酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵

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レアスライム

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新たなおつまみ開発のため、ケンイチたちは街の外――小さな森へと足を踏み入れていた。

「やっぱり、こういう素材は自分で探すのが一番だな。香草や木の実、キノコも乾燥させれば良いつまみになる」

「あの、ケンイチさま……前はこの辺りでも、すごく警戒してたじゃないですか」

セラフィーナが微笑む。

「……まぁな。でも今はもう慣れたよ。いろんな土地でモンスターにも会ってきたし...神にも会ったしな。」

実際、時折現れる小型の魔物たちは、ケンイチたちの前に現れた途端に、三姉妹の連携攻撃であっさりと蹴散らされた。

「なんか最近、弱く見えるよね」

「我々が強くなったのだ。訓練と実戦の成果だな」

ベアトリーチェの言葉に皆が頷いたその時――

「……ん? なんだ、あれ」

小さな丘のふもと。
半透明で青白く輝く、ぷるんとした物体がうごめいていた。

「スライム……? でも、なんか違うな」

「まって、それ、ただのスライムじゃない。虹色に……光ってる?」

エスメラルダが目を細めて言う。

「レアスライム、なの!」

フェリシアがぴょんと跳ねる。

「レアスライム? それって……」

「とても珍しくて、体内に特殊性の粘液を持っていて、味や匂いを染み込ませやすいの。お料理でも、調味素材でも使えるって伝説があるの!」

「それ、欲しい!」

ケンイチの声と同時に、皆が動いた。

レアスライムはのんびりと動いていたが、こちらの気配に気づくと、ぽよんと跳ねて逃げ出す。

「逃がすか!」
ベアトリーチェが木を蹴って滑空し、
セラフィーナが封じの魔法を放ち、
エスメラルダが罠を地面に展開。

「よし、今だ!」
ケンイチが手早く準備した小さな木樽を開け、レアスライムを包み込むようにポンッと中へ。

「……捕獲、完了!」

「やったー! これで、なにかすっごいの作れるかも!」

フェリシアが目を輝かせる。

樽の中で、レアスライムはのんびりぷるんと跳ねていた。
魔力も気性も穏やかで、危険性はないようだった。

「持ち帰って、分解じゃなくて、共生……いや、飼育して素材として活かせないかな」

「スライムを“育てて味を染み込ませる”って……面白そうだな」
ケンイチは小さく笑った。

**

その日の帰り道。

ケンイチたちは、大きな木の根元に座り、昼食がてら採れたての野草をかじっていた。

風に揺れる木々の音が、どこか心地よく感じられた。

──────

修道院の作業場。

ケンイチは、静かに木樽の中を覗き込んでいた。

「……やっぱり、このスライム、かなり優秀かもしれない」

中で、レアスライムが穏やかにぷるんと跳ねている。
捕獲から数日。

あれ以来、水分や養分、酒を丁寧に与えてきたところ、色味はさらに透明度を増し、粘度のある体表にはかすかに甘酒のような香りまで漂っていた。

「これ、スライム自身が体内で乳酸菌と酵母を育ててる……もしかして、こいつ、“生きてる発酵槽”なんじゃないか?」

セラフィーナが眉をひそめながら呟いた。

「じゃあ、あのスライムに酒の原料を吸わせたら、発酵させてくれるってこと?」

「そうだな。前はエール式で煮沸してホップを加えて発酵酒聖を使っていたけど、今回はこいつ自身を“発酵スターター”として扱ってみよう」

ケンイチは道具棚を開き、最新の装備を並べ始めた。

・温度調整用の精密魔法石
・分離濾過機
・酸素調整栓付きの特製発酵壺

「じゃ、スライム酒Ver.2、仕込むぞ!」

「はいっ!」



まずは素材選びから。

今回は「もち米」「焙煎麦」「甘草」「乾燥した薬草の花びら」を混合。

「これらを少量ずつスライムに与えると、味が移っていく。…ぷるぷる...味噌みたいな仕組みだな」

「味噌……?」

「いや、故郷の食品の話だ。まぁ、やってみたらわかるって」

スライムに素材を少しずつ与えると、体内の色がほんのりと変化する。

「麦を吸わせたら……うわ、ほんのり甘くて香ばしい匂いが出てきたぞ」

「じゃあ、次は清酒用の香り米を吸わせよう!」

スライムはぷるんと満足そうに跳ね、素材を体内でぐるぐると回し始めた。

こうして数日、素材と発酵を繰り返したスライムの体液を、慎重に抽出・濾過。

濾過装置の中を、淡い金色の液体が通っていく。

「……できた」

琥珀色の液体は、前回よりもはるかに透明度が高く、グラスに注ぐと柑橘のような香りと、奥にかすかに麹の甘さが香る。

「スライム酒、第二世代――誕生だな」

セラフィーナが微笑み、エスメラルダが慎重に口をつけた。

「……これは……なめらかで飲みやすい。でも香りが複雑で、なんだか心が静かになる味です……」

「飲むアロマ……なの!」



さらに――ケンイチはこの酒に合う“肴”にも着手していた。

レアスライムから抽出した粘液のごく一部は、天然のゼラチンに近い構造をしており、旨味を閉じ込める素材としても応用可能だった。

「野草で漬けた乾燥肉に、この粘液をうっすら塗って炙ると……」

「うわ、すごい香り! 甘草とスパイスが閉じ込められてる!」

「ぷるっとしたコーティングがあるから、焦げすぎないんだな」

ベアトリーチェがそれをつまみ、噛みしめる。

「……これは、いい。エールにも清酒にも合うし、主菜にもなる」

「うん、これはもう街“名物”にできるかもしれないね!」

修道院の地下室には、新たな酒とつまみの在庫が、少しずつ蓄えられていった。

「さあ、次はこの酒をどこで披露するか、だな」

ケンイチはグラスを軽く掲げた。

「この世界には、まだまだ新しい味が眠ってる」

静かに乾杯の音が響いた。
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