死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

文字の大きさ
22 / 68

22 怒りの理由と、白の令嬢

しおりを挟む
22



「……必要ありません」

 訓練場に響いたその低い声に、その場の空気が一瞬にして凍り付いた。
 
「フリード殿下!」

「お前達、自分達がなにを言っているのか本気でわかっているのか? か弱い女性に助けられただけでなく、教えを乞うなどと……! シュヴァルツヴァルトの騎士として誇りはないのか!」

「も、申し訳ございません!」

「それに他国から嫁いできたばかりのフランツェスカに余計な負担をかけようとするとは……紳士として恥ずべき行為だ!」

 若い騎士は慌てて頭を下げますが、フリード王太子の怒りは収まらない。
 なにをそんなに怒っているのでしょうか?
 
 私はてっきり、出しゃばった真似をした私に対して怒っているものとばかり思っておりましたが。
 ……どうやらそれは違うようで。
 
「あ……ごめんなさい、フリード。私、少し出過ぎた真似をしてしまったみたい。ですから騎士様をあまり叱らないであげてくださいませ、皆さんきっと私に気を遣われて……」

「……フランツェスカ、貴女が謝る必要はありません。これは騎士達の職務怠慢が招いた結果です」

「ですが……」

「フランツェスカ? 貴女も今後一切危険な真似は二度となさらないでください。いいですね?」

 あの程度のことで叱責される若い騎士がなんだか不憫に思えてきて、助け船を出しますが。
 完全に焼け石に水だったようで、怒りの熱はむしろ強くなった。
 
「ふ、フリード殿下! うちの騎士達がご迷惑をおかけして大変申し訳ない! 若いもんにはあとで私から言って聞かせますので。あ、王太子妃殿下もお怪我はございませんか!?」

 フリード王太子の激しい剣幕に騎士団長グスタフが気付いて、焦ったように駆け寄ってくる。
 
「えっ、ええ。どこも怪我はありません。お気遣いありがとうございます」

「ああ、それはよかった! いやぁ、まったく……若い連中がご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ありません。王太子妃殿下にお怪我がなくて本当に良かった!」

 そう言ったグスタフ団長は吹き出る冷や汗を拭いながら、ちらりと横目でフリード王太子の機嫌をうかがう。
 けれど不機嫌を隠そうともしないフリード王太子は、グスタフ団長を睨みつけた。

「グスタフ、もういい。あとで私が直接訓戒を与える。これはお前に対してもだグスタフ、覚悟しておけ」
 
「はっ……」

 え、直接?
 普通こういう時は騎士団長の顔を立てて、任せるものなのでは……?

「あの、フリード? あまり大事になさらないでくださいませ。私が余計なことをしてしまっただけですから、皆さん訓練、とても頑張っておられましたし……」

「フランツェスカ、貴女には関係ありません」

「いや、でも……!」

「フランツェスカ?」

 絶対零度、凍えるような視線。
 普通の令嬢がその視線を向けられたら確実に泣くと思います。
 よかったですね、私で!
 
 でもこれ以上喋ったら殺される、そんな気がしますので。
 ……ここは大人しく黙ろうと思います。

 その時、近くで見ていた騎士の一人が小さく声を漏らした。

「あの、フリード殿下! 王太子妃殿下は助けてくださったんです、あのままじゃどうなっていたことか……」

「だからこそだ! フランツェスカはモルゲンロートから預かった大事な王女で、私の妻でもある! 怪我でもしたらどうするつもりだ! 危険な目に合わせるなど、決してあってはならない」

「も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました!」

「わかったなら、訓練に戻れ!」

「はっ!」
 
 そして騎士達はグスタフ団長に連れられて訓練に戻っていった。

「フランツェスカ、もう危険なことは絶対にしないと約束してください。どれだけ心配したか……」

「申し訳ございません」

 でも……確かにそうですよね。
 和平のために輿入れしてきた敵国の王女に万が一怪我でもさせたら。
 せっかくの和平がどうなっていまうかわからない。

 フリード王太子が私の心配するのは当たり前のことで、悪いのは自分の立場を忘れて動いてしまった私の方。

 悪いことをしてしまった、ちゃんと謝ろう。
 そう思って顔をあげると。

 フリード王太子は私を見つめていた。
 和平の為ではなく私の身をただ案じていた、そんな表情で。
 
「では、帰りましょうか。あまり長く外にいては冷えてしましますから」

「あ……はい」

 ――歩き出そうとした、その時でした。

「まあ、フリード殿下。ご機嫌麗しゅうございますわ」

 凍えるような寒さの中、その声が軽やかに響いた。

 声のする方へ視線を向ければ。
 白いコートの裾を優雅に揺らしながら、一人のご令嬢がこちらに歩みよってきていた。

 年の頃は私と同じくらい、光り輝く銀髪に透けるような白い肌はまるで雪の妖精のよう。
 そして整った顔立ちに柔らかな微笑。
 清楚で可憐、正統派美人とはきっとこの令嬢のような女性のことをいうのでしょう。
 
 ですが私の腹違いの妹の方が、純真無垢な少女の演技は上手いですね。
 演技力は六十五点といったところでしょうか?

「クラウディーヌ、なんの用ですか?」
 
「宮に行きましたらこちらにいらっしゃると伺いまして。モルゲンロートの王女殿下に一度ご挨拶を……」

「挨拶は必要ありません、帰りなさい」

 そう言ってフリード王太子は眉をひそめるが、クラウディーヌと呼ばれた令嬢は気にする素振りもなく、親し気に笑いかける。
 
「ふふっ……そちらがモルゲンロートの王女殿下でございますね? 私はクラウディーヌ・ヴァイス。以後お見知りおきを、王女殿下」

 クラウディーヌは裾をつまみ、にっこりと優雅に微笑んで私に一礼した。
 その姿はまるで貴族令嬢のお手本。

 けれど一瞬、その瞳に敵意が宿ったのを私は見逃さなかった。

 ……もしかして。
 私に『愛することはない』と言った原因って、この令嬢が理由なのでは!?
 だから私なんかに「挨拶は必要ない」とフリード王太子は言ったと。

 なるほど、合点がいきました。
 フリード王太子はこういった清楚な令嬢が好みなのですね、私とはまるっきり正反対。
 そりゃ開口一番『愛するつもりはない』と私におっしゃるわけです。
 
「クラウディーヌ、挨拶は必要ないと私は言いましたが?」

「お会いしたらご挨拶するのが礼儀だと思いまして、気に触ったのなら謝りますわ」

「今後一切勝手に王宮に入ってはなりません。もし見かけたら、いくら公爵の娘でも……ただではおきませんよ?」

「っ……まあ、怖いわ」
 
 ん? あれ……? 拒絶?
 恋人ではない?

 そしてフリード王太子は私の方へ向き直る。

「お待たせしましたフランツェスカ。寒くないですか? 早く帰りましょう」
 
「は、はい」

 そして歩き出したフリード王太子の隣で私はなぜか、少しほっとしていた。
 なぜそんな風に思ったのか、自分でもよくわからなったけれど。
 
しおりを挟む
感想 348

あなたにおすすめの小説

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲

恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。 完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。 婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。 家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、 家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。 理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...