、感情のにじむ声色が、周囲の空気にまで緊張を走らせた。

「……ほどほどで頼む……治りかけも……いいん、だ……」

 シンの口角が、わずかに吊り上がった。
 苦笑とも呼べない表情にリゼットは目を見開いたが、すぐに困ったような溜息を吐き、ゆっくりと頷く。

「……ほんとうに……どうしようもない方です」
 
 そこへ、様子をうかがっていた仲間たちが姿を見せた。

「マスター……良かった……」
 
 セラの目には涙が溜まっていて、肩で息をしながら必死に言葉を探しているようだった。

「よかった……ほんとに、ほんとに……生きてて……!」

 彼女はしゃがみ込むと、ぐしぐしと袖で涙を拭いながら、シンの手を握った。

「……私、また役に立てなくて……ごめんねっ……」
 
 シンの手は冷えた血で濡れていたが、それでも彼女は手を離さなかった。

「団長ォ……!」

 ラグナルは、呪いを跳ね除けて一人で戦い抜いたシンに思わず片膝をつき、天を仰いで大きく息をつく。

「よくぞ……よくぞ耐えてくださった……ッ!」

 重々しい声が、広場に響く。
 彼の拳は硬く握られていたが、それは怒りではなく、主の命が繋がっていたことへの安堵だった。
 そして最後に、兄妹が姿を現す。

「……シンさん、あの……」

 イーリスが、まだふらつくレオンの肩を支えながら歩いてきた。
 レオンの顔には疲労が滲んでいたが、その目はまっすぐシンを見据えていた。

「……なんて、なんてお礼を言えばいいか……」

 レオンが言った。
 その声は震えていた。怒りでも悔しさでもなく――ただ、言葉にできない重たい感情の滲んだ、まっすぐな震えだった。

「……あ、あぁ……その、結果的に助けたというか……気にしなくていいんだよ」

 シンはそう言って、かすかに笑った。
 それを聞いて、イーリスが泣きそうな顔で頭を下げる。
 広場にはようやく、風の音だけが戻ってきていた。
 しかし、まだ夜は明けない。
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