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「大嫌いだッ」
そう強く声が出た瞬間、頭に浮かんだ言葉。
あ、傷つけた。
瞬時に胸が痛むが、すぐにその痛みを無視する。
いい、これで良いんだ。
人にこんな物言いするのは、こいつ相手だけなのに、だからこそこいつはめげないのかもしれない。
でもこれは流石に伝わったはずだ。
俺にはお前は眩しすぎるってことが。
年下のハイスペックな男は、愛想がいいとは言えないが能力は圧倒的に高くコミュニケーション力もそれなりにあった。
その櫂(かい)がヘッドハンティングのような形で俺のいるシステム管理のようなことをしている部署に転職してきた当初は全く俺には興味なく、他の社員と同様な関係だった。
挨拶と職務上必要な会話以外ない、親しいとはほど遠いくらいでもあった。
それがいつからか顔を見る機会が多くなって、職務に影響しない程度に雑談が増えて、少しずつお互いのプライベートな情報が蓄積された。
事あるごとに俺を持ち上げるような発言をして、周囲にも俺に懐いている後輩のような印象を持たれ始める。
ただ俺がそれを真に受けることはなかった。
俺自身の入社当時にいたずっと尊敬している上司に徹底的に仕込まれて今の自分は組織の歯車の一つくらいにはなれていると自負はあるが、それは櫂には及ばない。
卑下ではなく、それは事実だ。
年齢と入社歴が上なだけで、社内の重要度で言えば櫂の方になる。
突発的なことだけは経験値の差で俺が役立つ場面もあるが、日常的には櫂がこなしているタスクの方が重要案件だ。
だからなのか、櫂が俺を褒めたりすると、次第に俺は動揺するようになった。
それが面白かったのか、いつまにか好きだの可愛いだのという言葉が加わっていって、俺はその動揺から櫂にだけ暴言を吐いたり、言葉を詰まらせてあたふたしたり、周りはそれも含めて見慣れてしまって微笑ましく見守っている節すらある。
でも俺は冗談だとしても、万が一本気だったとしても、受け入れる気がないのだからはっきりさせなければとずっと思っていた。
冗談でも周りで勘違いする人間はいるから櫂にプラスはないし、本気だったら尚更櫂の時間を無駄にするのだから諦めさせねばならなかった。
素晴らしい後輩だからこそ、俺には難し過ぎた。
恋愛に臆病になっている自覚がある分、櫂にこれ以上かき乱されるのはお互い良い結果を招かない。
冗談でも遊びでも本気でも、櫂の相手は俺じゃない。
傷つけたとしても、嫌われてでも、距離を取らなければと最近思っていたところだった。
ただ、やりすぎてしまった。
それか方法を間違てしまったんだろう。
今回の事の始まりは退勤時間がかなり過ぎてフロアにほとんどいなくなった時間帯、残業の終わりの目処が立ち、俺は一息つきに一人席を立ったとこからだ。
頭の中でこのまま仕事を残して帰った場合と、やり尽くしてから帰る場合とをシミュレーションしながら歩き、人気のないすっかり暗くなったテラスのような場所で外の空気を吸う。
日中は休憩や昼食でそれなりに人の姿がある場所だが、夜勤のある部署のみで社内の人間がぐっと減る分、誰もいないことがほとんどで、俺の残業時のお気に入りの休憩スポットだ。
脳内で仕事の算段が立ち、自販機で買った缶コーヒーを飲み干し近くのゴミ箱に入れて、大きく伸びをする。
デスクワークばかりで凝り固まった体に酸素を行き渡らせるような感覚を味わっていると、別の部屋で仕事をしているはずの櫂がやってきた。
「航(わたる)さん本当にここ好きですね」
櫂はシステムトラブルのような対処をしている関係で、勤務時間がズレているから残業と言うわけではないはずだ。同じ部署でも業務が違うことはよくあるから、同じフロアにいないことに違和感もなかったが、だからこそ偶然の遭遇に少し驚く。
「櫂、どうした?」
ファーストネームを呼び捨てにするのなんて、社内で櫂だけだ。
櫂に請われて呼ぶようになった。
だいぶ前に誰かのミスで生じた無理な業務を櫂が請け負い、時間内に仕上げたら、なんて賭けのようなことをみんなの前で言って、それでモチベーションが上がって難所を乗り越えれるならと名前くらい呼んでやれと上司が言えば外堀を埋められたようなものだ。
それから櫂も当たり前のように俺を名前で呼んでいる。
体格も良くて平均身長よりずっと高く、近くに立たれると櫂以外では見下ろすことの多い目線を上げることになる。
「残業終わりそうですか?」
櫂は俺の方を見ているのは気配で分かったが、俺はテラスの先に見える遠くのビル群を眺めたまま視線を動かさなかった。
それほど階層のない社屋は海浜公園の横に立っているため階下には広場があり、その柵の向こうは海。だた水平線が見えるわけではなく、大型船が通行するような湾の出入り口になっているから対岸もこちらと似た様なものだ。
暗闇に無数の光が見えるのは綺麗だった。
「うーん、明日の自分のためにもう少しやろうかな」
寒くも暑くもない心地よい風のおかげでまだ頑張れそうだから素直にそう答えたのだけど、櫂にはそう伝わらなった。
「それって、やらなくてもなんとかはなるってことですよね」
否定はできないが、やっておけば後が楽なことは間違いない。残業にはなっているが、連日そうなるよりは調子の良い時にやってしまいたい気持ちも嘘ではない。
「明日の自分を怒らせたくはないよ」
「俺も手を貸します、それなら怒りませんよ」
櫂の仕事はもう終わっているのだとそれで分かる。
それをわざわざ残らせて手伝わせるのは不都合が多い。もちろんこのまま残業を続けたいのが自分の我儘であるからこそ、一応の後輩を巻き込まないという真っ当な理由もある。
「……余計怒るだろ」
「今日は一緒に帰りましょう」
その言葉にため息は我慢した。
「帰らない」
「最近そればっかですね」
僅かに声に棘が含まれ始めたことに気が付いたが、無視して視線も未だ向けない。
「そうか?」
わざとらしくならないようにとぼけたが、そんな誤魔化しが利く相手ならどんなに良かったか。
「距離取られようとしてるの俺が気づかないとでも?」
気付かないなんて思うわけがない。
けれど、それ以外に取れる行動もない自分がいる。仲違いしても良い、ただの職場の同僚として割り切ればいい。けれど、櫂はそれさえも許してくれなさそうで、そもそも何でそこまで気持ちを寄せられてるのかが分からない上に、しっかりと断ってもいる。それでも、なぜかめげない。
「気づいてるなら察しろ」
「察したところで俺の態度は変わりませんよ、航さん」
「なんでだよ」
ずっと、こんな感じだ。
それでいて不思議と距離感は間違えないからストーカーとまではいかないのが逆に憎い。
そう思っていたのに、どういう訳か今日は違った。
そう強く声が出た瞬間、頭に浮かんだ言葉。
あ、傷つけた。
瞬時に胸が痛むが、すぐにその痛みを無視する。
いい、これで良いんだ。
人にこんな物言いするのは、こいつ相手だけなのに、だからこそこいつはめげないのかもしれない。
でもこれは流石に伝わったはずだ。
俺にはお前は眩しすぎるってことが。
年下のハイスペックな男は、愛想がいいとは言えないが能力は圧倒的に高くコミュニケーション力もそれなりにあった。
その櫂(かい)がヘッドハンティングのような形で俺のいるシステム管理のようなことをしている部署に転職してきた当初は全く俺には興味なく、他の社員と同様な関係だった。
挨拶と職務上必要な会話以外ない、親しいとはほど遠いくらいでもあった。
それがいつからか顔を見る機会が多くなって、職務に影響しない程度に雑談が増えて、少しずつお互いのプライベートな情報が蓄積された。
事あるごとに俺を持ち上げるような発言をして、周囲にも俺に懐いている後輩のような印象を持たれ始める。
ただ俺がそれを真に受けることはなかった。
俺自身の入社当時にいたずっと尊敬している上司に徹底的に仕込まれて今の自分は組織の歯車の一つくらいにはなれていると自負はあるが、それは櫂には及ばない。
卑下ではなく、それは事実だ。
年齢と入社歴が上なだけで、社内の重要度で言えば櫂の方になる。
突発的なことだけは経験値の差で俺が役立つ場面もあるが、日常的には櫂がこなしているタスクの方が重要案件だ。
だからなのか、櫂が俺を褒めたりすると、次第に俺は動揺するようになった。
それが面白かったのか、いつまにか好きだの可愛いだのという言葉が加わっていって、俺はその動揺から櫂にだけ暴言を吐いたり、言葉を詰まらせてあたふたしたり、周りはそれも含めて見慣れてしまって微笑ましく見守っている節すらある。
でも俺は冗談だとしても、万が一本気だったとしても、受け入れる気がないのだからはっきりさせなければとずっと思っていた。
冗談でも周りで勘違いする人間はいるから櫂にプラスはないし、本気だったら尚更櫂の時間を無駄にするのだから諦めさせねばならなかった。
素晴らしい後輩だからこそ、俺には難し過ぎた。
恋愛に臆病になっている自覚がある分、櫂にこれ以上かき乱されるのはお互い良い結果を招かない。
冗談でも遊びでも本気でも、櫂の相手は俺じゃない。
傷つけたとしても、嫌われてでも、距離を取らなければと最近思っていたところだった。
ただ、やりすぎてしまった。
それか方法を間違てしまったんだろう。
今回の事の始まりは退勤時間がかなり過ぎてフロアにほとんどいなくなった時間帯、残業の終わりの目処が立ち、俺は一息つきに一人席を立ったとこからだ。
頭の中でこのまま仕事を残して帰った場合と、やり尽くしてから帰る場合とをシミュレーションしながら歩き、人気のないすっかり暗くなったテラスのような場所で外の空気を吸う。
日中は休憩や昼食でそれなりに人の姿がある場所だが、夜勤のある部署のみで社内の人間がぐっと減る分、誰もいないことがほとんどで、俺の残業時のお気に入りの休憩スポットだ。
脳内で仕事の算段が立ち、自販機で買った缶コーヒーを飲み干し近くのゴミ箱に入れて、大きく伸びをする。
デスクワークばかりで凝り固まった体に酸素を行き渡らせるような感覚を味わっていると、別の部屋で仕事をしているはずの櫂がやってきた。
「航(わたる)さん本当にここ好きですね」
櫂はシステムトラブルのような対処をしている関係で、勤務時間がズレているから残業と言うわけではないはずだ。同じ部署でも業務が違うことはよくあるから、同じフロアにいないことに違和感もなかったが、だからこそ偶然の遭遇に少し驚く。
「櫂、どうした?」
ファーストネームを呼び捨てにするのなんて、社内で櫂だけだ。
櫂に請われて呼ぶようになった。
だいぶ前に誰かのミスで生じた無理な業務を櫂が請け負い、時間内に仕上げたら、なんて賭けのようなことをみんなの前で言って、それでモチベーションが上がって難所を乗り越えれるならと名前くらい呼んでやれと上司が言えば外堀を埋められたようなものだ。
それから櫂も当たり前のように俺を名前で呼んでいる。
体格も良くて平均身長よりずっと高く、近くに立たれると櫂以外では見下ろすことの多い目線を上げることになる。
「残業終わりそうですか?」
櫂は俺の方を見ているのは気配で分かったが、俺はテラスの先に見える遠くのビル群を眺めたまま視線を動かさなかった。
それほど階層のない社屋は海浜公園の横に立っているため階下には広場があり、その柵の向こうは海。だた水平線が見えるわけではなく、大型船が通行するような湾の出入り口になっているから対岸もこちらと似た様なものだ。
暗闇に無数の光が見えるのは綺麗だった。
「うーん、明日の自分のためにもう少しやろうかな」
寒くも暑くもない心地よい風のおかげでまだ頑張れそうだから素直にそう答えたのだけど、櫂にはそう伝わらなった。
「それって、やらなくてもなんとかはなるってことですよね」
否定はできないが、やっておけば後が楽なことは間違いない。残業にはなっているが、連日そうなるよりは調子の良い時にやってしまいたい気持ちも嘘ではない。
「明日の自分を怒らせたくはないよ」
「俺も手を貸します、それなら怒りませんよ」
櫂の仕事はもう終わっているのだとそれで分かる。
それをわざわざ残らせて手伝わせるのは不都合が多い。もちろんこのまま残業を続けたいのが自分の我儘であるからこそ、一応の後輩を巻き込まないという真っ当な理由もある。
「……余計怒るだろ」
「今日は一緒に帰りましょう」
その言葉にため息は我慢した。
「帰らない」
「最近そればっかですね」
僅かに声に棘が含まれ始めたことに気が付いたが、無視して視線も未だ向けない。
「そうか?」
わざとらしくならないようにとぼけたが、そんな誤魔化しが利く相手ならどんなに良かったか。
「距離取られようとしてるの俺が気づかないとでも?」
気付かないなんて思うわけがない。
けれど、それ以外に取れる行動もない自分がいる。仲違いしても良い、ただの職場の同僚として割り切ればいい。けれど、櫂はそれさえも許してくれなさそうで、そもそも何でそこまで気持ちを寄せられてるのかが分からない上に、しっかりと断ってもいる。それでも、なぜかめげない。
「気づいてるなら察しろ」
「察したところで俺の態度は変わりませんよ、航さん」
「なんでだよ」
ずっと、こんな感じだ。
それでいて不思議と距離感は間違えないからストーカーとまではいかないのが逆に憎い。
そう思っていたのに、どういう訳か今日は違った。
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