58 / 63
願い
しおりを挟む
違う日の修道院の夕暮れ。
ケンイチが仕込み終えた酒樽の蓋をそっと閉じたそのとき、入口の扉がギィと開いた。
「おう、今日も良い香りがするな」
ベルガルドが入ってくる。大きな体を少しかがめて、いつものように酒瓶を提げていた。
「今日の新作、飲んでみないか?」
ケンイチが渡した小さな盃を受け取り、ベルガルドは口元を緩めて一口飲む。
「……うむ、悪くない。これで三界のどこにいても楽しめるな」
そのまましばし無言の時間が流れたあと、ベルガルドはぽつりと呟いた。
「……実はな。そろそろ“魔王の座”を降りようと思っている」
酒蔵の空気が一瞬、静まり返った。
「え?」
「戯言だと思って聞いてくれ。俺はな、魔王などという役目は、戦と陰謀と面倒が多すぎる。もう飽きた。余生は――酒を造り、飲み、語らいながら静かに過ごしたいのだ」
「……」
ケンイチは驚きつつも、ベルガルドの眼差しに嘘がないことに気づいた。
「それで……次の魔王は?」
「その話は後で良い。今はただ、酒のことを考えたい」
ベルガルドはそう言って笑った。
その笑みは、魔王とは思えぬほど穏やかで、どこか寂しげだった。
⸻
数日後。
「……なるほど、宴が必要なんですね」
ケンイチは盃を置きながら、半ば呆れたように言った。
魔王ベルガルドの“隠居宣言”から数日後、修道院の一室で関係者たちが集まっていた。
セラフィーナ、三姉妹、ミコ、リディア、アナスタシア、勇者ナオト――そして、本人のベルガルド。
「魔界においては、“宴”は継承の証。次代に力を分け、縁を結び、諸勢力への示しとする。伝統というより――儀礼だな」
ベルガルドは腕を組み、深く頷いた。
「問題は、今回の宴が“人間界”で行われるという点だ」
ミコが顔をしかめながら口を挟む。
「前代未聞です。魔界だけでも混乱するでしょうに……精霊界や人間界の首脳にも呼びかけるのですか?」
「そうだとも」
ベルガルドは当然のように言った。
「我が酒友ケンイチの酒で、三界をもてなす。これ以上の舞台はあるまい」
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
ケンイチが慌てて手を上げた。
「三界って……いや、確かに俺の酒は色んなところで飲まれてるけど!魔界の大儀式を俺に任せるとか、ちょっとスケールが違いすぎないか!?」
「ふふ……でも面白そうだわ」
アナスタシアが微笑み、リディアもにやりと笑う。
「国の威信にかけて、特級の料理人たちを揃えますわ。和平の為にも」
「会場の装飾は任せてください!舞踏会レベルに!」
「三界合同……最高にいい!!絶対映えるわね!」
「いや、勝手に盛り上がるなー!」
ケンイチの叫びは誰の耳にも届かない。
こうして――
魔界・人間界・精霊界をまたぐ、前代未聞の《魔王継承大宴会》の準備が、正式に始まったのであった。
ケンイチが仕込み終えた酒樽の蓋をそっと閉じたそのとき、入口の扉がギィと開いた。
「おう、今日も良い香りがするな」
ベルガルドが入ってくる。大きな体を少しかがめて、いつものように酒瓶を提げていた。
「今日の新作、飲んでみないか?」
ケンイチが渡した小さな盃を受け取り、ベルガルドは口元を緩めて一口飲む。
「……うむ、悪くない。これで三界のどこにいても楽しめるな」
そのまましばし無言の時間が流れたあと、ベルガルドはぽつりと呟いた。
「……実はな。そろそろ“魔王の座”を降りようと思っている」
酒蔵の空気が一瞬、静まり返った。
「え?」
「戯言だと思って聞いてくれ。俺はな、魔王などという役目は、戦と陰謀と面倒が多すぎる。もう飽きた。余生は――酒を造り、飲み、語らいながら静かに過ごしたいのだ」
「……」
ケンイチは驚きつつも、ベルガルドの眼差しに嘘がないことに気づいた。
「それで……次の魔王は?」
「その話は後で良い。今はただ、酒のことを考えたい」
ベルガルドはそう言って笑った。
その笑みは、魔王とは思えぬほど穏やかで、どこか寂しげだった。
⸻
数日後。
「……なるほど、宴が必要なんですね」
ケンイチは盃を置きながら、半ば呆れたように言った。
魔王ベルガルドの“隠居宣言”から数日後、修道院の一室で関係者たちが集まっていた。
セラフィーナ、三姉妹、ミコ、リディア、アナスタシア、勇者ナオト――そして、本人のベルガルド。
「魔界においては、“宴”は継承の証。次代に力を分け、縁を結び、諸勢力への示しとする。伝統というより――儀礼だな」
ベルガルドは腕を組み、深く頷いた。
「問題は、今回の宴が“人間界”で行われるという点だ」
ミコが顔をしかめながら口を挟む。
「前代未聞です。魔界だけでも混乱するでしょうに……精霊界や人間界の首脳にも呼びかけるのですか?」
「そうだとも」
ベルガルドは当然のように言った。
「我が酒友ケンイチの酒で、三界をもてなす。これ以上の舞台はあるまい」
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
ケンイチが慌てて手を上げた。
「三界って……いや、確かに俺の酒は色んなところで飲まれてるけど!魔界の大儀式を俺に任せるとか、ちょっとスケールが違いすぎないか!?」
「ふふ……でも面白そうだわ」
アナスタシアが微笑み、リディアもにやりと笑う。
「国の威信にかけて、特級の料理人たちを揃えますわ。和平の為にも」
「会場の装飾は任せてください!舞踏会レベルに!」
「三界合同……最高にいい!!絶対映えるわね!」
「いや、勝手に盛り上がるなー!」
ケンイチの叫びは誰の耳にも届かない。
こうして――
魔界・人間界・精霊界をまたぐ、前代未聞の《魔王継承大宴会》の準備が、正式に始まったのであった。
29
あなたにおすすめの小説
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
魔法物語 - 倒したモンスターの魔法を習得する加護がチートすぎる件について -
花京院 光
ファンタジー
全ての生命が生まれながらにして持つ魔力。
魔力によって作られる魔法は、日常生活を潤し、モンスターの魔の手から地域を守る。
十五歳の誕生日を迎え、魔術師になる夢を叶えるために、俺は魔法都市を目指して旅に出た。
俺は旅の途中で、「討伐したモンスターの魔法を習得する」という反則的な加護を手に入れた……。
モンスターが巣食う剣と魔法の世界で、チート級の能力に慢心しない主人公が、努力を重ねて魔術師を目指す物語です。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる