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7 シュヴァルツヴァルトの王太子
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――謁見の間。
使節団を護衛するシュヴァルツヴァルトの騎士達は、一糸乱れぬ動きで謁見の間へと入場しました。
完璧に統率がとれた騎士達の隊列は圧巻の一言で、謁見の間に集まったモルゲンロートの貴族達もその光景に思わず息を飲んでおります。
……けれど、
北の前線から帰ってきたばかりの私にとってその光景は、戦場の冷たい記憶を思い起こさせました。
そしてシュヴァルツヴァルトの騎士達の中心には、驚くべき人物がいたのです。
その人物とは。
シュヴァルツヴァルト王国の王太子、フリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルト。
これから私が政略結婚により嫁入りする相手。
けれどなぜ……彼がこの場に?
和平へ向けた交渉が行われ停戦が成立したとはいえ、つい先日まで我がモルゲンロートとシュヴァルツヴァルトは敵国だったはず。
それなのにシュヴァルツヴァルトの王太子が、こうもあっさりと敵国の王宮に足を踏み入れるなど……いったいなにを考えているのでしょうか。
黒檀のような黒髪に薄氷を思わせる冷たい青の瞳、そしてシュヴァルツヴァルトの漆黒の軍服。
戦場でたった一度だけ、砦の上からこの男の姿を見た事があります。
だけどあの日は猛吹雪が砦にも吹きつけていて、その容姿まではしっかりと認識できませんでした。
でも確かに覚えています、吹雪に舞う黒髪を――。
「――モルゲンロート王国第一王女、フランツェスカ・モルゲンロート様。おなりでございます!」
私の到着を告げる侍従の声が、謁見の間に高らかに響く。
私はその声に促されるように、シュヴァルツヴァルト王太子の前にゆっくりと歩を進めました。
「ようこそ、我がモルゲンロートへ。私はフランツェスカ・モルゲンロート。遠路はるばるのお出迎え、感謝いたしますわ」
……シュヴァルツヴァルトの王太子と目が合いました。
そして一瞬。
私の姿に、怪訝そうな顔を浮かべたシュヴァルツヴァルトの王太子。
けれど、すぐに社交的な笑みに変わりました。
「私はフリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルト、美しい花嫁を迎えに参上いたしました。噂に違わず薔薇のように艶やかな方だ」
「まぁ……王太子殿下は口がお上手でいらっしゃるのね?」
よくもまぁ、そんな歯の浮くような台詞が平気で吐けますね?
そんな噂、私は今まで一度も耳にしたことがありません。
王太子の見え透いた嘘に、思わず心の中で舌打ちしました。
……それに。
そうは思っていない怪訝な顔をついさっき浮かべていらっしゃったくせに、白々しい。
「王太子殿下はやめてくれ、これから私達は夫婦となる身。できれば名前で呼んでほしいし、私にもぜひ貴女を名前で呼ばせてほしい」
「……ではフリード、これからよろしくお願いしますね? 私の事も気軽にフランツェスカ……と、呼んでくださいませ?」
「っ……ええ、こちらこそ」
まさか敬称まで省かれるとは思っていなかったのでしょう、フリード王太子は一瞬驚いたように目を見開きます。
そして後方で待機する使節団の騎士たちがわずかに身を強張らせるのが、視界の隅に映りました。
やはりシュヴァルツヴァルトは信用なりません。
甘い言葉は上辺だけで、その裏でなにを考えているのかわかったものではない。
なにがあっても絶対に気を許しては駄目、自分のことは自分で守らなければ。
「……王太子フリード、フランツェスカ。つつがなく対面を果たせたようでなによりだ。この後二人で茶でも飲んで親交を深めるがよい」
玉座から響いたクソ親父の声に私は顔を上げる。
見上げれば玉座に座るクソ親父と、その隣には優雅に微笑む側妃カトリーナがいた。
――そして。
甘い微笑みを浮かべ、こちらに向かって駆け寄ってくるアリーシアの姿が目に入った。
「フランツェスカお姉様!」
「……アリーシア、どうしたの? 公式の場よ、大声で騒いではいけないわ」
「ごめんなさい、フランツェスカお姉様。だけど、お姉様のお婿さんにどうしてもご挨拶がしたかったの!」
「挨拶……?」
私の問いかけにアリーシアは無邪気な笑顔を浮かべ、なにも知らない無垢な妹を演じる。
そして。
「フリード王太子殿下! 私はアリーシア・モルゲンロートと申します。私の事もアリーシアと名前で呼んでくださいね?」
アリーシアはそう言って緩やかに波打つ金髪をふわりと揺らし、桃色の可憐なドレスでカーテシーをしてみせる。
その愛らしい姿はまるで天使のようで、周囲の貴族達からは感嘆の声が漏れ聞こえる。
……やられました。
私に用意されたこの真っ赤なドレスはこの状況を作る為に用意された、布石。
『妹の方が良かった』
と、フリード王太子に思わせる為の。
「……ええ、もうお会いすることはないでしょうが、よろしくお願いします。第二王女」
「えっ……?」
フリード王太子の冷ややかな一言にその場の空気が一変し、そう返されるとは思っていなかったアリーシアの笑顔が固まりました。
……そして。
私はフリード王太子の態度に、驚きと戸惑いを覚えずにはいられませんでした。
――謁見の間。
使節団を護衛するシュヴァルツヴァルトの騎士達は、一糸乱れぬ動きで謁見の間へと入場しました。
完璧に統率がとれた騎士達の隊列は圧巻の一言で、謁見の間に集まったモルゲンロートの貴族達もその光景に思わず息を飲んでおります。
……けれど、
北の前線から帰ってきたばかりの私にとってその光景は、戦場の冷たい記憶を思い起こさせました。
そしてシュヴァルツヴァルトの騎士達の中心には、驚くべき人物がいたのです。
その人物とは。
シュヴァルツヴァルト王国の王太子、フリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルト。
これから私が政略結婚により嫁入りする相手。
けれどなぜ……彼がこの場に?
和平へ向けた交渉が行われ停戦が成立したとはいえ、つい先日まで我がモルゲンロートとシュヴァルツヴァルトは敵国だったはず。
それなのにシュヴァルツヴァルトの王太子が、こうもあっさりと敵国の王宮に足を踏み入れるなど……いったいなにを考えているのでしょうか。
黒檀のような黒髪に薄氷を思わせる冷たい青の瞳、そしてシュヴァルツヴァルトの漆黒の軍服。
戦場でたった一度だけ、砦の上からこの男の姿を見た事があります。
だけどあの日は猛吹雪が砦にも吹きつけていて、その容姿まではしっかりと認識できませんでした。
でも確かに覚えています、吹雪に舞う黒髪を――。
「――モルゲンロート王国第一王女、フランツェスカ・モルゲンロート様。おなりでございます!」
私の到着を告げる侍従の声が、謁見の間に高らかに響く。
私はその声に促されるように、シュヴァルツヴァルト王太子の前にゆっくりと歩を進めました。
「ようこそ、我がモルゲンロートへ。私はフランツェスカ・モルゲンロート。遠路はるばるのお出迎え、感謝いたしますわ」
……シュヴァルツヴァルトの王太子と目が合いました。
そして一瞬。
私の姿に、怪訝そうな顔を浮かべたシュヴァルツヴァルトの王太子。
けれど、すぐに社交的な笑みに変わりました。
「私はフリード・ルートヴィヒ・シュヴァルツヴァルト、美しい花嫁を迎えに参上いたしました。噂に違わず薔薇のように艶やかな方だ」
「まぁ……王太子殿下は口がお上手でいらっしゃるのね?」
よくもまぁ、そんな歯の浮くような台詞が平気で吐けますね?
そんな噂、私は今まで一度も耳にしたことがありません。
王太子の見え透いた嘘に、思わず心の中で舌打ちしました。
……それに。
そうは思っていない怪訝な顔をついさっき浮かべていらっしゃったくせに、白々しい。
「王太子殿下はやめてくれ、これから私達は夫婦となる身。できれば名前で呼んでほしいし、私にもぜひ貴女を名前で呼ばせてほしい」
「……ではフリード、これからよろしくお願いしますね? 私の事も気軽にフランツェスカ……と、呼んでくださいませ?」
「っ……ええ、こちらこそ」
まさか敬称まで省かれるとは思っていなかったのでしょう、フリード王太子は一瞬驚いたように目を見開きます。
そして後方で待機する使節団の騎士たちがわずかに身を強張らせるのが、視界の隅に映りました。
やはりシュヴァルツヴァルトは信用なりません。
甘い言葉は上辺だけで、その裏でなにを考えているのかわかったものではない。
なにがあっても絶対に気を許しては駄目、自分のことは自分で守らなければ。
「……王太子フリード、フランツェスカ。つつがなく対面を果たせたようでなによりだ。この後二人で茶でも飲んで親交を深めるがよい」
玉座から響いたクソ親父の声に私は顔を上げる。
見上げれば玉座に座るクソ親父と、その隣には優雅に微笑む側妃カトリーナがいた。
――そして。
甘い微笑みを浮かべ、こちらに向かって駆け寄ってくるアリーシアの姿が目に入った。
「フランツェスカお姉様!」
「……アリーシア、どうしたの? 公式の場よ、大声で騒いではいけないわ」
「ごめんなさい、フランツェスカお姉様。だけど、お姉様のお婿さんにどうしてもご挨拶がしたかったの!」
「挨拶……?」
私の問いかけにアリーシアは無邪気な笑顔を浮かべ、なにも知らない無垢な妹を演じる。
そして。
「フリード王太子殿下! 私はアリーシア・モルゲンロートと申します。私の事もアリーシアと名前で呼んでくださいね?」
アリーシアはそう言って緩やかに波打つ金髪をふわりと揺らし、桃色の可憐なドレスでカーテシーをしてみせる。
その愛らしい姿はまるで天使のようで、周囲の貴族達からは感嘆の声が漏れ聞こえる。
……やられました。
私に用意されたこの真っ赤なドレスはこの状況を作る為に用意された、布石。
『妹の方が良かった』
と、フリード王太子に思わせる為の。
「……ええ、もうお会いすることはないでしょうが、よろしくお願いします。第二王女」
「えっ……?」
フリード王太子の冷ややかな一言にその場の空気が一変し、そう返されるとは思っていなかったアリーシアの笑顔が固まりました。
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