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11 まだ終わってない
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――翌朝。
モルゲンロート王宮、正門前。
ヘルマに手を引かれ王宮から出てくると。
そこには、
私と王太子が乗る予定の四頭立ての豪奢な馬車を先頭にして、輿入れの品々を積んだ荷馬車やクソ親父が用意した侍女達が乗る馬車が既に並んで待っていました。
敵国だったシュヴァルツヴァルトへの輿入れ。
その準備をしていても、どこか現実味がありませんでした。
……が、その光景を前にして。
やっと実感が湧いてきました、私はもうモルゲンロートの女王にはなれないのだと。
「フランツェスカ、お待ちしておりました」
「お待たせいたしました、フリード」
そんな私にゆっくりと歩み寄ってきたのは――
これから私が嫁ぐ、シュヴァルツヴァルトの王太子……フリードだった。
「フランツェスカ。貴女のような美しい人を妻に迎えられることは、一人の男としてこの上ない喜び」
フリード王太子は周囲の目を意識してなのか。
美しい姫君に忠誠を誓う物語の中の騎士のように、私の前でひざまづいて。
昨日よりもさらに芝居がかった甘い声で、砂糖でも吐いてしまいそうな台詞を平然と告げました。
そのわざとらしい台詞に私に同行する若い侍女達が、主人そっちのけでキャアキャアと黄色い声をあげて頬を赤く染めあげる。
この侍女達には、フリード王太子がさぞかし素敵に見えるのでしょう。
「っ……身に余るお言葉、ありがとうございます」
……ですがそれを間近で聞かされるこちらとしては、なかなかにたまったもんじゃありません。
私にひざまづくこの男が、
本心ではそう思っていない事を私は昨日すでに知ってしまっているのです。
ですからその言動は私にとって、気持ちが悪いなんてもんじゃありませんし。
できることならば今すぐにやめていただきたい。
「王太子妃としてだけではなく、一人の女性として貴女を必ず幸せすると……ここで誓います」
だけどそれを責めるつもりはありません、たとえその言葉が偽りであったとしても。
この場ではそれがきっと正解、なのですから――。
「姫様」
「ヘルマ……」
「私はこれで……失礼いたします」
「……帝国に帰っても、元気でいてねヘルマ?」
「姫様こそ……! どうか、どうか……! お幸せになってくださいませ」
「手紙を……書きます、だからヘルマは心配しないで?」
『幸せになる』
なんて、守れない約束はできません。
だけど帝国に帰るヘルマにこれ以上心配をかけたくなくて、安心してほしくて。
……私は話をすり替えたのです。
そして見送りの為に現れたのは。
私を敵国に嫁に出すと決めたクソ親父と、その傍らで優雅に微笑む側妃カトリーナ。
それとそのすぐ後ろ。
かつて手を取り合い、この国を二人で導いていこうと誓い合ったのに私を裏切ったレナード。
……そしてその傍らには、異母妹である第二王女アリーシアの姿が見えて。
手が震えました、言いようのない怒りに。
そして形式だけの別れをクソ親父と側妃に告げて、用意された馬車に乗り込もうとした。
――その時。
「フラン姫っ!」
今となっては懐かしく感じる聞き慣れた声。
その声のする方へと視線を向ければ。
「バナード! それに、第三騎士団のみんなまで……! どうして……ここに!?」
バナードは想定内といたしまして。
まだ北の砦で、撤収作業をしているはずの第三騎士団の騎士達がそこに全員揃っていて。
「フラン姫がシュヴァルツヴァルトに輿入れされると聞いて、我々いてもたってもいられず!」
「第三騎士団、ここに馳せ参じました!」
「国境までどうか……フラン姫のお供をさせて下さい!」
胸が熱くなりました。
みんながここに駆けつけてくれたことがただ嬉しくて、涙が溢れてしまいそうになる。
「ええ……是非に、お願いします。……いいですわよね、フリード?」
にっこりと微笑み。
『断ったら絶対に許さない』と、目で告げる。
「……ええもちろん、構いませんよ。では国境までの護衛、よろしくお願いします」
フリード王太子は何か言いたげな顔をしていたけれど、その申し出を断ることはなく。
国境まで第三騎士団の随行が正式に認められたのです。
華やかなはずの輿入れの場に、祝福の空気はどこにもありませんでした。
けれどそんなものはもう、どうでもいいのです。
彼らがこの場に駆け付けてくれたから。
「じゃあ……フラン姫の馬も連れてきたんで! 国境までどうぞ乗ってあげてください!」
「まぁ……! リリーじゃない! ここまで連れてきてくれたの……!?」
「え、馬? フランツェスカ……の!?」
一人の騎士が提案したその内容に、
フリード王太子は先ほどまでの芝居がかった声から、驚きの声に変わり。
よっぽど驚いたらしいことが窺えました。
そしてその姿が私にはどうにもおかしく感じられて、口からつい笑いがこぼれます。
「ふふっ……フリード、申し訳ございません! 私、国境まではこの子に乗って参りますので……それまでは馬車で一人、ごゆるりとお寛ぎくださいませ?」
「フランツェスカ!?」
ドレスで馬に乗るのは、決して容易なことではありません。
けれど戦場を馬で駆けていた私にとっては、どうということはなく。
馬上から周囲を見渡せば、第三騎士団の騎士たちが私を囲むように隊列を組んでいて。
頼もしいその光景に、胸が熱くなりました。
北の地で共に戦って、笑って。
命を預けあった仲間たち。
そして私を『ただの姫』ではなく。
『指揮官』として扱ってくれた彼らには、感謝しても感謝しきれない恩がありました。
彼ら第三騎士団がいなければ、きっと私はここにいなかったでしょう。
蹄の音が、重苦しい空気を次第に晴らしていく。
――この光景を誰も予想していなかったでしょう。
そして王宮の正門がゆっくりと開かれ、私たちは大通りへと進み出ました。
その瞬間、でした。
「フランツェスカ様ーー! ありがとうー!」
「第一王女殿下! おめでとうございます!」
「姫様っ……ありがとうございます……」
まるで堰を切ったかのように、大通り沿いに集まった民たちから私に向けて歓声が上がったのです。
色とりどりの花びらがひらりひらりと空を舞う。
幼い子どもたちが大きく手を振って、老婦人が流れる涙を拭い頭を下げる。
それは決して盛大なものではなかった。
けれどそれは間違いなく、心からの祝福と感謝でした。
「っ……みんな、ありがとう」
モルゲンロートの王宮の門が、徐々に遠ざかっていく。
これから私が進む道は決して楽なものではないでしょう、だけど絶対に諦めたりなんかしません。
私はまだ……終わっていないのだから。
――翌朝。
モルゲンロート王宮、正門前。
ヘルマに手を引かれ王宮から出てくると。
そこには、
私と王太子が乗る予定の四頭立ての豪奢な馬車を先頭にして、輿入れの品々を積んだ荷馬車やクソ親父が用意した侍女達が乗る馬車が既に並んで待っていました。
敵国だったシュヴァルツヴァルトへの輿入れ。
その準備をしていても、どこか現実味がありませんでした。
……が、その光景を前にして。
やっと実感が湧いてきました、私はもうモルゲンロートの女王にはなれないのだと。
「フランツェスカ、お待ちしておりました」
「お待たせいたしました、フリード」
そんな私にゆっくりと歩み寄ってきたのは――
これから私が嫁ぐ、シュヴァルツヴァルトの王太子……フリードだった。
「フランツェスカ。貴女のような美しい人を妻に迎えられることは、一人の男としてこの上ない喜び」
フリード王太子は周囲の目を意識してなのか。
美しい姫君に忠誠を誓う物語の中の騎士のように、私の前でひざまづいて。
昨日よりもさらに芝居がかった甘い声で、砂糖でも吐いてしまいそうな台詞を平然と告げました。
そのわざとらしい台詞に私に同行する若い侍女達が、主人そっちのけでキャアキャアと黄色い声をあげて頬を赤く染めあげる。
この侍女達には、フリード王太子がさぞかし素敵に見えるのでしょう。
「っ……身に余るお言葉、ありがとうございます」
……ですがそれを間近で聞かされるこちらとしては、なかなかにたまったもんじゃありません。
私にひざまづくこの男が、
本心ではそう思っていない事を私は昨日すでに知ってしまっているのです。
ですからその言動は私にとって、気持ちが悪いなんてもんじゃありませんし。
できることならば今すぐにやめていただきたい。
「王太子妃としてだけではなく、一人の女性として貴女を必ず幸せすると……ここで誓います」
だけどそれを責めるつもりはありません、たとえその言葉が偽りであったとしても。
この場ではそれがきっと正解、なのですから――。
「姫様」
「ヘルマ……」
「私はこれで……失礼いたします」
「……帝国に帰っても、元気でいてねヘルマ?」
「姫様こそ……! どうか、どうか……! お幸せになってくださいませ」
「手紙を……書きます、だからヘルマは心配しないで?」
『幸せになる』
なんて、守れない約束はできません。
だけど帝国に帰るヘルマにこれ以上心配をかけたくなくて、安心してほしくて。
……私は話をすり替えたのです。
そして見送りの為に現れたのは。
私を敵国に嫁に出すと決めたクソ親父と、その傍らで優雅に微笑む側妃カトリーナ。
それとそのすぐ後ろ。
かつて手を取り合い、この国を二人で導いていこうと誓い合ったのに私を裏切ったレナード。
……そしてその傍らには、異母妹である第二王女アリーシアの姿が見えて。
手が震えました、言いようのない怒りに。
そして形式だけの別れをクソ親父と側妃に告げて、用意された馬車に乗り込もうとした。
――その時。
「フラン姫っ!」
今となっては懐かしく感じる聞き慣れた声。
その声のする方へと視線を向ければ。
「バナード! それに、第三騎士団のみんなまで……! どうして……ここに!?」
バナードは想定内といたしまして。
まだ北の砦で、撤収作業をしているはずの第三騎士団の騎士達がそこに全員揃っていて。
「フラン姫がシュヴァルツヴァルトに輿入れされると聞いて、我々いてもたってもいられず!」
「第三騎士団、ここに馳せ参じました!」
「国境までどうか……フラン姫のお供をさせて下さい!」
胸が熱くなりました。
みんながここに駆けつけてくれたことがただ嬉しくて、涙が溢れてしまいそうになる。
「ええ……是非に、お願いします。……いいですわよね、フリード?」
にっこりと微笑み。
『断ったら絶対に許さない』と、目で告げる。
「……ええもちろん、構いませんよ。では国境までの護衛、よろしくお願いします」
フリード王太子は何か言いたげな顔をしていたけれど、その申し出を断ることはなく。
国境まで第三騎士団の随行が正式に認められたのです。
華やかなはずの輿入れの場に、祝福の空気はどこにもありませんでした。
けれどそんなものはもう、どうでもいいのです。
彼らがこの場に駆け付けてくれたから。
「じゃあ……フラン姫の馬も連れてきたんで! 国境までどうぞ乗ってあげてください!」
「まぁ……! リリーじゃない! ここまで連れてきてくれたの……!?」
「え、馬? フランツェスカ……の!?」
一人の騎士が提案したその内容に、
フリード王太子は先ほどまでの芝居がかった声から、驚きの声に変わり。
よっぽど驚いたらしいことが窺えました。
そしてその姿が私にはどうにもおかしく感じられて、口からつい笑いがこぼれます。
「ふふっ……フリード、申し訳ございません! 私、国境まではこの子に乗って参りますので……それまでは馬車で一人、ごゆるりとお寛ぎくださいませ?」
「フランツェスカ!?」
ドレスで馬に乗るのは、決して容易なことではありません。
けれど戦場を馬で駆けていた私にとっては、どうということはなく。
馬上から周囲を見渡せば、第三騎士団の騎士たちが私を囲むように隊列を組んでいて。
頼もしいその光景に、胸が熱くなりました。
北の地で共に戦って、笑って。
命を預けあった仲間たち。
そして私を『ただの姫』ではなく。
『指揮官』として扱ってくれた彼らには、感謝しても感謝しきれない恩がありました。
彼ら第三騎士団がいなければ、きっと私はここにいなかったでしょう。
蹄の音が、重苦しい空気を次第に晴らしていく。
――この光景を誰も予想していなかったでしょう。
そして王宮の正門がゆっくりと開かれ、私たちは大通りへと進み出ました。
その瞬間、でした。
「フランツェスカ様ーー! ありがとうー!」
「第一王女殿下! おめでとうございます!」
「姫様っ……ありがとうございます……」
まるで堰を切ったかのように、大通り沿いに集まった民たちから私に向けて歓声が上がったのです。
色とりどりの花びらがひらりひらりと空を舞う。
幼い子どもたちが大きく手を振って、老婦人が流れる涙を拭い頭を下げる。
それは決して盛大なものではなかった。
けれどそれは間違いなく、心からの祝福と感謝でした。
「っ……みんな、ありがとう」
モルゲンロートの王宮の門が、徐々に遠ざかっていく。
これから私が進む道は決して楽なものではないでしょう、だけど絶対に諦めたりなんかしません。
私はまだ……終わっていないのだから。
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