聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴

文字の大きさ
10 / 10

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした⑩

しおりを挟む

 王宮で使わせて貰っている部屋に着くなり、聖女あたしの脳内に女神の声が響く。

『ミユキってば、役者よね~』
「誰のせいだと思ってるのよ。でも良かったわ、うまくいって」
『そうね。お疲れ様』
「本当! 何度目だと思ってるの」
『ずいぶんかかったわねぇ。三十七回だもん』
「しばらくはゆっくりしたいな~」

 はあ、とあたしは溜め息をついた。
 ……長かった。本当に長かった。女神の言った通り、あたしは三十七回、パントライト王国への召喚をやり直したのだ。召喚というか、巻き戻しだけど。この一年間を過ごしてうまくいかなかったら、また一年前に戻ってやり直す。そうしてようやくここまで漕ぎ着けた。
 女神が介入しなかった場合、祭事の後、第一王子ロイドは学園で出会った男爵令嬢と恋仲になり、婚約者であるレイアを辺境へと追いやってしまう。その時冤罪を被せて、彼女を社交界に復帰できないようにしてしまうのだ。
 レイアは信じていたロイドに裏切られ、だんだん心を壊していく。絶望は怨みとなり憎しみとなり、彼女を進んではいけない道へ進ませてしまう。呪詛を使い、ロイドを呪ったのだ。
 辺境の地にはそういう呪術の伝承が残ってた。それをレイアは利用したわけ。うまいこと呪詛が発動してしまったのは、彼女が公爵家の人間だからだと女神は言った。
 カスケード公爵家は王家の傍流だ。歴史の中で聖女が王族に迎え入れられたことがある。うっすらとではあるが、レイアはその聖女の血を受け継いでいるのだ。それが呪術の成功という奇跡を起こしてしまった。
 レイアの呪詛は強力だった。ロイドを排除してからも呪いは残った。というか、彼女の呪いの範囲が、ロイド個人から変わってしまったんだよね。ロイドを呪ってしまうほど自分を苦しめた国と女神を憎むようになっていたの。
 女神を呪おうだなんて、普通なら無理なんだけど。レイアはそれを実現してしまった。国中の人間の命を犠牲にしてね。
 呪われた女神は腐った雨となって大陸全域へ降り注ぐ。それが染み込むと、大地までもが腐っていった。
 人はすでに居なかったけれど、そんな大地がまともな命を育むなんてできるはずないよね。強力過ぎる呪いはレイア亡き後も解除されず、女神を失った大地は腐敗したまま。草一本生えない不毛の呪われた大陸と化してしまったのだ。
 世界の四分の一が腐ってしまった上、女神まで消えたとあっちゃ世界の存続に関わる。女神はそれを回避しようと、あたしを使ったというわけ。

『レイアが呪詛を使うって分かってからが長かったわよねえ』
「そうね……ロイド殿下の失脚だけじゃなく、それに協力して貰わないといけないとは思わなかったわ。ルイス殿下とくっつけばそれでいいと思うでしょ、普通」
『不思議ねぇ、人間って』
「このタイムライン表を持ち越せてなかったらもっと掛かってたと思うわ……女神様々ね」
『もっと褒めてくれてもいいのよ? そっくりの分体を作るなんて、すっごいサービスなんだから』
「それはここまで付き合ってるんだから、当然じゃない?」

 自身が呪われて朽ち果てるかもしれなかったというのに、なんか軽いのよねこの女神様。まあ、こうして何度もやり直しが効くからなんだろうけど。
 もしかして、と思って尋ねたら、やっぱり過去現れた聖女っていうのも似たようなやり直しをしていたんだって。直接手出し出来ないから、加護を与えた人間を送り込んできたとか。
 すごいけどすごくないよね、神様なんだからもっと簡単にどうにでもできそうなもんだけど。随分周りくどいのねと言ったら、女神は『やり直すにはこの方法しかないのよね』と呟いていた。神様にも色々あるのかな? わかんないけど。
 ともかく、これで最悪の未来は回避出来たようだ。女神の様子からそれがわかった。
 これで、あたしの旅は終わり。三十七回もかかるなんて思わなかった。感無量だ。

「……終わって良かったわ、ほんと」
『お礼をしないといけないわね』
「是非お願いしたいところだけど。これだけやっても、元の世界に帰れないんでしょ? もうどうでもいいよ」

 早い時期に、あたしは女神に聞いてた。〝もう戻れないの?〟って。女神はやっぱり軽く『ごめ~ん、無理~』ってのたまった。
 いやもう、ふざけるなって話じゃん。勝手に喚んでおいて手伝わせて、家には帰れませんって、何?
 そう怒鳴ってもこの女神、『だって出来ないんだもん』とか言うわけ。もうキレたよね。その後三回なにもしないで無駄に巻き戻させたの。今考えれば一回くらいにしとけばよかったと思わなくもないけど。
 感慨深く三十七回のやり直しを思い返しているあたしに、女神の囁く声が届く。

『じゃあ、もうひとつ頼みがあるんだけど~。お願いできない?』
「は? 頼み?」
『そうなの。ここほどじゃないんだけどね、世界中あちこちで色々問題が起きてるのよ。新しい聖女を喚んでもいいんだけど、ミユキってばガッツがあるんだもの! あなたに頼むのが一番っぽいのよねぇ』
「えぇ!? 冗談でしょ、たった今終わったばっかりじゃん! 三十七回やり直したばっかだよ、三十七回! 少しは休ませてよ!」
『女神の加護のお陰でほんとはそんなに疲れてないんでしょう? 早速出発しましょ』
「あたしの扱い雑じゃない!?」
『そんなことないわよぉ』

 横暴すぎでしょこの女神!

「ちょ、ちょっと休ませてくれてもいいんじゃない?」
『残念だけどあんまり時間が無いのよ。観念して~』
「無理だって! 住むところ用意して貰ってるし、そんな急には」

 女神の顔は見えないけど、声が弾んでるのがわかる。
 ……この女神、聖女に選んだ女の子が奮闘してる姿が好きなんだって。久々に喚んだ聖女がすんごい頑張ってるから、なんかテンション上がってるらしい。ホントいい迷惑なんだけど……。

 その後、テンションの上がりすぎた女神があたしを別大陸に転送させたもんだから、パントライト王国で聖女が失踪したって大騒ぎになったそうだ。それはそうだよね、なにやってんのこの女神様。
 そんなパントライト王国に戻れたのは、この国に新しく王子様が誕生した時なんだけど……それまでの話はまた、機会があれば、ね。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

hiyo
2024.05.11 hiyo
ネタバレ含む
2024.05.11 猫乃真鶴

コメントありがとうございます! 楽しんで頂けたようで何よりです。
まあ、途中でやり直したこともあるでしょうから……ガッツがすごかったんでしょうね。
読みやすいとの言葉もとても嬉しく思います。ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

社畜聖女

碧井 汐桜香
ファンタジー
この国の聖女ルリーは、元孤児だ。 そんなルリーに他の聖女たちが仕事を押し付けている、という噂が流れて。

悪役令嬢ですが、副業で聖女始めました

碧井 汐桜香
ファンタジー
前世の小説の世界だと気がついたミリアージュは、小説通りに悪役令嬢として恋のスパイスに生きることに決めた。だって、ヒロインと王子が結ばれれば国は豊かになるし、騎士団長の息子と結ばれても防衛力が向上する。あくまで恋のスパイス役程度で、断罪も特にない。ならば、悪役令嬢として生きずに何として生きる? そんな中、ヒロインに発現するはずの聖魔法がなかなか発現せず、自分に聖魔法があることに気が付く。魔物から学園を守るため、平民ミリアとして副業で聖女を始めることに。……決して前世からの推し神官ダビエル様に会うためではない。決して。

解き放たれた黒い小鳥

kei
ファンタジー
「お前と結婚したのは公爵家の後ろ盾を得るためだ! お前を愛することはない。私から寵愛を得るとは思うなよ。だが情けは掛けてやろう。私の子を成すのもお前の正妃としての務めだ。それぐらいは許してやらんでもない。子が出来れば公爵も文句は言うまい」 政略で婚姻した夫から裏切られ絶望の中で想う。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?

ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。 ※複数のサイトに投稿しています。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。