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第三章
あれは私の
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カレルと護衛の騎士団員と共に王宮へ参内したユリウスは、お付きの者たちの控えの間にカレルたちを残し、自身は地方官局の役人が集まる一角へと向かった。
途中、行き会う貴族達に道を譲りつつ、待合室に入る。待合室にはテーブルと椅子が置かれ、各地から集まった領主たちが、各々歓談しなが順番を待っていた。
毎年のことながら、この待ち時間がユリウスには苦痛でならない。オーラフ宰相と争って中央を追われたベイエル伯は父だが、ユリウスも同様の目を持って見られる。ユリウスが待合室に入っていくと、一瞬場が静まった。
力を失い、オーラフ宰相に睨まれているベイエル伯に、わざわざ話しかけてくるような輩はいない。遠巻きに視線が注がれる。中にはあからさまに目線が合わないよう、そらしてくる者もいる。下手に誰かのいるテーブルにつくと、自分も周りも気を遣う。
ユリウスは誰もいないテーブルを見つけると、そこに腰を下ろした。
できれば地方官に面会するちょうどの時間に参内して、この待ち時間をなくしたい。毎年長時間待たされるのもうんざりしている。けれど、参内時間は厳密に決められており、遅刻はできない。大まかに地区ごとに分けられたその時間に集まる決まりになっていた。
ユリウスは腕と足を組んで椅子に座ると目を閉じた。
ここから名を呼ばれるまで、ひたすらこの姿勢で待つしかない。ざわめきのように聞こえてくる他の領主たちの世間話を聞くともなしに聞いていた。
希少種の奴隷と聞こえてきて、ユリウスはぴくりと反応した。
「ではそちらにも王宮騎士団が来られましたか。我が領内もですよ。明け方突然来られて、屋敷内を見ていかれました」
「同じです。どうやら北へ向かって逃げていたとの目撃情報があったようですよ。まだ捕まっていないと聞きましたぞ」
「そのようですな。奴隷が逃げ出した夜、王都の住民が目撃し、奴隷狩りも行われたそうですが、捕まらなかったようですな」
「奴隷狩り? なんですか、それは」
「ご存知ないか? 貴族宅などから逃げ出した希少種の奴隷を捕まえると褒賞をもらえるので、王都の住民は希少種の奴隷を見かけたら、捕まえるために周辺住民に呼びかけて狩りを行うのです」
それは、知らなかった。
ユリウスは目を閉じたまま、ほぅと息を吐き出した。
王宮騎士団の追及に、王都の住民による奴隷狩りもかわし、よくルカは北のモント領まで辿り着いた。奇跡に近い。しかも短鞭の傷を負って満身創痍でだ。ルカがよほど上手く追手の目をかわし、逃げてきたということだ。よくぞ辿り着いたと、今すぐにも褒めてやりたい気分だった。
「モント領主、ユリウス・ベイエル伯」
名を呼ばれ、ユリウスは目を開けた。いつもより、ずいぶんと早い呼び出しだ。ユリウスは書類を手に、案内された地方官の待つ小部屋へと移動した。
が、
「なんでおまえがわざわざ出張ってくるんだ」
小部屋で待つエメレンスの姿に、ユリウスはげんなりした。一領主の報告書の受け取りに、わざわざ地方官長官が出張ってくることはない。毎年顔も見せないくせに、今年はあえてのお出ましだ。
「喜べ。私が直々に受け取ってやる」
エメレンスはユリウスの手から書類を奪い取った。中も確認せずに机上に放り出す。
「おい、中は見ないのか?」
「おまえの提出する書類に、不備などあるはずがなかろう。不要だ」
ずいぶんと信頼されたものだ。
それよりとエメレンスは執務机から立ち上がると、前に置かれたソファにどっかと座り、ユリウスにも座るよう指示した。
「ルカの件だ。仕入れ証明書が用意できた」
「ずいぶん早いな」
エメレンスは緑の瞳を細めた。
「私の手にかかれば、簡単な仕事だ」
「なら今日にもルカを返してくれ」
「いやいや、それはならん。あまりに早いと不自然だろう。もう少し、私もルカとの時間を楽しみたいしな」
「エメレンス、おまえ一体何を企んでいるんだ? 大体、おまえも、王宮騎士団も、ただの一人の希少種の奴隷に構いすぎだ。不自然極まりない」
エメレンスは銀髪をかきあげ、薄い唇をにぃと歪めた。
「気になるか?」
「気になるに決まっているだろう。本人には全く自覚のない分、余計に気になる」
ルカは自分はあくまで王宮奴隷の一人に過ぎないと思っている。でも、ルカへの処遇を聞いていると単なる王宮奴隷で片付けられない。オーラフ宰相の関与、王宮騎士団まで動かして追跡する執拗さ、それに何よりこの男がルカのために動いているという違和感。
「実はな、あれは私の異母妹だ」
思わぬエメレンスの告白に、ユリウスはしばし固まった。反応のないユリウスに、エメレンスがおかしそうに緑の瞳を細める。
「聞いていたか?」
「……聞いていた」
ユリウスは腕を組んでエメレンスを見返した。
「いや、しかし。ルカは希少種だぞ? 先王のラドバウトに希少種の妾がいたなどと言う話は、聞いたことがない」
「ところがな、いたんだよこれが。知っての通り、私の父であるラドバウト先王は、正妃の他に二十人近い側妃のいた、それは精力的な方だったからな。正妃の子である現王のライニール王はじめ、側妃、妾妃の子は私を含め十数人。そんなラドバウト先王が、戯れに手を出した両性の希少種がいてな。ほとんど妊娠しない両性が、その時に限って子を孕んだ。その希少種が産んだ子がルカだ。ルカを産んだ希少種は、ルカを産んでしばらくして亡くなったがな」
「それで、王宮に留めおいたと?」
しかし本人が知らないのなら、むしろ王宮を出して、ただの奴隷に落としたほうが後腐れがない。性奴隷が多い希少種の奴隷だが、希少種との間に子を作ることを貴族たちは嫌う。それは王族も同じだ。産まれた子が希少種の特徴を濃く引き継いでいるのなら、なおさら闇に葬るのではないか。
「ラドバウト先王は、ルカに情が湧いたのか?」
「かわいがっていたのなら、あんな小屋に置き去りにしたりしないさ。もっと打算的で、いやらしい理由から、ルカは王宮で飼われていたのさ」
エメレンスはずいっと顔を寄せた。狭い小部屋にただならぬ空気が流れる。
「ユリウス、おまえレガリアの話は知っているだろう?」
ユリウスは頷いた。
初代バッケル王が、精霊から受け継いだと言われる聖なる石だ。もともと精霊たちの暮らしていたこの地を、初代バッケル王が譲り受け、この地を治める証として精霊が下したとされる石。それを持っていることが、この国の王である資格となる。
そのレガリアがどうしたというのだろう。
ユリウスは先を促す。
「おまえレガリアがどんなものか、実際に知っているか?」
「知るわけがなかろう。レガリアは王たる証となる大切なもの。だだの一領主が拝めるものでもなかろう。しかし、精霊が下したのは石だと言われているのだろう? だとしたレガリアは、石なのではないのか?」
エメレンスがユリウスの言葉に答えようとしたその時、扉がノックされた。エメレンスは「やっと来たか」と言い、「入ってくれ」と外に向かって声をかける。
もともと誰か呼んでいたようだ。入ってきたのは、黒いローブをまとった、病的なまでに色白な男である。グレーの目がぎょろりとローブの下からユリウスの姿をとらえた。
「久しいな、シミオン」
ユリウスは立ってシミオンに手を差し出した。が、シミオンはその手をとることはなく、無言でエメレンスの隣に腰掛けた。
彼の名はシミオン・エンジェル。神秘局の局長だ。ユリウス、エメレンスと寄宿学校の同期で、変わり者だが信を置ける、数少ないユリウスの友でもある。
一年ほど前、ふらりとモント領にユリウスを訪ねてきて以来だ。あの時シミオンは、これからティルブ山に登ると言っていたから、やめておけと言ったのだが。
ティルブ山は、モント領の北東にある、アルメレ川の源流となる山だ。ユリウスも一度登ったことがあるが、険しい山並みで、鍛えているユリウスでも苦労した。そんな急峻な山を、いつも神秘局の奥深くで籠もって、ろくに体を動かさないシミオンに登れるわけがない。冗談かと思ったが、ユリウスの用意した携行食を持って、ふらりとまたいなくなった。
「シミオン、おまえあのあとティルブ山には登ったのか?」
まさかそれはあるまいと思いながらもユリウスが聞くと、シミオンはグレーの目をぎょろつかせた。
「ありえない。不可能だ。そんなふうに物事を決めつけるのはよくない。この世には不思議なことが溢れている。絶対、必ず。そんなちっぽけな言葉で何もかもを決めつけるのはやめたまえ」
「はは、相変わらずだな。で? 登ったのか?」
「貴殿の想像にまかせる」
結局どっちなんだ。
途中、行き会う貴族達に道を譲りつつ、待合室に入る。待合室にはテーブルと椅子が置かれ、各地から集まった領主たちが、各々歓談しなが順番を待っていた。
毎年のことながら、この待ち時間がユリウスには苦痛でならない。オーラフ宰相と争って中央を追われたベイエル伯は父だが、ユリウスも同様の目を持って見られる。ユリウスが待合室に入っていくと、一瞬場が静まった。
力を失い、オーラフ宰相に睨まれているベイエル伯に、わざわざ話しかけてくるような輩はいない。遠巻きに視線が注がれる。中にはあからさまに目線が合わないよう、そらしてくる者もいる。下手に誰かのいるテーブルにつくと、自分も周りも気を遣う。
ユリウスは誰もいないテーブルを見つけると、そこに腰を下ろした。
できれば地方官に面会するちょうどの時間に参内して、この待ち時間をなくしたい。毎年長時間待たされるのもうんざりしている。けれど、参内時間は厳密に決められており、遅刻はできない。大まかに地区ごとに分けられたその時間に集まる決まりになっていた。
ユリウスは腕と足を組んで椅子に座ると目を閉じた。
ここから名を呼ばれるまで、ひたすらこの姿勢で待つしかない。ざわめきのように聞こえてくる他の領主たちの世間話を聞くともなしに聞いていた。
希少種の奴隷と聞こえてきて、ユリウスはぴくりと反応した。
「ではそちらにも王宮騎士団が来られましたか。我が領内もですよ。明け方突然来られて、屋敷内を見ていかれました」
「同じです。どうやら北へ向かって逃げていたとの目撃情報があったようですよ。まだ捕まっていないと聞きましたぞ」
「そのようですな。奴隷が逃げ出した夜、王都の住民が目撃し、奴隷狩りも行われたそうですが、捕まらなかったようですな」
「奴隷狩り? なんですか、それは」
「ご存知ないか? 貴族宅などから逃げ出した希少種の奴隷を捕まえると褒賞をもらえるので、王都の住民は希少種の奴隷を見かけたら、捕まえるために周辺住民に呼びかけて狩りを行うのです」
それは、知らなかった。
ユリウスは目を閉じたまま、ほぅと息を吐き出した。
王宮騎士団の追及に、王都の住民による奴隷狩りもかわし、よくルカは北のモント領まで辿り着いた。奇跡に近い。しかも短鞭の傷を負って満身創痍でだ。ルカがよほど上手く追手の目をかわし、逃げてきたということだ。よくぞ辿り着いたと、今すぐにも褒めてやりたい気分だった。
「モント領主、ユリウス・ベイエル伯」
名を呼ばれ、ユリウスは目を開けた。いつもより、ずいぶんと早い呼び出しだ。ユリウスは書類を手に、案内された地方官の待つ小部屋へと移動した。
が、
「なんでおまえがわざわざ出張ってくるんだ」
小部屋で待つエメレンスの姿に、ユリウスはげんなりした。一領主の報告書の受け取りに、わざわざ地方官長官が出張ってくることはない。毎年顔も見せないくせに、今年はあえてのお出ましだ。
「喜べ。私が直々に受け取ってやる」
エメレンスはユリウスの手から書類を奪い取った。中も確認せずに机上に放り出す。
「おい、中は見ないのか?」
「おまえの提出する書類に、不備などあるはずがなかろう。不要だ」
ずいぶんと信頼されたものだ。
それよりとエメレンスは執務机から立ち上がると、前に置かれたソファにどっかと座り、ユリウスにも座るよう指示した。
「ルカの件だ。仕入れ証明書が用意できた」
「ずいぶん早いな」
エメレンスは緑の瞳を細めた。
「私の手にかかれば、簡単な仕事だ」
「なら今日にもルカを返してくれ」
「いやいや、それはならん。あまりに早いと不自然だろう。もう少し、私もルカとの時間を楽しみたいしな」
「エメレンス、おまえ一体何を企んでいるんだ? 大体、おまえも、王宮騎士団も、ただの一人の希少種の奴隷に構いすぎだ。不自然極まりない」
エメレンスは銀髪をかきあげ、薄い唇をにぃと歪めた。
「気になるか?」
「気になるに決まっているだろう。本人には全く自覚のない分、余計に気になる」
ルカは自分はあくまで王宮奴隷の一人に過ぎないと思っている。でも、ルカへの処遇を聞いていると単なる王宮奴隷で片付けられない。オーラフ宰相の関与、王宮騎士団まで動かして追跡する執拗さ、それに何よりこの男がルカのために動いているという違和感。
「実はな、あれは私の異母妹だ」
思わぬエメレンスの告白に、ユリウスはしばし固まった。反応のないユリウスに、エメレンスがおかしそうに緑の瞳を細める。
「聞いていたか?」
「……聞いていた」
ユリウスは腕を組んでエメレンスを見返した。
「いや、しかし。ルカは希少種だぞ? 先王のラドバウトに希少種の妾がいたなどと言う話は、聞いたことがない」
「ところがな、いたんだよこれが。知っての通り、私の父であるラドバウト先王は、正妃の他に二十人近い側妃のいた、それは精力的な方だったからな。正妃の子である現王のライニール王はじめ、側妃、妾妃の子は私を含め十数人。そんなラドバウト先王が、戯れに手を出した両性の希少種がいてな。ほとんど妊娠しない両性が、その時に限って子を孕んだ。その希少種が産んだ子がルカだ。ルカを産んだ希少種は、ルカを産んでしばらくして亡くなったがな」
「それで、王宮に留めおいたと?」
しかし本人が知らないのなら、むしろ王宮を出して、ただの奴隷に落としたほうが後腐れがない。性奴隷が多い希少種の奴隷だが、希少種との間に子を作ることを貴族たちは嫌う。それは王族も同じだ。産まれた子が希少種の特徴を濃く引き継いでいるのなら、なおさら闇に葬るのではないか。
「ラドバウト先王は、ルカに情が湧いたのか?」
「かわいがっていたのなら、あんな小屋に置き去りにしたりしないさ。もっと打算的で、いやらしい理由から、ルカは王宮で飼われていたのさ」
エメレンスはずいっと顔を寄せた。狭い小部屋にただならぬ空気が流れる。
「ユリウス、おまえレガリアの話は知っているだろう?」
ユリウスは頷いた。
初代バッケル王が、精霊から受け継いだと言われる聖なる石だ。もともと精霊たちの暮らしていたこの地を、初代バッケル王が譲り受け、この地を治める証として精霊が下したとされる石。それを持っていることが、この国の王である資格となる。
そのレガリアがどうしたというのだろう。
ユリウスは先を促す。
「おまえレガリアがどんなものか、実際に知っているか?」
「知るわけがなかろう。レガリアは王たる証となる大切なもの。だだの一領主が拝めるものでもなかろう。しかし、精霊が下したのは石だと言われているのだろう? だとしたレガリアは、石なのではないのか?」
エメレンスがユリウスの言葉に答えようとしたその時、扉がノックされた。エメレンスは「やっと来たか」と言い、「入ってくれ」と外に向かって声をかける。
もともと誰か呼んでいたようだ。入ってきたのは、黒いローブをまとった、病的なまでに色白な男である。グレーの目がぎょろりとローブの下からユリウスの姿をとらえた。
「久しいな、シミオン」
ユリウスは立ってシミオンに手を差し出した。が、シミオンはその手をとることはなく、無言でエメレンスの隣に腰掛けた。
彼の名はシミオン・エンジェル。神秘局の局長だ。ユリウス、エメレンスと寄宿学校の同期で、変わり者だが信を置ける、数少ないユリウスの友でもある。
一年ほど前、ふらりとモント領にユリウスを訪ねてきて以来だ。あの時シミオンは、これからティルブ山に登ると言っていたから、やめておけと言ったのだが。
ティルブ山は、モント領の北東にある、アルメレ川の源流となる山だ。ユリウスも一度登ったことがあるが、険しい山並みで、鍛えているユリウスでも苦労した。そんな急峻な山を、いつも神秘局の奥深くで籠もって、ろくに体を動かさないシミオンに登れるわけがない。冗談かと思ったが、ユリウスの用意した携行食を持って、ふらりとまたいなくなった。
「シミオン、おまえあのあとティルブ山には登ったのか?」
まさかそれはあるまいと思いながらもユリウスが聞くと、シミオンはグレーの目をぎょろつかせた。
「ありえない。不可能だ。そんなふうに物事を決めつけるのはよくない。この世には不思議なことが溢れている。絶対、必ず。そんなちっぽけな言葉で何もかもを決めつけるのはやめたまえ」
「はは、相変わらずだな。で? 登ったのか?」
「貴殿の想像にまかせる」
結局どっちなんだ。
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