愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。

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疑惑

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「アズールサ、貴様がこれまで行った再三の悪事はとうに露見しておるぞ!」

 キッ、と鬼気迫った表情を浮かべて開口一番に怒声を放つのは、公爵令嬢アズールサの幼なじみにして婚約者でもあるマタトニアその人である。
 
「……突然どうなさったのですか殿下、身に覚えのない話をされましても困ります」

 単に両家の都合で決められた相手で当人同士は好意を抱いてはいないとはいえ、仮にも婚約者に向ける顔ではない。
 しかしアズールサは気圧されることなく毅然とした態度で返す。

「しらばっくれてもそうはいかん! ミゼリアが余に泣きながらすべてを告白したぞ、貴様に酷いイジメを受けていたとな!」

「ミゼリア……ああ、彼女ですか」

 アズールサの綺麗なターコイズブルーの瞳に、ある一人の女性が映る。
 恐れ多くも一国の王太子であるマタトニアの影に隠れるようにして付き添っていたのは、隣国の出身だというミゼリア男爵令嬢だ。
 生まれついての褐色の肌に目元の泣きぼくろが特徴的な彼女は、厚い生地で精緻に織られた濃紺のフェイスベールで顔の半分を覆っている。
 隣国に伝わる礼装らしいのだが、顔を半分隠すという神秘性もあいまって得も言われぬ妖艶さを醸し出すのに一役買っていた。
 そんなミゼリアは一見すると怯えたような様子だが、やはりアズールサには彼女にそんな態度を取られるようなことをした覚えはない。

「それでええと私がミゼリアさんに酷いイジメを行ったそうですが、さきほども申し上げたように私にはなにも思い当たる節がないのですが」

 だからこそ当人としてはそう返答をするより他ならないのだが、

「まだ言うか! 本人の談もあるというのに拙い言い逃れをしようなどとは見苦しいぞ、それでも公爵令嬢か!」

 まるで話にならない、とアズールサは内心諦めにも似たため息をつく。
 どうやら既にマタトニアの中ではアズールサが諸悪の根源という前提で一連のストーリーが成り立っているらしく、彼女がなにを弁解しようともそもそも聞く耳を持ち合わせてはいないらしい。

「マタトニア様、どうかこの辺りで湧き上がったお怒りを鎮めてくださいまし。その端整なお顔に憤怒の色は似つかわしくありませんわ。わたくしにもなにか至らぬところがあってアズールサ様もあのようなことをなされたのでしょう」

 頃合いと悟ったのか、件のミゼリアがおずおずと口を挟んだ。そもそもの発端である彼女だが、どうにも芝居がかったような口調である。
 アズールサと決して目を合わせないように伏し目がちにしているが、果たしてフェイスベールの下ではどのような表情を浮かべているのやら。

「おおミゼリアよ、自身に仇なす者まで慮るとはそなたはなんと慈悲深い心の持ち主なのだ。それに引き換え、アズールサはなんと狭量なことか。おおかた彫刻品と見紛うほどに美しいミゼリアの容貌に嫉妬したのだろうが愚かにもほどがある」

「いやですわマタトニア様、わたくしが彫刻品のように美しいだなんて。しがない男爵令嬢であるわたくしなどより、よっぽどアズールサ様の方が見目麗しくありましてよ」

「ははは、そのようなことあるものか。確かに他の貴族たちには美人の令嬢が婚約者で羨ましいと褒めそやされたこともあるが、あんなのはただの世辞だろう。余の両眼にはミゼリアの美麗さしか映らんよ」

「マタトニア様ったら、本当にお上手ですこと。お戯れであっても嬉しさのあまりわたくしもつい本気にしてしまいますわ」

「構わん、余は世辞など言わぬ。なればこそ我が口をついて出た称賛の言葉はすべて嘘偽りのない本心ということだ」

 あの気位が高く傲慢なマタトニアがこうも他人を、それも普段は下に見ている男爵令嬢を臆面の照れもなく褒め称えるとは驚きだ。
 それだけマタトニアがこの女に入れ込んでいるということか。

 一方でアズールサはといえば閉口したまま二人のやりとりをずっと聞いていた。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、

 ――時間の無駄なのに、いつまでこんな茶番を見守っていなければならないのだろう。あー早くおやつ食べたい。今日はドーナツの気分!

 ただそれに尽きた。
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