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19 義務だけじゃない
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「傷が、ありますね……それは?」
フリード王太子のその声には、侍女達を叱責していた時のような冷たさは全くといっていいほど感じられない。
いやそれどころか気遣いを感じさせるような温かい声音で、なんだか本当に私を心配しているようだった。
「え、あ……これは……」
まずい、見られた。
今日はまだ化粧をしていなかった。
だけどよりによって、どうして今。
あともう少しで完全に治るところだったのに。
頬にかすかに残る傷。
それは鏡で見ても、じっくり見なければ気づかないほど薄い。
なのに、フリード王太子の目はそれを見逃してはくれなかった。
まったく、目ざとい。
戦場でも嫌というほど実感しましたが、ほんとに厄介な男です。
「まさか……お父上に、なにかされたのですか?」
「えっ、ち、違います!」
反射的に否定の言葉が出る。
だけどあまりに強く否定してしまったせいで、声が上ずってしまった。
フリード王太子の瞳には、疑いの色。
きっとクソ親父の部屋から泣いて出てきた所を、見られてしまった為でしょう。
「では、その傷はどこで誰に?」
「かっ……階段で転けて、落ちて、それで……ちょっとぶつけただけなんです。おっちょこちょいですよね、私」
自分でもかなり苦しい言い訳だなと頭ではわかっています。
だけど「戦場で負った傷です」なんて言えるわけがないし、言い訳なんて用意していませんでした。
貴方の嫁になる王女は先の戦争で、貴方と殺し合いをしていた敵将でした。
なんて……そんなことが知られたら。
せっかく結ばれた和平が破綻してしまう。
ですから。
この嘘だけは、どうしても守りきらなければいけない。
それを聞いたフリード王太子はしばらく黙ったまま、私の事をじっと見つめていた。
その青の瞳は探るようにこちらを捉えて、なかなか離してはくれない。
しつこい男は嫌われるってご存じないのでしょうか?
それに女の嘘は暴いてはいけないのですよ、とっても危険なので。
「……貴女が階段から落ちた時、その現場を目撃した者はいますか?」
「えっと……侍女が、いましたけど? 今は帝国に帰国してしまったので」
「ふむ。そうですか……ではその時、貴女を治療した医者の名前は? どんな治療を受けましたか?」
……う、うわ。これじゃまるで尋問。
そんなことまで聞く必要あります?
「いちいちそんなこと、覚えておりませんわ。王宮に医者なんて沢山おりますし」
にっこりと笑ってみせる。
どうかこれ以上追及してこないで、ボロが出る。
けれどフリード王太子は私から視線を逸らしてくれない。
むしろ一歩、こちらに近づいてきた。
それは息がかかるほどの距離。
なぜか胸の奥がどきりと跳ねる。
怖くはないはずなのに。
「フランツェスカ。貴女は私の妻です。たとえ政略のためであったとしても……私には貴女を守るという、夫としての義務があるのです」
義務、ね。
「義務ですか。確かに『夫としての務めは果たす』と、あの日おっしゃっておられましたものね? ご立派ですわ、ご自分の発言に責任を持とうとされるなんて」
「それは……」
私の言葉に青の瞳がわずかに揺れる。
「ええ、わかっておりますわ。私を愛さない代わりに夫としての義務を果たす。そうでしょう?」
「義務だけでは……ありません。貴女を傷つける者を私は決して許しません。それがたとえモルゲンロートの王だとしても」
そんな風に真剣な顔して言われたら。
本当にそう思ってるんじゃないかって、勘違いしてしまいそうになりますし。
なんだか調子が狂います。
「……大丈夫です。痛みはありませんし、それにもう治りかけですし」
そう答えるとフリードはしばらく私の顔を見つめ、やがて小さく息を吐きだした。
「そうですか。では今は引き下がりましょう。これ以上聞いても貴女は本当の事を教えてくれなさそうですから。ですが、いずれはきちんと話してくださいね?」
罪悪感で胸の奥がちくりと痛む。
だけど、私は嘘をつき続ける。
この和平を絶対に壊したくないから。
「傷が、ありますね……それは?」
フリード王太子のその声には、侍女達を叱責していた時のような冷たさは全くといっていいほど感じられない。
いやそれどころか気遣いを感じさせるような温かい声音で、なんだか本当に私を心配しているようだった。
「え、あ……これは……」
まずい、見られた。
今日はまだ化粧をしていなかった。
だけどよりによって、どうして今。
あともう少しで完全に治るところだったのに。
頬にかすかに残る傷。
それは鏡で見ても、じっくり見なければ気づかないほど薄い。
なのに、フリード王太子の目はそれを見逃してはくれなかった。
まったく、目ざとい。
戦場でも嫌というほど実感しましたが、ほんとに厄介な男です。
「まさか……お父上に、なにかされたのですか?」
「えっ、ち、違います!」
反射的に否定の言葉が出る。
だけどあまりに強く否定してしまったせいで、声が上ずってしまった。
フリード王太子の瞳には、疑いの色。
きっとクソ親父の部屋から泣いて出てきた所を、見られてしまった為でしょう。
「では、その傷はどこで誰に?」
「かっ……階段で転けて、落ちて、それで……ちょっとぶつけただけなんです。おっちょこちょいですよね、私」
自分でもかなり苦しい言い訳だなと頭ではわかっています。
だけど「戦場で負った傷です」なんて言えるわけがないし、言い訳なんて用意していませんでした。
貴方の嫁になる王女は先の戦争で、貴方と殺し合いをしていた敵将でした。
なんて……そんなことが知られたら。
せっかく結ばれた和平が破綻してしまう。
ですから。
この嘘だけは、どうしても守りきらなければいけない。
それを聞いたフリード王太子はしばらく黙ったまま、私の事をじっと見つめていた。
その青の瞳は探るようにこちらを捉えて、なかなか離してはくれない。
しつこい男は嫌われるってご存じないのでしょうか?
それに女の嘘は暴いてはいけないのですよ、とっても危険なので。
「……貴女が階段から落ちた時、その現場を目撃した者はいますか?」
「えっと……侍女が、いましたけど? 今は帝国に帰国してしまったので」
「ふむ。そうですか……ではその時、貴女を治療した医者の名前は? どんな治療を受けましたか?」
……う、うわ。これじゃまるで尋問。
そんなことまで聞く必要あります?
「いちいちそんなこと、覚えておりませんわ。王宮に医者なんて沢山おりますし」
にっこりと笑ってみせる。
どうかこれ以上追及してこないで、ボロが出る。
けれどフリード王太子は私から視線を逸らしてくれない。
むしろ一歩、こちらに近づいてきた。
それは息がかかるほどの距離。
なぜか胸の奥がどきりと跳ねる。
怖くはないはずなのに。
「フランツェスカ。貴女は私の妻です。たとえ政略のためであったとしても……私には貴女を守るという、夫としての義務があるのです」
義務、ね。
「義務ですか。確かに『夫としての務めは果たす』と、あの日おっしゃっておられましたものね? ご立派ですわ、ご自分の発言に責任を持とうとされるなんて」
「それは……」
私の言葉に青の瞳がわずかに揺れる。
「ええ、わかっておりますわ。私を愛さない代わりに夫としての義務を果たす。そうでしょう?」
「義務だけでは……ありません。貴女を傷つける者を私は決して許しません。それがたとえモルゲンロートの王だとしても」
そんな風に真剣な顔して言われたら。
本当にそう思ってるんじゃないかって、勘違いしてしまいそうになりますし。
なんだか調子が狂います。
「……大丈夫です。痛みはありませんし、それにもう治りかけですし」
そう答えるとフリードはしばらく私の顔を見つめ、やがて小さく息を吐きだした。
「そうですか。では今は引き下がりましょう。これ以上聞いても貴女は本当の事を教えてくれなさそうですから。ですが、いずれはきちんと話してくださいね?」
罪悪感で胸の奥がちくりと痛む。
だけど、私は嘘をつき続ける。
この和平を絶対に壊したくないから。
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