死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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18 視線で殺す

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18

 
 薄氷のような青の瞳が室内をぐるりと一瞥したあと。
 部屋の隅にいた侍女達をフリード王太子は視界に捉えて、この場には似つかわしくない殺気を放ったのです。

 フリード王太子の視線に震え上がる侍女達。
 蛇に睨まれた蛙という言葉は、今この状況のために存在するのではないかと思ってしまうほど。
 
 まあ正直。
「こんな朝早くから人の部屋にわざわざやってきて、貴方はいったいなにをしているのか」
 と、フリード王太子を問いただしたいような気持ちもあるにはありましたが。
 
 生意気な侍女達が情けなく震え上がるその姿に内心、ざまぁみろと胸がすくような思いもあって。
 性格があまりよろしくない私はその様子を黙って見守っていようかなとか、一度は思いましたが。
 
 絶対零度の視線を向けられた若い侍女達は皆そろってカタカタと小刻みに震え、その顔色は蒼白を通り越してもはや真っ白で。
 ……なんだか可哀想に思えてきてしまって。
 
 戦場にいた私ならいざ知らず、なにも知らない若い侍女達にその殺気は刺激が強すぎる。

 もう少しだけその様子を眺めていたいような気持ちもありましたが、仕方がないので侍女達に助け船でもだしてあげようと思います。
 
 フリード王太子が侍女達に怒っている理由も、知りたいですし。
 
「おはようございます、フリード 。あの……」

 と、声をかけた瞬間。
 
「――どういうことだ、これは?」

 底冷えでもしそうな冷たく低い声で、フリード王太子は侍女達に詰め寄ったのです。

「お……王太子殿下!?」

「その、わたくし達は……!」

 睨まれてうまく答えることができない侍女二人はしどろもどろに、言い訳を述べようとする。
 けれど――

「言い訳は聞いていない。お前達は侍女の仕事をなんだと思っている?」

「え、ええっと……」

「それはっ……!」

 フリード王太子は言い訳など聞きたくないと、侍女達を一刀両断。
 
「外は雪が降り、部屋は氷のように冷えているというのに暖炉に火もつけず、主人をあんな薄着で放っておくとは。お前達は私の妻を殺す気なのか?」

 怒気を孕んだ声が部屋に響く。
 
 私の前では誰に対しても丁寧な言葉遣いで話し、貴公子のような社交的な笑みを浮かべていたフリード王太子でしたけれど、今ではその仮面は完全に剥がれてしまっていて。

 これがこの男の素なのかと珍しいものを見られたようで、なんだか得したような気分になりますし。
 貴公子の仮面をかなぐり捨てたその姿は、見ている分には面白くて。
 殺気を向けられている侍女達には少し悪いですが、このまま見守ることにしました。

 ……下手に口出ししたら、火に油を注ぎかねませんし。

「も、申し訳ございません……!」

「わたくし達、そんなつもりでは、なくて……その……」

 フリード王太子に叱責されて。
 自分がなにをしてしまったのかやっと気付いたらしく、一人の侍女が謝罪の言葉を口にする。
 
 ――けれど。

「黙れ。本日限りでお前達の任を解く、モルゲンロートへ即刻帰還の準備をしろ」

「困ります! わたくし達は……」

「そんな……国に帰るなんて嫌ですわ!」

 侍女達は嫌だ嫌だと泣き喚いて抵抗しますが、フリード王太子が連れてきた女官と騎士に連れられて私の部屋から連れ出されていく。
 
 連れられて行く侍女達には恨みがましい目で睨まれましたが、私にはどうすることもできませんし、自業自得という言葉がこれほど似合う状況もそうそうありません。
 
 そしてフリード王太子のその決断の速さに。
 私が一年かけても、最後まで打ち取れなかった男は流石だなと少し感心いたしました。

 けれど……大丈夫でしょうか?
 あの侍女達はクソ親父が手配した侍女。
 モルゲンロートに返したということで、面倒な事態にならないといいのですが。

「……フランツェスカ、勝手な事をしてすいません」

「いえ、本当なら私が侍女達を叱らなければならなかったのです。お手数をお掛けしてこちらこそ申し訳ございません」

「いいえ、こちらこそ気が付くのが遅れてしまって貴女には不自由な思いをさせてしまいました、本当に申し訳ない」

「フリードに謝っていただく程のことではありませんわ、このくらい問題ありません」

「そう言っていただけると助かります。ですがあの侍女達はモルゲンロートでも……今のような調子だったのですか?」

「いいえ! 私の侍女は他にいたのです。ですが帝国出身ということで、今回の輿入れに連れてくることをお父様がお許しにならず、帝国へ帰されてしまいまして……あの侍女達はお父様が手配した者達ですわ」

「そうでしたか……あの、フランツェスカ?」

 ふと気づくとフリード王太子が私の顔をじっと、見ていた。

「はい、どうしましたか?」

「あ、いや……なんでも……」

 え、なに?
 本当は私にも怒ってたりする?
 自分が連れてきた侍女なんだから、管理ぐらい自分でしろとか。

 ……気のせいなんかじゃない。
 やっぱり睨まれてる気がする。
 穴が開きそうなほどじっ……と、見られている。

 なんか、怖い。
 あの薄氷みたいな青い瞳、無駄に刺さる。

「あの、フリード? 私になにか……」

 いたたまれなくなって声を掛けた。
 
 そうするとフリードは。

「傷が、ありますね……それは?」

「え、あ……これは……」

 ……まずい、見られた。
 
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