19 / 68
19 義務だけじゃない
しおりを挟む
19
「傷が、ありますね……それは?」
フリード王太子のその声には、侍女達を叱責していた時のような冷たさは全くといっていいほど感じられない。
いやそれどころか気遣いを感じさせるような温かい声音で、なんだか本当に私を心配しているようだった。
「え、あ……これは……」
まずい、見られた。
今日はまだ化粧をしていなかった。
だけどよりによって、どうして今。
あともう少しで完全に治るところだったのに。
頬にかすかに残る傷。
それは鏡で見ても、じっくり見なければ気づかないほど薄い。
なのに、フリード王太子の目はそれを見逃してはくれなかった。
まったく、目ざとい。
戦場でも嫌というほど実感しましたが、ほんとに厄介な男です。
「まさか……お父上に、なにかされたのですか?」
「えっ、ち、違います!」
反射的に否定の言葉が出る。
だけどあまりに強く否定してしまったせいで、声が上ずってしまった。
フリード王太子の瞳には、疑いの色。
きっとクソ親父の部屋から泣いて出てきた所を、見られてしまった為でしょう。
「では、その傷はどこで誰に?」
「かっ……階段で転けて、落ちて、それで……ちょっとぶつけただけなんです。おっちょこちょいですよね、私」
自分でもかなり苦しい言い訳だなと頭ではわかっています。
だけど「戦場で負った傷です」なんて言えるわけがないし、言い訳なんて用意していませんでした。
貴方の嫁になる王女は先の戦争で、貴方と殺し合いをしていた敵将でした。
なんて……そんなことが知られたら。
せっかく結ばれた和平が破綻してしまう。
ですから。
この嘘だけは、どうしても守りきらなければいけない。
それを聞いたフリード王太子はしばらく黙ったまま、私の事をじっと見つめていた。
その青の瞳は探るようにこちらを捉えて、なかなか離してはくれない。
しつこい男は嫌われるってご存じないのでしょうか?
それに女の嘘は暴いてはいけないのですよ、とっても危険なので。
「……貴女が階段から落ちた時、その現場を目撃した者はいますか?」
「えっと……侍女が、いましたけど? 今は帝国に帰国してしまったので」
「ふむ。そうですか……ではその時、貴女を治療した医者の名前は? どんな治療を受けましたか?」
……う、うわ。これじゃまるで尋問。
そんなことまで聞く必要あります?
「いちいちそんなこと、覚えておりませんわ。王宮に医者なんて沢山おりますし」
にっこりと笑ってみせる。
どうかこれ以上追及してこないで、ボロが出る。
けれどフリード王太子は私から視線を逸らしてくれない。
むしろ一歩、こちらに近づいてきた。
それは息がかかるほどの距離。
なぜか胸の奥がどきりと跳ねる。
怖くはないはずなのに。
「フランツェスカ。貴女は私の妻です。たとえ政略のためであったとしても……私には貴女を守るという、夫としての義務があるのです」
義務、ね。
「義務ですか。確かに『夫としての務めは果たす』と、あの日おっしゃっておられましたものね? ご立派ですわ、ご自分の発言に責任を持とうとされるなんて」
「それは……」
私の言葉に青の瞳がわずかに揺れる。
「ええ、わかっておりますわ。私を愛さない代わりに夫としての義務を果たす。そうでしょう?」
「義務だけでは……ありません。貴女を傷つける者を私は決して許しません。それがたとえモルゲンロートの王だとしても」
そんな風に真剣な顔して言われたら。
本当にそう思ってるんじゃないかって、勘違いしてしまいそうになりますし。
なんだか調子が狂います。
「……大丈夫です。痛みはありませんし、それにもう治りかけですし」
そう答えるとフリードはしばらく私の顔を見つめ、やがて小さく息を吐きだした。
「そうですか。では今は引き下がりましょう。これ以上聞いても貴女は本当の事を教えてくれなさそうですから。ですが、いずれはきちんと話してくださいね?」
罪悪感で胸の奥がちくりと痛む。
だけど、私は嘘をつき続ける。
この和平を絶対に壊したくないから。
「傷が、ありますね……それは?」
フリード王太子のその声には、侍女達を叱責していた時のような冷たさは全くといっていいほど感じられない。
いやそれどころか気遣いを感じさせるような温かい声音で、なんだか本当に私を心配しているようだった。
「え、あ……これは……」
まずい、見られた。
今日はまだ化粧をしていなかった。
だけどよりによって、どうして今。
あともう少しで完全に治るところだったのに。
頬にかすかに残る傷。
それは鏡で見ても、じっくり見なければ気づかないほど薄い。
なのに、フリード王太子の目はそれを見逃してはくれなかった。
まったく、目ざとい。
戦場でも嫌というほど実感しましたが、ほんとに厄介な男です。
「まさか……お父上に、なにかされたのですか?」
「えっ、ち、違います!」
反射的に否定の言葉が出る。
だけどあまりに強く否定してしまったせいで、声が上ずってしまった。
フリード王太子の瞳には、疑いの色。
きっとクソ親父の部屋から泣いて出てきた所を、見られてしまった為でしょう。
「では、その傷はどこで誰に?」
「かっ……階段で転けて、落ちて、それで……ちょっとぶつけただけなんです。おっちょこちょいですよね、私」
自分でもかなり苦しい言い訳だなと頭ではわかっています。
だけど「戦場で負った傷です」なんて言えるわけがないし、言い訳なんて用意していませんでした。
貴方の嫁になる王女は先の戦争で、貴方と殺し合いをしていた敵将でした。
なんて……そんなことが知られたら。
せっかく結ばれた和平が破綻してしまう。
ですから。
この嘘だけは、どうしても守りきらなければいけない。
それを聞いたフリード王太子はしばらく黙ったまま、私の事をじっと見つめていた。
その青の瞳は探るようにこちらを捉えて、なかなか離してはくれない。
しつこい男は嫌われるってご存じないのでしょうか?
それに女の嘘は暴いてはいけないのですよ、とっても危険なので。
「……貴女が階段から落ちた時、その現場を目撃した者はいますか?」
「えっと……侍女が、いましたけど? 今は帝国に帰国してしまったので」
「ふむ。そうですか……ではその時、貴女を治療した医者の名前は? どんな治療を受けましたか?」
……う、うわ。これじゃまるで尋問。
そんなことまで聞く必要あります?
「いちいちそんなこと、覚えておりませんわ。王宮に医者なんて沢山おりますし」
にっこりと笑ってみせる。
どうかこれ以上追及してこないで、ボロが出る。
けれどフリード王太子は私から視線を逸らしてくれない。
むしろ一歩、こちらに近づいてきた。
それは息がかかるほどの距離。
なぜか胸の奥がどきりと跳ねる。
怖くはないはずなのに。
「フランツェスカ。貴女は私の妻です。たとえ政略のためであったとしても……私には貴女を守るという、夫としての義務があるのです」
義務、ね。
「義務ですか。確かに『夫としての務めは果たす』と、あの日おっしゃっておられましたものね? ご立派ですわ、ご自分の発言に責任を持とうとされるなんて」
「それは……」
私の言葉に青の瞳がわずかに揺れる。
「ええ、わかっておりますわ。私を愛さない代わりに夫としての義務を果たす。そうでしょう?」
「義務だけでは……ありません。貴女を傷つける者を私は決して許しません。それがたとえモルゲンロートの王だとしても」
そんな風に真剣な顔して言われたら。
本当にそう思ってるんじゃないかって、勘違いしてしまいそうになりますし。
なんだか調子が狂います。
「……大丈夫です。痛みはありませんし、それにもう治りかけですし」
そう答えるとフリードはしばらく私の顔を見つめ、やがて小さく息を吐きだした。
「そうですか。では今は引き下がりましょう。これ以上聞いても貴女は本当の事を教えてくれなさそうですから。ですが、いずれはきちんと話してくださいね?」
罪悪感で胸の奥がちくりと痛む。
だけど、私は嘘をつき続ける。
この和平を絶対に壊したくないから。
1,933
あなたにおすすめの小説
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる