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9 よき旅路を
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国は宰相家のものになり、俺は決まっていた婚約者ではなく、宰相家の姫、つまり弟の元婚約者との婚姻が決まった。
弟の恋人だった女が食い荒らした王家にまともな人間はいなくなり、兄は病を得て静養という名の生涯監禁が決まった。
俺がいなくなったあと、兄と弟で女の取り合いが起き、弟は死んだ。
女は兄の愛人に収まろうとしたが、兄の妻である王太子妃が許さなかった。
兄の二人目の子を妊娠中でありながら女の悪徳を兄に訴えたが、兄から暴力を受けて子を流してしまった。
王太子妃は他国の王族の姫君だったから、国際問題になった。
そんなことにも思い至ることができなくなったのだ、産まれながらにして王になる教育を受けていた、あの兄が。
兄を誑かした女は処刑され、めちゃくちゃになった王家は宰相の采配で立て直されることになる。
それが、俺と宰相の姫との結婚だった。
全ては宰相が作った筋書きかもしれない。
俺はその掌の上で踊らされた……。
以前の俺ならば、こうなったとしても王になるのは自分なのだから、権力など取り返せばいいと息巻いただろう。
だが、いまは……穏やかだった数ヶ月の記憶がある。
国など宰相に明け渡して、あの辺境の小さな屋敷で身体の弱い主人の世話をして過ごすのもいいと……思い始めていた。
妻となる女性は美しく教養豊かな女性だ。
文句などあろうはずもないのに、脳裏に浮かぶのは瘦せぎすの少年ばかりだ。
別れ際に「よい旅路を」という言葉を求められたことに、心臓を撃ち抜かれた。
二度と会えない、二度とあの時間は過ごせないのだと思い知らされて、幼子のように抵抗してしまった。
「僕に聞いてほしいの?」
きょとんとした顔は初めて見るものだった。
そうだと答えると、表情の乏しい顔に、明らかな笑みを浮かべたから耐えられなかった。
必ず会いに来る。だからそれまで生きてほしい。
何歳になっても迎えに来るから、そんな思いだった。
それがどれだけ傲慢で一方的な感情かなんて、その時の俺にはやはりわかっていなかった。
結婚前に時間をひねり出して、あの小さな屋敷に向かった。
屋敷には白い布が翻っていた。
あれは、喪中を表す布だ。
「あなた様が出発されてすぐに熱が下がらなくなり、そのまま」
遺体は親元に返されて、屋敷には彼のものはほとんど残っていないのだと告げられた。
そうして、手紙を渡された。
見覚えのある紋章に、傲慢だった幼い自分を思い出す。
中には最期の時を俺が来たことで楽しく過ごせたと、感謝が述べられていた。
もっと前に死ぬ予定だったところに、俺が生きる希望をくれたのだと。
手紙の中には、神の加護と呼ばれる花の小さな造花が入っていた。
手紙の締めに書かれていた言葉に、言えなかった言葉を言う羽目になった。
『よき旅路に出ます』
弟の恋人だった女が食い荒らした王家にまともな人間はいなくなり、兄は病を得て静養という名の生涯監禁が決まった。
俺がいなくなったあと、兄と弟で女の取り合いが起き、弟は死んだ。
女は兄の愛人に収まろうとしたが、兄の妻である王太子妃が許さなかった。
兄の二人目の子を妊娠中でありながら女の悪徳を兄に訴えたが、兄から暴力を受けて子を流してしまった。
王太子妃は他国の王族の姫君だったから、国際問題になった。
そんなことにも思い至ることができなくなったのだ、産まれながらにして王になる教育を受けていた、あの兄が。
兄を誑かした女は処刑され、めちゃくちゃになった王家は宰相の采配で立て直されることになる。
それが、俺と宰相の姫との結婚だった。
全ては宰相が作った筋書きかもしれない。
俺はその掌の上で踊らされた……。
以前の俺ならば、こうなったとしても王になるのは自分なのだから、権力など取り返せばいいと息巻いただろう。
だが、いまは……穏やかだった数ヶ月の記憶がある。
国など宰相に明け渡して、あの辺境の小さな屋敷で身体の弱い主人の世話をして過ごすのもいいと……思い始めていた。
妻となる女性は美しく教養豊かな女性だ。
文句などあろうはずもないのに、脳裏に浮かぶのは瘦せぎすの少年ばかりだ。
別れ際に「よい旅路を」という言葉を求められたことに、心臓を撃ち抜かれた。
二度と会えない、二度とあの時間は過ごせないのだと思い知らされて、幼子のように抵抗してしまった。
「僕に聞いてほしいの?」
きょとんとした顔は初めて見るものだった。
そうだと答えると、表情の乏しい顔に、明らかな笑みを浮かべたから耐えられなかった。
必ず会いに来る。だからそれまで生きてほしい。
何歳になっても迎えに来るから、そんな思いだった。
それがどれだけ傲慢で一方的な感情かなんて、その時の俺にはやはりわかっていなかった。
結婚前に時間をひねり出して、あの小さな屋敷に向かった。
屋敷には白い布が翻っていた。
あれは、喪中を表す布だ。
「あなた様が出発されてすぐに熱が下がらなくなり、そのまま」
遺体は親元に返されて、屋敷には彼のものはほとんど残っていないのだと告げられた。
そうして、手紙を渡された。
見覚えのある紋章に、傲慢だった幼い自分を思い出す。
中には最期の時を俺が来たことで楽しく過ごせたと、感謝が述べられていた。
もっと前に死ぬ予定だったところに、俺が生きる希望をくれたのだと。
手紙の中には、神の加護と呼ばれる花の小さな造花が入っていた。
手紙の締めに書かれていた言葉に、言えなかった言葉を言う羽目になった。
『よき旅路に出ます』
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