堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第三章

もやもやを解消する方法

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 カチャリと部屋の扉が開く音にルカは顔を上げた。閉めた扉を背にして黒いタキシードを着たユリウスが立っていた。たった二日ほど離れていただけなのに、懐かしいような、少しユリウスとの距離があいたような気持ちがする。
 なんて話しかければいいのか。わからなくなってルカは膝に額をつけて顔を隠した。

「どうした? ルカ。具合が悪いのか?」

 絨毯を踏むユリウスの足音が近づき、次の瞬間には抱き上げられていた。ユリウスは顔をのぞきこもうとしたが、ルカは見られたくなくて、金糸の髪に顔を埋め、その首に腕を回してしがみついた。

「具合は悪くない。大丈夫……」

 ただどうしたらいいかわからなかった。
 ルカがぼそりと呟くと、ユリウスが笑った気配がした。整えたユリウスの髪からは、いつもと違う香りがする。

「ユリウスの髪、いつもと違うね」

 そう言ってルカが顔を上げると、ユリウスはルカの顔を見てきた。碧い瞳がルカの様子をうかがうように見てくる。そこにルカを気遣うユリウスの気持ちが見えて、ルカは言った。

「大丈夫だよ。元気だから」

 ユリウスの頬に両手で触れて、そのまま吸い寄せられるように唇を合わせた。そうしている合間にも、先程見たピンクのドレスの女性が頭にちらつき、ルカはもやもやした心を誤魔化すようにユリウスの唇を割って舌を入れた。
 ユリウスは黙って受け入れてくれたが、ルカが唇を離したとき、やはり心配げな顔をした。

「どうした? やはり何かあったか?」

「……何もない」

「エメレンスに何か言われたか?」

 ユリウスの心配が思わぬ方向へ傾く。ルカは「違うから」と慌てて否定した。

「エメレンスは、関係ない。ただ……。心の中がもやもやして」

 ルカはぽつぽつと、ディックとフォリスに言われたこと、先程ユリウスが女性とダンスを踊っていたこと。それらがルカの中に不安を生み、心の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されるような得体の知れない気持ちにさせることを吐き出した。
 支離滅裂で、結局何が言いたいのか自分でもわからない。要領を得ないルカの話を、ユリウスは最後まで丁寧に聞いてくれた。

「あのな、ルカ。それは俺も同じだ」

「え?」

 ユリウスは寝椅子に腰掛けるとルカを膝の上に乗せた。

「俺もルカがエメレンスと一緒にいると思うと、心の中がどす黒くなる。おまえがエメレンスの腕の中に飛び込むのを見て、もやもやしたぞ」

 思わぬユリウスの告白に、ルカは目を丸くした。

「でも、エメレンスはユリウスとは違う。こんな気持ちになるのはユリウスだけ。わたしはユリウスとしかキスはしない」

「それならば、俺もそうだ。俺もルカ以外の者にこんな感情は抱かないし、こんなことはしない」

 ユリウスはそう言うと、ルカの下唇を軽く食む。そのままルカの頭を片手で支えると上向かせ、開いた口に舌を入れてきた。ぐちゅりと舌を絡め取られ、ルカは喘いだ。

「……んっ、んっ…」

 混じり合った唾液が喉に流れ込んでくる。ルカは苦しくなって唇を離そうとしたが、ユリウスは更に深く口づけてくる。ルカはぎゅっとユリウスのタキシードの襟を握りしめた。苦しいと同時に、頭の奥がしびれるような心地よさを伝えてくる。

「んっ……、ユリウス……。苦しいよ」

 舌が抜けた合間を縫ってルカが訴えると、ユリウスはルカの呼吸が十分確保できる合間を取って舌を絡めてきた。長い口づけだった。口内を隈なくユリウスの舌がなぞっていく。なぜか下腹がじんと疼いた。

「あっ……。はぁ……はぁ」

 ユリウスの唇がやっと離れたときには、ルカは全力疾走したあとのように呼吸が荒かった。ユリウスはルカの背をなだめるように擦った。

「悪い。ルカがあまりかわいいことを言うので、我慢できなかった」

「我慢なんてしなくていい。わたしもユリウスとこうしてたいし。でも……」

 ルカは顔を上げた。

「ユリウスが結婚したら、わたしディックたちのところに行っていいかな」

 ユリウスはルカとだけこういうことがしたいと言ってくれた。でも、やっぱりあんなきれいな人が一緒に屋敷にいて、ユリウスと仲良くする姿は見たくない。

「ああ、そうか。その問題については何も答えていなかったな」

 ユリウスはルカを立たせるとその手を取り、目を覗き込んできた。

「俺は今のところ結婚するつもりはないぞ」

「でもさっき、きれいな女の人とダンスをしてた」

「ああ、あれな。晩餐会だからな。ダンスもするさ」

「でも……」

 自分でも、うじうじしているという自覚はある。でもどこからともなく湧いてくる不安はもう誤魔化せなかった。

「いつかは結婚するんでしょ?」

 いつか確実に来る未来なら、今のうちに逃げる道が欲しかった。臆病だとなじられてもいい。

「あのな、ルカ」

 ユリウスはルカの手を見つめ、次に視線をルカの目に移した。

「俺の側にルカがいる限り、俺は他の誰とも結婚はしない。俺の一番はルカだからな。ルカ以外の者と添い遂げようとは思わん。そう言えばわかってくれるか?」

「わかる、と思う」

 ユリウスは、側にルカがいれば誰とも結婚しないと言ってくれているのだ。でもそれでは自分のせいで、ユリウスは結婚できないということにもなる。ユリウスはそれでいいのだろうか。
 物問いたげにユリウスを見る。ユリウスは「それは違うぞ」と首を振った。

「ルカの考えていることはわかるぞ。おまえがいるから結婚できないわけではないからな。そこは勘違いするなよ」

 そしてユリウスは再びルカを抱き寄せた。

「俺の気持ちはわかったろう。まだ不安か?」

 ルカはユリウスの腕の中で首を振った。
 たぶん、大丈夫。ずっとユリウスの側にいて、自分だけがユリウスをこんなふうに独占できるのなら、大丈夫。

「ユリウス、大好き」

 ルカは溢れ出す感情を持て余し、再びユリウスに口づけた。
 
 
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