守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ

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1章

僕と兄さんの受難 3

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 村に向かった時は短く感じた移動時間が、帰りはやけに長い気がした。それは、車内の重い空気のせいだ。
門を抜けやっと屋敷の車止めに停車した時、心からほっとした。

「兄さん、先に降りるよ!」
「あ、坊ちゃん! 上着は!」

 カミュが呼び止める。重い空気から早く解放されたくて、振り返らずに馬車を降りる。確かに少し寒いが家は目の前だ。ジョナサン兄さんもやっと下車したが足取りが重い。

「兄さん、帰ったのにだらだらしていると怒られるよ」
「ああ……分かっている。オリー、おまえも覚悟しておけよ」
「お二人とも、コートを着ないなら早く屋敷にお入りください」

 カミュにグイグイ押されエントランスホールに入った僕は、瞬時に後悔していた。もっと馬車をゆっくり歩かせればよかった。外にいたほうがよかった……と。
 馬鹿げた現実逃避をするくらい、屋内の殺気はすさまじいものがあった。これがジョナサン兄さんの恐れていたもの。
 父の姿は見えないのに息苦しい。全身鳥肌が立って、本能が危険だと告げている。それに、帰宅を待ち構えていた使用人全員の顔色が悪い。門衛の様子もおかしかったが、やっと理由が分かった。
 屋内に満ちる威圧。全身鳥肌が立つような恐れ……。視察から呼び戻された理由を聞くのが怖くなった。何より驚いているのは、こんなに父を恐ろしいと思ったことはないからだ。

「兄上、ごめん。僕はちょっと甘かった……」

 圧倒的強者の覇気とはこういうものだったのか。謝るとジョナサン兄さんは僕の肩にそっと手を置いた。

「大丈夫だ……これは、わたしたちに向けての怒りではないだろう。多分……」

 ジョナサン兄さんはまるで自分に言い聞かせるように言い、喉仏が大きく動いた。この数日、二人で近隣の視察に行っていたがヘマはしていないはず。
 僕らが出発した後、父は皇帝から呼び出されて急遽首都へ向かったと聞いている。そこで何かあったのだ。

「……大丈夫かな?」

 背後にいる執事のカミュに声をかける。
 彼は四十年以上ベニトア家に仕える忠実な男である。僕も含め、使用人全員が青ざめているのに彼は平気なようだ。むしろ、懐かしむような表情をしている。

「ええ、大丈夫でしょう。坊ちゃんたちにお怒りなら、とっくに殴りに来ておられますよ!」

 にこやかに恐ろしいことを言ってのける。

「うっ……本当?」

 びびっている僕にカミュはうなずく。

「はい。ご安心なさいませ。これはむしろ、出陣前の闘気に似ておりますね」

 闘気と聞いて、ますます困惑してしまった。

「まさか、どこかと戦争するのか……?」

 ジョナサン兄さんも不安そうだ。

「お二人とも、まずは旦那様に帰還のご挨拶に参りましょう」

――そうだね、カミュ。でも、僕らは入りたくないんだ。どうにかして行かずに済む方法を探しているんだって。

 正直に話したら叱られそうだ。

「さぁさぁさぁ!」

 カミュはこちらの躊躇いなど気にせず、後ろから僕とジョナサン兄さんの背中を押した。

「カミュ、私は……」

 僕と同じで入りたくないジョナサン兄さんが、背後のカミュをチラリと見た。

「うん。後で出直してもいいんじゃない?」

 ダメ元で僕もごねてみる。

「後でも先でも何も変わりはありませんよ! 遅れた方がお怒りを買います」

 ど正論をかまされ口をつぐむ。

――やだよ~! 怖すぎるんだけど!

 本気で拒否すればびくともしないが、祖父のように慕っている彼に逆らえない。

「……僕、視察でしくじってないよね」

 右側にいるジョナサン兄さんの袖を引っ張って念を押す。人生で初めて本気でビビっている。鍛練の時は志願していたから、父の厳しい言葉に怯えたりしなかった。でも今は、Uターンして屋敷から逃げたい。

「おまえはちゃんとやっていて問題はなかった。多分、ぶっ飛ばされはしない……」
「多分? ねぇ兄さん、断言してよ!」
「分からんものは分からん!」

 叫んで歯を食いしばって立つジョナサン兄さん。僕は執務室のある二階に行きたくなくて、ソワソワと体を揺らしていた。

「カミュは父上が怖くないのか?」

 振り向いて背後で控えるカミュに声をかけると、きょとんとした顔で僕を見つめた。それからにっこりと微笑む。

「オリヴィン坊ちゃんはお優しいですね。でも問題ありません。戦時中、先代のギシャール様とフレデリク様が無事で帰還するように祈った日々はもっと殺伐としておりました。この気配は懐かしいくらいです」

 実際、カミュは全く恐れを抱いていないようだ。むしろ、うっとりとしているように見える。

――え、この重圧の中でうっとりできる? カミュ、ちょっとおかしいんじゃない?

 そう思ったが口に出すのは我慢した。でも、ジョナサン兄さんも同感らしく呆れている。僕らは思わず吹き出した。

「カミュ、ありがとう」

 場を和ませてくれた礼を言うと、彼は目を丸くしている。

「なぜ礼を……?」
「ふふ、カミュがいてくれて良かったって思ったからだよ」

 勇気をもらえたからだと笑いかけると、カミュの瞳から一筋涙が溢れた。

「あああ……オリヴィン坊ちゃんはこんな爺にもお優しい……。ベニトア領の宝石、いや、全世界の宝でございます!」

 口を覆い嗚咽を抑えている。

――カミュよ、僕を好きすぎるだろ。そんなにいいもんじゃないって。

「美化しすぎ。ねぇ、ジョナ兄さん?」

 隣いるジョナサン兄さんに声をかけると返事がない。見上げると、目を覆って肩を震わせている。

「我が弟は天使のように清らかな心の持ち主だ……兄は誇りに思うぞ……」

――兄さんもかーい!

 この光景はある意味いつものことだ。たいしたことではないのに、毎度大袈裟に感動するのが我が一族である。これを終わらせるには……猛獣の巣穴に飛び込むしかない。

「覚悟を決めて父上のところに行こう!」
「……母上に挨拶してからにしないか?」

 父が怖いのか、まだ引き伸ばそうとしている。

「ちなみに、母上はどこ?」

 僕は近くにいる侍女に聞いた。

「旦那様の執務室にいらっしゃいます」
「だってさ!」

 後回しにした方が怒られるじゃないか。僕はジョナサン兄さんの左腕を引っ張り歩き出す。邪険に振り払えない兄さんは渋々ついてくる。
 威勢よくきたくせに、三階にある執務室の前に着いた時、全身総毛だった状態でドアの前に立ちすくんだ。


◇◇◇

明日からは夜に1話ずつ更新です。
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