死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
20 / 68

20 干渉しない、とは?

しおりを挟む
20




「それはそうとして、フランツェスカ?」

「はい?」

 話はもう終わったのでは?
 まだ私になにかあるのでしょうか。

「次の侍女が決まるまでの間、私の補佐をしてくれている女官を侍女として使ってください。名はレイチェル、彼女は指示したことならなんでも完璧にこなしてくれる優秀な女官なので、侍女の仕事でも特に問題は起きないでしょう」

「えっ!? 王太子殿下付きの女官の方に侍女をさせるなんて、そんな…… !」

 次はなにを言い出すのかと思えば、女官に侍女の真似事をさせる!?
 この王太子、なにを考えているのでしょうか。

 女官というのは王宮に仕える官職であり、身の回りの世話をさせていいような存在ではない。
 そんなことされたら、こっちが恐縮のし過ぎて胃に穴が空いてしまう。

 ハッキリ言ってありがた迷惑。
 嫌がらせなのではないかと、疑ってしまうような提案です。
 
「承知いたしました、フリード殿下。このレイチェル、全力で務め上げさせていただきます」

「ええ、よろしく頼みます」

 あ、当事者の意見は無視ということで。

「フランツェスカ様、私の心配ならばなさらないでくださいませ。主の望みとあらば、どんな困難な命令でも成し遂げるのが我々補佐の務め」

「いや、ですが……」

「ご安心ください。私の娘はフランツェスカ様と同い年ですので!」

 そう言って微笑んだレイチェルの笑顔には、嫌とは言わせないような迫力があって。
 私は早々に白旗を上げざるを得ませんでした。


*** 

 
 それから半刻も経たないうちに。

 部屋はまるで別世界。
 暖炉には火が入り、温かなお茶が用意されて冷え切っていた身体はぽかぽかで。
 信じられないくらい快適になっていました。

「改めましてご挨拶を。フリード殿下の命により、これよりフランツェスカ様の侍女を務めさせていただきます。レイチェルと申します。至らぬ点もございますがどうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします、レイチェル」

「かしこまりました、フランツェスカ様。ではお召し替えをいたしましょう、その後朝食をお持ちいたしますね」

 テキパキと無駄なく動く姿があまりに美しくて、思わず感嘆の声が漏れそうになった。
 
 ……だめだ、完全に格が違う。
 クソ親父が選んだ侍女達なんて、比較対象にすらなりはしない。
 レイチェルの仕事ぶりを見ていると、あの侍女たちがどれだけ仕事が出来なかったのかよくわかりました。
  
 そりゃあベテラン侍女のヘルマに比べたら、まだまだ劣るのでしょうけれど。
 レイチェルは必要十分に動いてくれています。
 
 そんな私の心の声をよそに、レイチェルは手早く私の着替えを手伝ってくれました。
 ドレスは一人で着られません、あのままあの侍女達だったなら着替えはいつになっていたのか。
 
 暖炉の火がぱちぱちとはぜる音が心地いい。
 やっと、人間の住む部屋になった気がします。
 一年間北にいたので寒さにはそれなりに慣れていますが、やはり部屋の中は暖かい方がいい。

 ですがこのレイチェルという女官、私の行動をフリード王太子に報告する恐れがあります。
 あまり気を許しすぎないようにしなくてはいけませんね。
 
 そして、ようやく人心地がついたと思った矢先。 
 ――再び扉を叩く音がした。 

「フランツェスカ」

 呼んだ覚えもないのに、フリード王太子はなぜかまた私の前に姿を現したのです。

 お次はいったいなんの用でしょうか?
 
 干渉しないとか言っていたわりに、フリード王太子は何故か私を構ってくる。
 シュヴァルツヴァルトに来るまでの馬車の中でもよく話しかけて来ていましたし、もしかして暇なのでしょうか。

「あの……フリード? どうかしましたか」

 薄氷のような青の瞳がまっすぐに私を見る。
 
 ……いや、なんというか。
 見られているというより、睨まれてるような気がするのは気のせいでしょうか?

 見られ過ぎて顔に穴が開いてしまいそうです。

「何不自由ない生活を貴女に約束すると私は言いましたよね? それに王太子妃が寒さに震えるなど、王家の威信にかかわります」

 それだけ言うと、フリード王太子はレイチェルに視線を向けた。
 
「レイチェル、貴女を今日からフランツェスカの筆頭侍女とします。彼女が必要なものはすべて揃えてさしあげてください」

「承知いたしました、フリード殿下」

「それと今日はこの間の約束どおり、フランツェスカに騎士団をご案内しようと思いまして」

「えっ、騎士団?」

「以前馬車の中で、シュヴァルツヴァルトの騎士に興味があるとおっしゃっておいででしたでしょう?」

「それは、はい。そうですが」

「昼になり雪もだいぶ落ち着いてきました。見学にちょうどいいかなと思いまして……迷惑でしたか?」

「あ……いえ、こんなにも早く私の願いを叶えていただけるとは思っておりませんで。迷惑だなんてそんな、とんでもない。とても嬉しいですわ。ですがお仕事は大丈夫なんですか……お忙しいのでは?」

 この王太子、お仕事してます?
 王太子なら公務とか戦後処理とかいくらでも仕事があるはずなのに、こんな所で油売っていて大丈夫なのでしょうか。
 
 心配してやるような義理はありませんが、私は王太子妃となりますので。
 王太子が仕事をほったらかして、遊び呆けているのは看過できない。

 だからサボってないでバリバリ働け。

 それに今日くらいゆっくり休みたい。
 
「今は多少時間にゆとりがあるんです。結婚式を終えた後は少し忙しくなってしまうので……なので今が一番融通が利くんですよ」

「そうでしたのね。もしフリードのご迷惑でなければ、見学させてくださいませ。実はとっても楽しみにしておりましたの! シュヴァルツヴァルトの騎士様の動きには私、目を見張りましたから……」

 シュヴァルツヴァルトの騎士達には、何度驚かされたことかわからない。
 いくつもの策を巡らせ全滅に追い込んでやろうとしたのに騎士達はその度に立て直し、大した成果は最後まで得られませんでした。

 だからこそ彼らを間近で観察できるこの機会を、私はとても楽しみにしておりました。
 なので、その言葉には嘘はありませんが。

 今日はゆっくり休みたかった。
 
「……では部屋の外で待っています。準備ができましたら声をかけてください。それと雪は落ち着いたと言ってもやはり外は寒いので、なるべく暖かい装いで」

 そう言い残して、フリード王太子は踵を返し部屋から出て行った。

 ……もしかして。
 シュヴァルツヴァルトで干渉しないとは、構い倒すという意味なのかもしれません。
 流石はシュヴァルツヴァルト、言葉の定義がモルゲンロートとは全く違いますね。

 ……って、んなわけあるか! 

「ではフランツェスカ様、外出のお支度をいたしましょう。寒いですのでコートとブーツを……」

「はい、よろしく頼みます」

 一人脳内ツッコミをいれていたら、レイチェルが外出の準備を始めていました。
 この方本当に仕事が早いですね。

「それとお化粧ですが、薄くしましょうね! ずっと気になっておりましたのよ、フランツェスカ様はお化粧などされずともお美しいのに……と」

「薄く……」

「そのお化粧はモルゲンロートの流行ですか?」

 傷を隠す為です。
 これが流行していたら普通に嫌です。
 
 こんなものが流行していたなんて嘘をつけば、モルゲンロートに対する風評被害となってしまいます。

 なので。

「いえ、趣味です」

「……そうでしたか。では薄くしましょう」

 レイチェルの有無を言わせない笑顔で、あえなく化粧は薄くされてしまったのでした。

 
しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...