死を望まれた王女は敵国で白い結婚を望む。「ご安心ください、私もあなたを愛するつもりはありません」

千紫万紅

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44 引き裂く風と近づく距離

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 ついさっきまで穏やかな時間が流れていたヴァイス公爵家の庭園に、緊張感が走った。
 
 ……というよりも。
 クラウディーヌとフリードの間にだけ、目に見えない火花が飛んでいました。

「まあ、フリード様。そんな怖いお顔をなさらないでくださいませ? せっかくのお茶会が台無しになってしまいます」

 そう言ってクラウディーヌはにっこりと微笑んだ。
 その笑みはまるで「貴方が来たせいでお茶会が台無し、邪魔なので帰ってくださいません?」とでも言いたげで。
 
 ……この子、以前も思いましたがやっぱり肝が据わっています。
 
「怖い顔などしておりませんよ。ただ……お二人が随分と楽しそうにされていたものですから、少し気になっただけです」
 
「あら、もしかして! 私に嫉妬なさっておられるのですか? あのフリード様が、このクラウディーヌに?」
 
「……違います。フランツェスカがなにをそんなに楽しそうにしているのか、私は知りたかっただけで……嫉妬なんて」
 
 フリードは違うと言っておりますが。
 その声音はどこか刺々しくて、怒っているように思える。

「ふふっ、若いってよろしいですわねぇ? でもあの子があんな風に笑うなんて……よっぽど王太子妃殿下とのお茶会を、フリード王太子殿下に邪魔されたのが嫌だったのね……」
 
「ふむ……? フリード殿下がうちのクラウディーヌに嫉妬なさるとは、思いませんでしたな。いやはや、長生きしてみるものだ」
 
 そんな二人をヴァイス公爵夫妻は、微笑ましそうに見ています。
 それはまるで、孫の喧嘩でも見守るようなとても穏やかな目でした。
 
 それに公爵夫人に至っては、扇子で口元を隠しながら声を出して笑っていらっしゃいます。
 そんなに可笑しいのでしょうか。

「し、嫉妬など……しておりません。これは誤解ですヴァイス公爵、それに夫人も……!」

 ……なぜかほんの少しだけ。
 フリードが不憫に思えてきました。

 そろそろ止めておくことにいたしましょう。
 
 私はそっとカップを置いて、席から立ち上がる。

「クラウディーヌ、そろそろ私はお暇いたします。貴女とお茶をご一緒できて嬉しかったわ」
 
「え? そんな、まだもう少しだけでも……!」
 
 クラウディーヌが名残惜しそうに唇を尖らせる。
 それがなんだか可愛くて、少し笑いそうになってしまいました。

「次は、私からお茶にお誘いしますわ。だからそんな顔しないで、ね?」

「フランツェスカお姉様、わかりましたわ。なので次にまたお会いできる日を心待ちにしております、絶対にお誘い下さいね?」

「ええ、必ず」
 
 ……そう言った瞬間。
 フリードの眉間にまた皺が寄ったのを、私は見逃しませんでした。


 ◇◇◇

 
 そして馬車の中は、さっきまでの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
 聞こえるのは轍を進む車輪の音だけ。

 隣に座ったフリードは、いつもと変わらないように見えます。
 けれど、どこか不機嫌そうに思えた。
 
 だって窓の外に視線を向けたままこちらを一切見ようとしませんし、ひと言も言葉を発しないのです。
 
 ……もしや、本当に嫉妬しているのでしょうか?

 本当に嫉妬しているのか少し気になって、声を掛けようと口を開きかけました。

 けれど。
 先に口を開いたのは、フリードの方でした。

「……貴女も私と同じだったのですね」
 
「え?」
 
「モルゲンロートの王位継承者、だったと」
 
 そう言ったフリードはこちらに視線を向ける。
 私を映す薄氷のような青い瞳は怒っているというよりも、どこか寂しげに見えた。
 
「ああ、そのことですか……」

「どうして……言ってくださらなかったのですか? やはり私は信用できませんか」
 
 その声音があまりにも悲しそうで、思わず言葉を失う。

 ……信用、ですか。
 あの日のことを、思い出す。
 ――初対面のその日に、フリードは確かに言いました。

『あなたを愛するつもりはない』と。

 だから私は――。

「貴方は初対面で『愛するつもりはない』とおっしゃっておられましたので、私には興味がないと思いました。だから話す必要もないと……そう思っていました」

 そう、返した。
 
 するとフリードは一瞬、言葉を詰まらせたように口を引き結ぶ。
 
「……確かに、そう言ってしまいましたね。反省しています、酷い事を言ったと」

 そう言って苦笑するフリード。
 その笑顔があまりにも辛そうで、少し心が揺らぐ。
 けれど私はまだ、許せそうにない。
 
 窓の外に目をやると、夕暮れの空が夜の闇に変わっていた。

 ――その時でした。

 ガタン、と馬車が大きく揺れた。
 まるでなにかにぶつかったかのような衝撃に、私は思わず隣に座るフリードの腕を掴む。

「あ、すみません……」

「フランツェスカ、大丈夫ですか? お怪我は?」

「いえ、どこも問題ありません」

 そう話していると外から、怒号と蹄の音が聞こえてきた。
 馬車が軋むような音を立てて、馬が嘶く。

 これはただ事ではない。

 フリードがすぐさま窓の外に目を向けると。
 表情が、あっという間に険しくなった。

「伏せてください、フランツェスカ!」
 
 そう言うや否や、フリードが私の上に覆いかぶさってきた。

「え?」

 ――そして次の瞬間。
 ガシャンッ……と音を立てて馬車の窓が割れた。
 窓ガラスの破片が馬車の中に散乱する。
 
 ふと上を見上げれば、矢が馬車の窓を貫通して中に入ってきていた。
 
 そして矢が刺さっていたのは……私の頭があったあたりだった。
 もし、フリードが助けてくれていなかったら。
 きっと私はいまごろ……。

 それを理解した瞬間、全身の血が凍るような嫌な感覚に襲われた。
 
「……襲撃のようです」

「狙いは……私、ですね……」

「大丈夫です。安心してください、フランツェスカ。私が貴女を……守りますから」

 馬車の外では、近衛騎士たちの声が飛び交っていた。

 「王太子殿下、王太子妃殿下、絶対に馬車の外に出てきてはいけません! 敵は少数ですが、弓を持っています!」

 矢が風を裂く音、金属がぶつかる衝撃音、そして怒号。
 馬車のすぐ近くで、誰かが叫ぶ。

 焦燥感が胸を締め付ける。
 
 でも不思議と怖くはなかった。
 むしろ安心していた。

 それはきっと。
 ここに……フリードがいるから。

 それに私は気付いてしまった。
 
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