今さら戻ってこいと言われても、私なら幸せに暮らしてますのでお構いなく

日々埋没。

文字の大きさ
4 / 25

04

しおりを挟む
「あっ……」

 安心したら腰が抜け、その場に尻もちをついてしまった。

 足がガクガクと震えて一人では立てない。

 ついさっきまで死ぬ意志を固めていたというのにいざこのような目にあうとこれだ。

 結局私は生き恥をさらしながらもまだ生きたいのだろう。

「……大丈夫か? どこか怪我はしてないか」

 しばらく呆けていると優しく声をかけられる。

 例の男性が私を心配して来てくれたのだ。

「い、いえ平気です。どこの誰かは存じませんがありがとうございます」

「気にするな。俺はたまたま現場を通りがかっただけで、あのまま君を見過ごしたら朝の目覚めが悪くなるからそうしたまでだ。……立てるか?」

「ええ、なんとか」

 そう言って男性から差し出された右手を借りて立ち上がり、改めてお礼を述べることにした。

「私はエリシュ――と申します。見ず知らずの私を暴漢の魔の手から助けてくださってありがとうございました」

 危うくルドラーの家名までつい名乗ってしまうところだった。

 私は勘当されたのだ、もうエリシュ・ルドラーではなくただのエリシュでしかないのに。

「……君の身なりを見る限りどこぞの貴族令嬢とお見受けするが、側に従者もいないその様子ではなんらかのトラブルに巻き込まれたのだろう? このような時間に女性を一人で帰らせるわけにもいくまい。俺で良ければ家に送っていこう」

 なんて察しの良い人なのだろう。
 貴人とは到底呼べないこのようなみすぼらしい格好にも関わらず、まさかそこまで見抜かれるとは思わなかった。

「……いいえ、それには及びません。私は本日父に勘当を告げられて実家からも追放されましたので、二度と帰ることはできません。ですから申し訳ないのですが、貴方になにか謝礼をしたくても私個人の力では残念ながら叶わないのです」

「そんなつもりで言ったわけではないのだがな……」

 打算や恩を売るのが目的ではなくこちらを心配し、あくまで紳士としてそう申し出てくれたのは、彼の真面目な色を帯びた瞳を見ればわかる。

 でもこちらの事情が事情なので、それだけは彼に伝えておかなければならなかった。
 そして、これ以上甘えるわけにはいかないことも。

「では私はこれで。あの本当にありがとうございましたわ」

 最後にもう一度お礼を述べてからそそくさとその場を去ろうとすると、「待て」と止められる。

「行くところがないのだろう? もし一人暮らし男の家に抵抗がないのであればウチにくるといい。簡易な雨のしのぎ場所くらいなら用意してやれる。そこまで君の事情を聞いておきながら見捨てるのはこちらとしても夢見が悪いのでな」
 
「ありがたい申し出ではあるのですが、そこまでご厄介になるわけには……」

「気にするな、あくまで俺の勝手な都合だ。それにもちろんタダではない。君に衣食住を定義する代わりにその体で返してもらう」

「か、体で?」

 それってつまり、そういうこと?

「ああ、誤解するな。きちんと君にも出来る範囲で働いてもらうと言う意味だ。もちろん人買いに売るつもりもないから安心してほしい」

 ホッ。どうやら自分の早とちりだったらしい。
 同時にはしたない想像を抱いたことを恥じる。

「そういうことであれば……」

 ただ、正直役に立てる自信はない。
 せめて最低限身の回りのお世話くらいはできるだろうか。

「決まりだな。俺の名はマルクス。よろしく頼む」

「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」

 周囲から溺愛される妹とは対称的にこれまでのすべてを失った私は、こうして新たに彼――マルクスとの運命的な出会いを果たしたのだった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

(完)そんなに妹が大事なの?と彼に言おうとしたら・・・

青空一夏
恋愛
デートのたびに、病弱な妹を優先する彼に文句を言おうとしたけれど・・・

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

処理中です...