死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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43 火花散る、午後

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 ヴァイス公爵家の庭園は色とりどりの花々が美しく咲き誇っていて、まるで一枚の絵画の中にいるよう。
 
「こうしてお話が出来てとても嬉しいですわ、フランツェスカお姉様」

「クラウディーヌ、それは私もです。まさかこんな風に貴女とお茶を飲みながら楽しくお話ができるなんて……」

 ――そんな美しい庭園の片隅で。
 私はクラウディーヌと二人、お茶と他愛ない会話を楽しんだ。
 
 同年代の令嬢とこうしてお茶を飲むのは、いつぶりでしょうか。

 お母様が御存命だったころはよく、お茶会に一緒に連れて行ってくださいましたが。
 
 お母様が亡くなってからは、継母と異母妹の策略に気を張る毎日でしたから。
 誰かと微笑み合いながらお茶を飲むなんて夢のまた夢で、こんな優雅な時間なんて一度もなかったように思います。

 ……それを思うと。
 なんだか不思議な気持ちになります。

「私ね、フリード様が初恋だったのです。初めてお会いした時、フリード様の笑顔に目を奪われたのです。けれど今思い返すとあれはただの憧れだったと思うのです。ほら、年上の男の人に憧れる時期ってありますでしょう?」
 
「クラウディーヌ……」

「ですが今はもうフリード様に対してそういう気持ちは全くありません。今私がお慕いしているのは、フランツェスカお姉様ですから」

「ええと……? その、ありがとうございます?」

「……ところで、フランツェスカお姉様?」

「はい、なにかしら?」

「フリード様とフランツェスカお姉様は、いつから愛し合う仲になられたのですか?」

「……え」

 ……愛し合う? 誰と誰が?
 驚き過ぎて紅茶を噴き出してしまうところでした。
 
「二人がお会いする機会なんて今まで一度もありませんでしたでしょう? それにこちらにフランツェスカお姉様がいらしてからまだ日が浅いです。だからいつの間に愛を育まれたのかと……少し気になりまして」

「いえ、私達に愛なんてありませ……っ……んんっ」

 ――しまった。
 そう思った時には口を滑らせていた。

「あ、愛がない……? お二人に……? それはどういう……?」

 クラウディーヌがぱちぱちと、とても驚いたように瞬きをする。
 
 なんて可愛い反応でしょう。
 いやいや、今は可愛いとかそんなこと思っている場合じゃありません。

「い、いえ……その、別に深い意味は……」

「フランツェスカお姉様。なにも隠さなくてよろしいのです、私は味方です! なにを聞かされてもこの思いは決して変わりません」

 クラウディーヌは勢いよくテーブルから身を乗り出して、目でも訴えてきた。
 その目は真剣で、揺るぎなかった。

 だから私は腹を括って話すことにしました。
 言葉にしてしまったものは仕方ないですし、それにこの子には隠す必要がない気がしました。
 
 それにクラウディーヌになら本当のことを話しても大丈夫、なぜかそう思えたのです。

「ええ、実はお会いしたその日にフリードに言われたのです。『あなたを愛するつもりはない』と」

「なっ……!?」

「ですから私も、つい売り言葉に買い言葉で『私も愛するつもりはありません』と返してしまいまして……」

 あはは……と、つい乾いた笑いが口から漏れる。

 あの時の事を思い出すだけで、また腸が煮えくり返ってきます。
 初対面でそんな宣言をする者が、フリードのほかにいるでしょうか。
 
 ……いいや、いません。
 それだけは自信をもって断言できます。
 
「さ、さすがです……! 流石はフランツェスカお姉様……!」

「えっ?」

「普通の方なら涙を流して悲しむところを、堂々とお返しになるなんて……なんて強く、かっこいいのでしょう!」

「いや、あれはその場の勢いと申しますか。その前に色々あって機嫌も悪かったですし……」

「勢いでもなんでも構いません! その勇気に私は感動いたしました! だってあのフリード様に真正面から言い返せる女性なんて、フランツェスカお姉様の他にいませんもの!」

 クラウディーヌは感極まったように目を輝かせ、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

 ……や、やめてください。
 そんな英雄を見るような清らかな目で、私を見ないでください。

 負けん気が人一倍強いだけなんです、私は。

「褒めすぎですよ、クラウディーヌ?」

「そんなことはございません! とてもかっこいいです! それに私もいつか……フランツェスカお姉様のように堂々と胸を張って誰かを守れるようになりたいです。そしてフランツェスカお姉様のように身勝手な男にはガツンと言ってやるのです!」

「ふふふっ、クラウディーヌならきっと今すぐでも言えそうですね?」

 そうしてクラウディーヌと二人、笑い合っていた時。
 
「――フランツェスカ」

 ……声がした。
 振り向けばそこには、やっぱり。

「……フリード。なにかご用でしょうか?」

 ……フリードの姿。
 いつの間に来ていたのでしょう。
 
 それにフリードの後ろには、ヴァイス公爵夫妻の姿があって。
 ……下手な事は喋れません。

「迎えに来ました。もう遅いので一緒に帰りましょう、フランツェスカ」

 にこやかに微笑みながらそう言ったフリードの青い目は、なぜか険しい。
 
 絶対零度。
 つい背筋がゾクリとするような冷たい目。

 怒ってる、確実に怒っている。
 けど、どうして。

 思い当たるような節が全然思い当たらない。
 突然やってきて、フリードはなにに怒っているのでしょうか。

「まあフリード様。今ちょうどフランツェスカお姉様と、とても楽しいお話を二人きりでしていたんですのよ?」

 クラウディーヌが席からぱっと立ち上がり、にっこりと微笑む。
 
 けれどなぜかその微笑みが、挑発的な笑みに見えたような気がしましたが。
 それはきっと、私の気のせいでしょう。

 気のせい。うん、気のせい。
 
「フランツェスカ、お姉様だと……?」

「そう呼んでもいいとフランツェスカお姉様から了承を頂いておりますのよ。そして私の名前も『クラウディーヌ』と呼んでくださいまして……! 私達、とっても仲がよろしいのですよ?」

「……そうですか」

 その瞬間、フリードとクラウディーヌの間で見えない火花が散ったような気がしましたが。

 フリードが嫉妬しているように見えたのは、たぶん私の気のせいです。
 だってフリードは私を『愛さない』と言っていましたから。
 
 
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