守ってあげます、旦那さま!〜筋肉が正義の家系で育った僕が冷徹公爵に嫁ぐことになりました〜

松沢ナツオ

文字の大きさ
2 / 29
1章

僕と兄さんの受難 2

しおりを挟む
「父上のあんなひどい文字、初めて見たよ」
「私もだ。――国王に呼ばれて王都へ行ったのは七日前。ということは王都には一日しか滞在していないことになる」
「うん」

 行ったことはないが、王都レージュヌと僕たちが住むリカマイトは片道三日かかる。だから、タウンハウスで疲れを癒してから帰ってくると思っていた。それなのにとんぼ返りしたから、ジョナサン兄さんもカミュも不安なのだ。

「休息を取らず帰ってくる何か……か。カミュ、おまえは父上との付き合いが長いだろう。想像がつくか?」

 返事がない。カミュは何か考え込んでいるようだ。

「カミュ、どうしたの?」

 僕が膝を軽く叩くとようやく気づき、慌てて姿勢を正した。

「申し訳ございません! 何かご用でしたか」
「いや、父上が感情を乱した理由が想像できるか聞いたんだ」

 ジョナサン兄さんの問いにカミュは眉をひそめた。

「閣下は激怒していらっしゃるのです。戦後、ここまでお怒りになることはありませんでした」
「……そうなの?」

 激怒、か。
父の鍛練で何度も吐いたり泣いたりしたが、至らない僕への叱咤激励であり、激怒されたことはなかった。怖かったが、いつも愛を感じていた。
 でも、ジョナサン兄さんの顔色は一気に悪くなった。

「オリヴィンが生まれる前の父上は、戦争の名残か日常的に凄まじい闘気をまとっておられた。幼かった私は挨拶するだけで震えていた……。これはただ事じゃないぞ」
「ええ、懐かしいですね。オリヴィン様も、戦時中フレデリク様が北部の剣王、氷原の悪鬼と呼ばれ畏怖の対象だったことは学ばれていますよね」

 カミュに聞かれてうなずく。もちろん知っているとも。座学が始まると真っ先に教えられる逸話だ。
 曽祖父の代から始まり、父の代まで続いた戦争があった。当時のアイハレク帝国は領地を拡大するべく、東部にあるピスタナ国に向かって支配地域を広げているところだった。

 ところが、隙をついて戦地と正反対の西部に位置する母の故郷、ナモリス国が戦争を仕掛けてきた。国土の半分が寒冷地だったため、最大の問題が食糧問題だった。帝国の食糧庫と呼ばれる豊穣の土地、ベニトアを欲したというわけだ。
 アイハレク帝国は挟撃される形になり、国土が広いこともあり戦力が分散されてしまった。対ナモリス国の最前線となったベニトア領の当主だった曽祖父は、戦争の矢面に立たされることになる。
三代に渡りお互いの土地を奪い合って血で血を洗うような戦争をしていたそうだ。帝国はその間も周辺地域を手中に収めていったが、当然兵糧も武器も枯渇していく。

 小国だった二国は自分から攻撃を仕掛けてきたものの、長期戦で疲弊した。ピスタナ国は、国境沿いにある真珠の養殖地域を独占したかったが断念し、アイハレク帝国に停戦を提案してきた。もとより壊滅が目的ではなかった前皇帝は、婚姻により関係を強化すること、高い関税がかかるが、ピスタナ国に独占的に輸出することとした。利害の一致での政略結婚は貴族にはよくある話だ。
 関税は高いが、さらに高値で周辺国に輸出すれば元は取れると考えたピスタナ国は、これ以上戦争を続けるよりマシだと妥協した。
 両国が合意し、当時王太子だった現皇帝に嫁いだのが皇后レナーテだ。皇后と呼ばれているが、敵国から嫁いだため長年強い監視下にあったという。貿易の契約も、いまだ彼の国にとって不平等なものだ。
だから、皇后が権力を持つと復讐するのでは……と危険視している貴族は多い。父もその一人だ。

 ピスタナ国が停戦することを知ったナモリス国も婚姻による停戦と同盟を希望し、第三王女だった母の名が上がった。しかし、第二王子まで他国の人間と結婚することに臣下から猛反発にあう。そこで前皇帝は、あえて激戦を繰り広げたベニトア家の長男である父に婚姻を命じた。和平を取り戻した三年後、前皇帝は病死し現在の皇帝が即位したのである。
 詳しくは聞いていないけれど、母は元敵国に一人で放り込まれた。初めて父に会った時、あまりにも巨漢なだけでなく、顔面が怖くて失神したそうだ。 

『だって、どこもかしこも岩みたいにゴツゴツしていて、見上げるほど背が高かったのよ。わたくしの国では会ったことがないタイプの殿方だったから恐ろしくてね。今では世界一ハンサムだと思っているけれど……』

 母は過去を振り返る時、毎回惚気る。正直おなかいっぱいだ。両親は見ている方が恥ずかしくなるほど愛し合っていて、政略結婚でも幸せになれるのだと教えてくれた。
 こんなふうに戦争と我が家の成り立ちについて学んだけれど、父が激怒するという姿はピンとこない。

「筆圧から見るに、感情を抑えようとしておられます。この辺りなど、よく見るとあちこちに穴が開いております」
「ジョナ兄さん、もう一回見せて」

 気を抜いてうっかり愛称で読んでしまった。まぁ、家族しかないので見逃してほしい。ジョナサン兄さんも何も言わずに手紙を貸してくれた。

「あ、本当に穴だらけだ!」

 窓辺で透かすとあちこち穴が開いて光が漏れている。

――握力に耐えられる特注だけど、ペンも壊れたかも。

「オリー……ちょっといいか?」

 隣にいた兄さんが急に肩を引き、まるでぬいぐるみを抱くように僕をギュッと抱きしめた。

「兄さん、どうしたの?」
「あのな……私は怖いんだ……今言ったこと、父上にも母上にも内緒だぞ……」
「も、もちろんだよ」

 小さな声で呟くジョナサン兄さんに困惑しつつも約束する。弱音を聞いたのは初めてだから、僕も抱きしめ返してやる。

「ジョナ兄さんに怖いものなんかあったの?」
「父上はな、本当に本当に、本っ当に怖いんだ……!!」

 兄さんは僕の肩に顔を埋め小刻みに震えている。二人の兄は父から地獄の特訓を受けたから、その時の記憶が戻ってきたのかも。

――僕は期待されていないから厳しくしてもらえないのかな。

 考えると胸の奥がぎゅっと痛くなる。大型犬みたいなジョナサン兄さんの頭を撫でていると、胸の痛みが少し和らぐ気がした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...