番を辞めますさようなら

京佳

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番を辞めます

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私と婚約者はどうやら『番』らしい。

結婚後に相手の番が見つかりトラブルになる事がたまにあるけれど婚約した相手が初めから番だと分かるケースは非常に稀だ。


でも私は全く嬉しくない。何故なら私の番は浮気性で気が多く色んな令嬢にちょっかいを出しているからだ。


「ヨーゼフ様!何度も同じ事を言わせないで下さい!私と言う婚約者が居ながらいつも違う女性を連れ回してっ…世間の目もありますしご自分の言動に責任を持って下さい!」


「チッ…煩いなぁ!結婚する前に遊ぶくらい大目に見ろよ!俺は好きでもないお前とイヤイヤ結婚しなきゃならないんだ。口うるさいお前と居るとストレスが溜まって息抜きしないとやってられないんだよ!」


「あっ…ヨーゼフ様!まだ話がっ…」


婚約者のヨーゼフは忌々しげに顔を歪め背を向けて足早に去っていった。いつもこんな感じで彼とはまともに話すら出来ない。


自宅に戻った私は父の執務室へ飛び込みヨーゼフと婚約解消したい事と彼とのこれまでの経緯を全て話した。


「……ダリアの言い分は分かったけどお前は本当に良いのか?彼は番なんだろう?番はこの世に1人しか居ない尊く貴重な存在だ。ヨーゼフ殿はまだダリアの番として自覚していないから浮ついた態度をとっているのだろうし…彼がお前を自分の番だと自覚すればお前だけを愛するようになると思うぞ?だからもう少し様子を見たらどうだろうか?」


父の言う通り番だと分かっているのは私だけでヨーゼフはまだ何も知らない。

私が「番の匂い」でヨーゼフを自分の番だと認識したのは彼と婚約してすぐだった。今から3年前の事になる。

ヨーゼフに好かれていない私を彼は未だに自分の番と認識しない。ヨーゼフは本能的に私を拒絶しているのかもしれない。


番は自ら自覚しないとお互いに惹かれ合う事が出来ないから厄介だ。


「………分かりました。もう少しだけ…待ってみます。それでも駄目ならその時は……」


「分かったよ。お前の望むようにしよう」


父は私の頭を撫でて優しく微笑んだ。私は僅かな可能性に賭けてヨーゼフを信じてみる事にした。

_____

久しぶりに街に出かけた私は最近リニューアルされた森林公園に足を運んだ。侍女と2人で薔薇のアーチの小路を歩いていると聞き慣れた声が耳に入ってきた。


声のする方に目を向けると2人掛けのベンチに寄り添うように座る若い男女の姿があった。


「ねぇ…私と会ってばかりで大丈夫なの?貴方の婚約者…怒ってるんじゃない?」


「あんな女なんかどうでもいい!俺が愛しているのは君だよ」


「うふふっ!ほんとに悪い人、でも好きよ」


顔を寄せて囁き合う美男美女はどこからどう見ても恋人にしか見えない。私が見つめているのに全く気付かない2人はそのままキスをした。


「っ…、ダリアお嬢様っ!」


「……大丈夫よ。丁度……彼に話したい事があるの。ちょっと行ってくるから待ってて頂戴ね。」


私は侍女にそう声をかけるとまっすぐ2人が座るベンチへと歩いて行った。今まではヨーゼフが女と居る所を目撃する度に胸が張り裂けそうなほど苦しかったのに何故かもう何も感じない。


私の顔を見たヨーゼフは慌てて令嬢から離れてバツの悪そうな顔をした。


「ごきげんようヨーゼフ様。お楽しみのところお邪魔して申し訳ございません。要件だけ手短に申し上げますね?私とヨーゼフ様の婚約の件ですが解消する方向で話を進めさせて頂きます。それでは失礼致します。」


それだけ言うと私はすぐに踵を返し何やら喚くヨーゼフを無視して侍女を連れその場を去った。


「最後まで私は彼に愛されなかった。番に夢を見過ぎていたのね…あーあ、本当にバカみたい」


『運命の番』に全く相手にされなかった無様な自分を蔑むように私は独り言を呟いた。もう涙も出なかったけど不要な物を捨てて心の中はスッキリしていた。


1週間後ヨーゼフと私の婚約は解消された。3年も婚約していたけれど思い返すと彼との楽しい思い出は何も無かった。


私が彼を番と認識してからの日々は本当に辛かった。人格を否定する言葉を彼に投げつけられ私の心は壊れていった。


ヒビの入ったところから水が溢れるように私の彼への愛情は減っていった。愛情の無くなった心はそれからも更に傷付けられて令嬢とキスをするヨーゼフを目撃したあの時に粉々に砕けて散った。


近くにヨーゼフが居る時に常に感じていた胸の高鳴りもしなくなった。


幸福感を伴う番の匂いも分からなくなった。私は自らの意志でヨーゼフの番である事を放棄した。


苦しみから解放された私は人が変わったように社交的になった。今までは無意識ながら番に操を立てていたのだと思う。ヨーゼフ以外の異性に話しかけられても決して相手にはしなかったから。


「私の視野がいかに狭かったのかを今しみじみと痛感しているわ。世界はこんなに広くて素敵なものが沢山あるのにね!ふふっ…」


「そうだね。あのまま君が狭い世界の中で居続けていたら…きっと僕達が出会う事は無かったからね?」


本当に良かったと呟いて彼は私の唇にチュッとキスをした。


ヨーゼフと別れた後に私はある男性と恋仲になった。彼は過去に母親を番に奪われた経験があり番に対して物凄く嫌悪感を抱いている。


私はヨーゼフとの間で起こった事を彼に包み隠さず話した。その上で彼は私を理解し愛してくれた。私は彼と結婚し愛し愛され穏やかで幸せな日々をおくっている。


夫の誕生日が近付いたある日の午後、私は彼に渡すプレゼントを買いに出かけた。今住んでいる屋敷から街までは近く、歩いて数分で大きな商店通りに出られるので私は1人で散歩がてらのんびりと歩いて行った。


「とても良いプレゼントが見つかったわ!喜んでくれるかしら」


私の瞳と同じターコイズブルーの宝石が付いたカフスボタンとネクタイピンを贈答用に包んでもらい胸に抱えて家路を急いだ。


満ち足りた気分で歩いていると後ろから誰かに名前を呼ばれた。私の名前を知っているなんて誰かしら?


「………ヨーゼフ?」


振り返るとかつて私の婚約者だったヨーゼフが立っていた。いつも背筋を伸ばして堂々としていた彼が今にも泣き出しそうな顔をしている。


「何でっ…何で急に俺の前から姿を消したんだ!お前は……、ダリアは俺の『番』なのにっ!!どうして婚約解消なんかしたんだ!」


彼の切羽詰まった様子にさっきまでの幸せな気分がとたんに悪くなる。私は無意識に溜め息をついて口を開く。


「……私は貴方の番で居続ける事を辞めました。もう貴方を見ても何も感じないし匂いも分からない。あの時……薔薇園で貴方が見知らぬ令嬢と口付けしているのを見た瞬間に全て終わったの。番以外の女に口付けを許した貴方を愛する事を諦めた。だから貴方も他の方と幸せになって下さい」


「っ!!あ……、くっ!あああっ!済まなかったっ…俺が間違っていた!許してくれダリア!俺はっ、お前を愛しているんだ!」


ヨーゼフはボロボロ涙を流して私の足元に縋り付き許してくれ愛していると繰り返した。


かつて私が彼に言って欲しくて堪らなかった「愛している」と言う言葉。


あれほど望んでいた言葉なのにそれを聞いても私の心には何も響くことは無かった。


「私には誰よりも私を大切にしてくれて愛してくれる夫が居るの。私ね…貴方と婚約していた3年間ずっと貴方を愛していたわ。どんなに冷たくされてもいつかきっと貴方も私を番だと気付いてくれると信じていた。けれどそんな日は来なかった。私達はもう終わったの!……さようなら」


大声をあげて泣き崩れるヨーゼフを見ても自分でもビックリするくらい何も感じなかった。大の男がこんな所で泣き喚いてみっともないとすら思った。


私は彼から離れて歩き出した。綺麗に包装された包みを大事に抱え直すと私は愛する夫の顔を思い浮かべながら家路を急いだ。
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