32 / 68
32 お茶会
しおりを挟む
32
お茶会。
それはつまり貴婦人達の社交場という名の戦場。
そんな戦場に敵国の王女である私がいけば、どうなるのか想像するまでもありません。
覚悟はもうすでにできている。
だからなにを言われても、たぶん大丈夫。
……うん、怖くない!
そう自分に言い聞かせながら。
本日のお茶会の会場、王宮の中庭へと私は足を踏み入れた。
……の、ですけれど?
「まあっ王太子妃殿下! 噂でお聞きした通り、お美しいですわね!」
「誓いのキス、とっても素敵でした! まるで絵画のようでしたわ!」
「フリード王太子殿下のあの表情! あれは心から王太子妃殿下を愛していなければできませんわ!」
刺すような冷たい視線や他愛ない会話の裏に巧妙に忍ばせた嫌味を覚悟していたのに、耳に届くのは称賛と憧れの声ばかり。
そこには私が予想していた敵意がどこにもありませんでした。
いやむしろ貴婦人たちは頬を紅潮させ、恋に恋する乙女のような顔で私を囲んでいました。
「まさか、あんなにも情熱的な誓いのキスを見られるなんて。私、式に列席させていただけて本当によかったですわ! お友達に自慢いたしましたのよ!」
「国王陛下も大層お喜びだったとか。そうですわよね、フリード王太子殿下はこれまで一度も浮いたお話がなく、婚約者探しもなさっておられませんでしたし……ほら、男色疑惑もございましたでしょう?」
「あれはほら、戦地で助けてくれた少年を探して……とかじゃございませんでした?」
そして貴婦人達の話は別方向に進んでいき。
私はただそこで、にこにこと微笑んでいるだけでよくなった。
……どうやら、あの誓いのキスが国中で評判になっているらしい。
貴婦人達の話によれば、吟遊詩人が国中で私達の恋物語を歌い広げ。
終いには恋愛小説まで出回り始めているとかなんとか。
そして今度舞台になるらしい。
あれは政治的な演出に過ぎなかった。
なのにこの国の貴族はあのキスを「国境を越えた愛」「和平の象徴」として色々な場所で語り継いでいるらしい。
なんというか、拍子抜けしてしまいました。
四方から罵詈雑言が飛んでくるものとばかり思っておりましたから。
「王太子妃殿下、こちらをどうぞ。薔薇の砂糖漬けを浮かべたローズティーでございます」
「ええ、ありがとう。いただくわ」
侍女に差し出されたティーカップを受け取り、香りを確かめる。
甘く上品な薔薇の香気。
――けれど。
少し口に含んで、気づかれないようにそっとハンカチに出した。
あの時と同じ渋みと苦み。しかも今回は少々量が多い。
すぐに吐き出したので大事には至らないでしょう、ですが油断しました。
私に茶を渡した侍女と、ふと目が合う。
こちらの様子を窺っていたみたいです。
けれど、なんともない私を確認した途端、慌てたように視線を逸らし、奥へと消えていく。
追いかけたい気持ちもありますが、立場上それはできません。
まぁ顔は覚えましたので、後でどうにかするとしましょう。
もう流石に黙っていることはできません。
――そんな時、でした。
「フランツェスカ殿下、お久しゅうございます」
その声に振り向くと。
どこか見覚えのあるご令嬢が立っていました。
この方は六十五点さん……じゃなくて。
えっと、たしか。
「クラウディーヌ公爵令嬢、でしたかしら?」
「まぁ……覚えていてくださったのですか? 嬉しいですわ」
「あの時はご挨拶に来てくださったのに、お返事できず失礼しました。気になっていたのです」
「ご挨拶だなんてそんな……! 私、あの時本当はご挨拶に伺ったのではなくて……敵国の王女が王宮にいると聞いて見に行っただけなんですのよ?」
まるで喧嘩でも売るようなその言葉に、近くにいた貴婦人達が息を呑んだ。
そしてさっきまで華やいでいた楽し気な空気が、少しずつ冷えていったのです。
ああ、やっぱり。
お茶会ってこういう所ですわよね。
お茶会。
それはつまり貴婦人達の社交場という名の戦場。
そんな戦場に敵国の王女である私がいけば、どうなるのか想像するまでもありません。
覚悟はもうすでにできている。
だからなにを言われても、たぶん大丈夫。
……うん、怖くない!
そう自分に言い聞かせながら。
本日のお茶会の会場、王宮の中庭へと私は足を踏み入れた。
……の、ですけれど?
「まあっ王太子妃殿下! 噂でお聞きした通り、お美しいですわね!」
「誓いのキス、とっても素敵でした! まるで絵画のようでしたわ!」
「フリード王太子殿下のあの表情! あれは心から王太子妃殿下を愛していなければできませんわ!」
刺すような冷たい視線や他愛ない会話の裏に巧妙に忍ばせた嫌味を覚悟していたのに、耳に届くのは称賛と憧れの声ばかり。
そこには私が予想していた敵意がどこにもありませんでした。
いやむしろ貴婦人たちは頬を紅潮させ、恋に恋する乙女のような顔で私を囲んでいました。
「まさか、あんなにも情熱的な誓いのキスを見られるなんて。私、式に列席させていただけて本当によかったですわ! お友達に自慢いたしましたのよ!」
「国王陛下も大層お喜びだったとか。そうですわよね、フリード王太子殿下はこれまで一度も浮いたお話がなく、婚約者探しもなさっておられませんでしたし……ほら、男色疑惑もございましたでしょう?」
「あれはほら、戦地で助けてくれた少年を探して……とかじゃございませんでした?」
そして貴婦人達の話は別方向に進んでいき。
私はただそこで、にこにこと微笑んでいるだけでよくなった。
……どうやら、あの誓いのキスが国中で評判になっているらしい。
貴婦人達の話によれば、吟遊詩人が国中で私達の恋物語を歌い広げ。
終いには恋愛小説まで出回り始めているとかなんとか。
そして今度舞台になるらしい。
あれは政治的な演出に過ぎなかった。
なのにこの国の貴族はあのキスを「国境を越えた愛」「和平の象徴」として色々な場所で語り継いでいるらしい。
なんというか、拍子抜けしてしまいました。
四方から罵詈雑言が飛んでくるものとばかり思っておりましたから。
「王太子妃殿下、こちらをどうぞ。薔薇の砂糖漬けを浮かべたローズティーでございます」
「ええ、ありがとう。いただくわ」
侍女に差し出されたティーカップを受け取り、香りを確かめる。
甘く上品な薔薇の香気。
――けれど。
少し口に含んで、気づかれないようにそっとハンカチに出した。
あの時と同じ渋みと苦み。しかも今回は少々量が多い。
すぐに吐き出したので大事には至らないでしょう、ですが油断しました。
私に茶を渡した侍女と、ふと目が合う。
こちらの様子を窺っていたみたいです。
けれど、なんともない私を確認した途端、慌てたように視線を逸らし、奥へと消えていく。
追いかけたい気持ちもありますが、立場上それはできません。
まぁ顔は覚えましたので、後でどうにかするとしましょう。
もう流石に黙っていることはできません。
――そんな時、でした。
「フランツェスカ殿下、お久しゅうございます」
その声に振り向くと。
どこか見覚えのあるご令嬢が立っていました。
この方は六十五点さん……じゃなくて。
えっと、たしか。
「クラウディーヌ公爵令嬢、でしたかしら?」
「まぁ……覚えていてくださったのですか? 嬉しいですわ」
「あの時はご挨拶に来てくださったのに、お返事できず失礼しました。気になっていたのです」
「ご挨拶だなんてそんな……! 私、あの時本当はご挨拶に伺ったのではなくて……敵国の王女が王宮にいると聞いて見に行っただけなんですのよ?」
まるで喧嘩でも売るようなその言葉に、近くにいた貴婦人達が息を呑んだ。
そしてさっきまで華やいでいた楽し気な空気が、少しずつ冷えていったのです。
ああ、やっぱり。
お茶会ってこういう所ですわよね。
1,688
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
9時から5時まで悪役令嬢
西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」
婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。
ならば私は願い通りに動くのをやめよう。
学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで
昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。
さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。
どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。
卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ?
なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか?
嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。
今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。
冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。
☆別サイトにも掲載しています。
※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。
これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる